月影、祖父に呼び出される
それから、扉を三回軽く叩くと、自分の訪いを告げるために、月影は少しだけ声を張り上げた。
「お
すると、室の奥から、
「入りなさい」
月影の入室を許可する老年の男の声がした。
「失礼いたします」
その声に、月影はもう一度断りの言葉を言うと、祖父の室の重厚な扉を開けた。
その開けた先には、白くて立派なあごひげを生やした一人の老人が立っていた。着ている
自然と、月影の頭が垂れる。
自分に、
「よい。楽にせよ」
右手を軽く振って止めた。
「感謝いたします。お祖父さま」
月影は、短く謝意を述べた。下げていた頭を上げ、組んだ手を放す。
その姿に老人は、威厳あふれる表情を緩め、好々爺の如き微笑みを浮かべた。
「さ、これで儀式はおしまいだ。月影、そなたもこちらに来なさい。お茶がある。それと、そなたの好きな菓子も用意しておる」
室の奥にある卓子のもとへ、手招きをした。
「本当ですか! ありがとうございます!」
自分の好物の菓子があると聞いて、よほどうれしかったのだろう。月影は頬を紅潮させて、喜んだ。
そんな孫息子の顔を見て、もう一度満足そうに笑うと、彼は卓子の前の椅子に座った。続いて、月影も祖父に向かい合うようなかたちで別の椅子のそばに近づいた。
月影はすぐに、お茶を入れるために使う道具一式がのった盆の前に立った。茶筒から茶葉(最高級品)を適量取り出す。それから、湯の入ったやかんを持った。茶葉の入った急須に、湯を注ぐ。
少し蒸らした後、小ぶりの湯飲みに、濃さが均等になるように、お茶を注いでいく。すると、
これは、月影の祖父がよく好んで飲むお茶だ。
月影の住む
幼いころよりたくさん飲んで育った月影も、もちろんこのお茶が大好きであった。
月影は、お茶を注ぎ終わると、手に持つ急須を卓子の上に置いた。
「お祖父さま。どうぞ」
湯飲みの一つを祖父に差しあげる。
「おお。ありがとう」
彼は、月影が差しだした湯飲みを手に取ると、それを口に傾けた。こくりこくりと、お茶は嚥下される。
一口一口、味わうように飲んだ彼は、半分ほど飲むと、湯飲みを置いた。
「月影。また一段と、上達したな。どうやらそなたにも、茶葉の開く時がきちんと見極められるようになったようだ」
「そうですか…………。お祖父さまのお口に合ったようで、よかったです。安心いたいました」
祖父が自分の淹れたお茶を飲む姿を固唾をのんで見つめていた月影は、祖父の誉め言葉に、ほっと肩をなでおろす。
祖父は、お茶の味や淹れ方に、すごくうるさい人だった。かなりのお茶好きが高じたのか、若いころには、お茶淹れの名人の元で、その教えを乞うたほどである。だから、そんな祖父にお褒めの言葉をいただけたことは、月影の腕前がどこに出しても恥ずかしくないほどに成長したのと同じであった。
褒められてとてもうれしかった月影だが、
「お祖父さま。それよりも、今日は大切なお話があると伺ったのですが…………」
そろそろ本題を言うように祖父に促す。
「ああ、そうだったな。そろそろその話をしようか」
「はい。お願いします」
穏やかに微笑んでいた祖父の顔が、ぐっと引き締まる。
再び、珀本家当主の顔に戻った彼は、居住まいを正した孫息子に、ある重大な話をするために口を開いた。
「月影よ。わしはそなたに、頼みがある」
「はぁ…………。それは、何でしょう?」
話の切り出し方が、予想外だったのだろう。月影の目に、疑問の色が浮かぶ。
しかし、そんなことを気にするような祖父ではない。
「ちょっとしたことじゃ。しかし、一族の中でもそなたしか成せぬことでもある」
と、構わず話を進める。
月影は、いやぁな予感がした。いや、直観と言った方が正しい。
こんな風に、祖父が少々もったいぶった言い方をするのは、大抵面倒ごとを月影にやらせようと、もくろんでいる時だ。月影の経験上、それはよぉ~くわかっている。
そんな身構え、警戒し始めた孫息子に、彼はまるで死刑宣告をするかのように、重々しく告げたのである。
「月影。王都へ行け。そして、務めを果たすまで、帰ってくるな」
「………………………………………………………………はあぁぁぁぁ――――――――――――――っ!?」
次の瞬間。
月影は絶叫した。
*月影が行ったお茶の淹れ方は、お茶(中国茶)の正しい淹れ方とは絶対に違っていますが、気にしないでください。気になる方がいらっしゃるかもしれないので、念のため補足しておきます。
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