第9話「ヴァイオレット・ハルヨラ」

 入舸の返事を聞くより前に、ヴィオは行動を開始していた。ゴーグルをずらし目を閉じて、意識を集中させる。頭に激しい熱を感じ、髪が生き物のように伸び、ある物を形成していく。

 翼であった。大きく左右に伸び上下に分かれた髪は、四枚の翼となってヴィオの頭部から生えていた。



四枚蓋翼よんまいがいよく!?」

 思わず身を乗り出してガブリエッラは叫んでいた。

 通常霊界人は背中に二枚の翼を持ち、全体の2割ほどの存在が四枚の羽根を持っているエリートとされていた。輪廻転生庁に勤める者は基本的にエリートであるために、ガブリエッラも四枚羽を持つ霊界人である。

 そして極稀に、四枚を超える六枚の翼を持つものが居た。頭部に翼を持つことから蓋翼がいよく保有者と呼ばれ、全体の5パーセント以下のエリート中のエリートとして讃えられる彼等は、多くが重要な役職に就いていた。

「噂には聞いてましたけど……本当に四枚なんて……なんてぇー!

 都市伝説じゃなかったのぉ! 認めたくないぃっ! ウッソっでしょぉ!

 だって、あのがさつでヤニ漬けで、アル中で、口が悪くて、喧嘩っ早くて、時々ちょっとは優しいけど、なんだかんだで人の言うこと全然聞かない、三百年ぶりに投獄されるような不良霊界人の見本みたいな先輩が、本当に八枚羽はちまいばねなんてぇええ!!」


 言いたい放題であるが、実際六枚を超える八枚の翼を持つものは霊界でも13人しか存在しない。八翼はちよくを超える三人の十翼じゅうよく保有者と合わせても16名である。つまりヴィオは霊界でも上位16名に入る選ばれた存在ということになる。ヴィオがそういう存在だとは聞いてはいたが、そもそも八枚羽自体都市伝説だと思い込んでいたガブリエッラは、新人をからかう執行部ジョークだと決めつけていたのだ。


「じんかくと ししつは むかんけい」

 錯乱さくらんするガブリエッラに、ビーチェの端的たんてきな突っ込みが入り我に返る。周囲の同僚を見回すと、物珍しそうな目で中央モニターを見つめているものの、別段驚いた様子はない。

「知ってたんなら教えてくださいよ!

 八枚って……わ、私そんな相手に、今まで何て失礼な口の聞き方を……」

「いや、普通に教えていたのに、貴女がかたくななに信じようとしなかったんじゃない」

 あきれ返ったた顔のリゼットが答える。

「だ、だって、そんなお方は中央管理局の上層階勤めじゃないですか。執行部みたいな危険部署に配属されるとか有り得ないじゃないですかぁ!」

「本人がそれを望んでいる以上、中央もどうにもできないんだよ。

 それにヴィオの蓋翼の能力は……前線以外では役に立たないからね」

「……え?」


 霊界人の翼とは予備の霊子を蓄える燃料タンクであり、同時に霊子を霊的触媒れいてきしょくばいに変換する能力を持っている。生み出された触媒は体液と混じり合い、様々な効果を生み出す何かを精製するこが可能であった。

 ケージ・ブレイカーとの契約もその一つであり、接吻せっぷんを行う理由は、唾液だえきを通じて対象に精製されたウイルスを送り込むためであった。ウイルスが対象の霊核に完全に蔓延まんえん、同化を終了した時点で、意識操作や生命感応せいめいかんのうを引き起こす症状を発症する。これがケージ・ブレイカーとウォッチャーの契約の実態であった。


 そして、通常争いを好まない霊界人は、直接的な攻撃手段に繋がる能力はもたない。意識接合いしきせつごうや生命操作、霊体治癒れいたいちゆや意識操作など補助的な能力が多く、故にケージ・ブレイカーのような存在が必要となる。

 しかしヴィオは、霊界人の中でも数少ない蓋翼の持ち主であり、蓋翼は通常の翼より強力な触媒を生み出す。中でもヴィオの蓋翼は非常に稀で、極めて暴力的な攻撃手段にしか成り得ない能力を持っていた。


 霊子をたくわええ白く輝く蓋翼の一枚が、本来のヴィオの色である菫色すみれいろに染まっていく。激しく分泌ぶんぴつされた唾液が形を成し、えずくよう吐き出したそれをに手の平で受けた。なまめかしい表情で糸を引きながら吐き出されたソレは、六つの黒い弾丸であった。

「……うっぷ」

 リボルバーの弾と入れ替え、よだれをふき取りながらヴィオは銃を構えた。


***《挿絵no16.シルバーバレット》http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8769899


「むだにエロい」

 ビーチェが独特どくとくの感想をらし、ガブリエッラはピンと来ない表情でボケっとながめている。ヴィオが何を精製したか解らずにいたのだ。

 ウォッチャーが持つ銃器には霊体に効果のある霊弾れいだんや、生体に効果のある記憶操作弾等があるが、それらは支給品として配布されていた。そもそもソウル・ケージをどうにか出来るほど威力のある霊弾は、霊界には存在しない。

「……何ですかあれ?」

 少しかげのある表情で、マトヴェイがガブリエッラの問いに答える。

「シルバーバレットだよ」

「……え? 何ですかそれ?

 って言うか、黒くなかったですかさっきの弾?」

「シルバーバレットは人間のが勘違いした比喩ひゆから生まれた名称だよ。語感的に悪くないから逆輸入された言葉だね。

 まぁ簡単に言えば、生命体への特攻弾だ」

「え?

 まさかソウル・ケージに効くとか言うんですか?」

「……対象となる生命体は、三次元的肉体、四次元生命体を問わない」

「……ひょっとして、霊界人にも?」

 マトヴェイが静かにうなずく。

 通常霊弾は霊界人には効かない。暴力をみ嫌う霊界人は、同族を傷つける兵器を生み出すということ自体考えない。それ故に、ヴィオに限らずシルバーバレットを生み出すことが出来る霊界人は、ある種、忌み嫌われても仕方のない存在であり、保有者も極力それを隠した。

 ガブリエッラはそんな能力は知らず、ヴィオの蓋翼の精製能力に目を見張った。

「効い……ちゃうんだ……や、ヤバくないですか?

 それって、超ヤバいじゃないですかぁ!!」

 ガブリエッラのリアクションに、オペレーションルーム内に緊張が走る。

「先輩無敵じゃないですか、ソウル・ケージとガチれるとか凄すぎぃ!!

 私は先輩は出来る女って信じてましたよっ!」

 調子に乗りまくったガブリエッラが歓喜かんきの声あげる。同僚たちは不安が杞憂きゆうに過ぎなかったと、ほっとした表情で視線を送り合う。ヴィオの能力を知った時、新米のガブリエッラがどう反応するかが図りきれずにいたのだ。


「……怖くはないのかい、霊界人にも効果があるんだよ?」

 マトヴェイが念を押すように、再確認の言葉をかける。

「?

 先輩はそんな事しないですよね。口は悪いし、がさつで暴力的だけど。

 大体そんな事するような人だったら、大人しく牢屋に入れられたりしないはずじゃないですかぁ、何言ってるんですか、し・つ・ちょ・う」

 どや顔で答えたガブリエッラを見て、リゼットはマトヴェイに言ったでしょとばかりの笑みを送る。ガブリエッラを抜擢ばってきし、ヴィオのナビゲイター推薦すいせんしたのはリゼットであった。


『先輩、なんで黙ってたんですか!

 私たちの仲はその程度だったんですね、ひどぅい!』

 銃を構えるヴィオの耳に、興奮したガブリエッラの声が響く。悪い反応ではないと感じ、わずかに口角こうかくがあがる。

『黙って見てなさい。坊やに当たったら大変なのよ』

『そ、それはそーですね。頑張れ先輩!』

 この能力が忌み嫌われるのには慣れていた。霊界人は他人に感情論丸出しの憎悪を向けるような人種ではないが、恐怖を抱くことまでは隠せない。だからヴィオは避けられ、ヴィオ自身も普通の連中と距離を置いた。そういうものと割り切っていた。

 割り切ってはいたが、やはり受け入れられると悪い気はしない。あまり好んで使いたい能力ではなかったが、これがあるからヴィオが担当するケージ・ブレイカーの生存率は飛躍的ひやくてきに高かった。



 ベルは調子に乗っていた。のらりくらりと攻撃を躱し、こちらを翻弄ほんろうし続けた入舸が、今や亀のように丸まり攻撃に耐え、必死に修復行動を繰り返している。無様ぶざまだ、実に情けない姿であり、この男の犯した罪に相応ふさわしいみにくいものだと歓喜に打ち震えていた。

 どうせ真の弱点である右の心臓が現れるまで、完全に殺すことなど出来はしないのだから、楽しみながらいたぶりり続ければ良いと信じていた。


 しかしそれは勘違いに過ぎない。ケージ・ブレイカーは霊界人がソウル・ケージを参考に生み出した存在であるが、成り立ちから違うため、霊核のようも違っていた。

 ソウル・ケージは霊核が残骸ざんがいとなった宿主に代わり、自らが宿主の霊核となって同化する者である。霊力の消耗により深く死を自覚した際に、右心臓として具象化する理由は、強く心で通じ合った宿主との絆が象徴化しょうちょうかするからである。

 一方ケージ・ブレイカーは、霊界により存在自体が霊核として再構築されており、ケージ・ブレイカー死ぬ条件は完全に霊力を消滅させるか、当人が強く死を自覚した結果、霊力が自我持たぬ霊子へと戻り霧散むさんした時である。

 つまりベルは何も考えず、全力で入舸を攻撃し続けるべきであった。



『坊や、行くわよ。3・2・1でチャンスを作るから、あとは自力で脱出しなさい』

 ヴィオの言葉を待っていた入舸は即答する。

『いつでも行けるよ!』

『OK。3…2…1!』

 ヴィオは合図と共に二発のシルバーバレットが撃ち出され右腕に一発、頭部に一発命中する。女が上空から見ているのは知っていたが、どうせ何も出来ないと高をくくっていたベルの右腕が上腕から吹き飛び、同時頭が半分吹き飛ばされた。

 傷口を焼くように浸食しんしょくするシルバーバレットの効果は、ベルの超回復すら阻害し、回復能力を大幅に遅らせる。

 その隙を逃さず、入舸は手刀で自らの右脚を付け根から切断した。そのまま旋回せんかいしながら左脚で、グズグズになっているベルの頭部を蹴り飛ばし、反動で大きく距離を取った。


***《挿絵no17.反撃の糸口》http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8769902


 ようやく修復が初まったベルに対し、入舸の修復は終えていない。足一本を再構築するのには最低でも五秒は欲しい、そう思った矢先、ベルの両足が吹き飛んだ。

「もうちょっと、じっとしてなさい」

 小馬鹿にした表情でベルを見下ろすヴィオに、凄まじい勢いで吠えかかる。

「白黒の……クソ女が! 降りて来い、殺してやる!」

「冗談ファック。それで降りるやつがいたら、それこそクソじゃない」

 せせら笑いながら、ヴィオは咥えた煙草に火を点ける。

「殺す、殺す、殺す……何故だ、何故すぐに治らない!」

 両足は炎にあぶられるように激しく熱を持ち、再生行動が阻害そがいされている。まるで毒でも流されたように、遅々ちちとして進まない。

「やっぱりワンちゃんには、伏せが似合うわね」

 あおりまくるヴィオに対し憎悪が頂点に達するのと同時に、ベルは両足が生えそろった。上空のヴィオまでの距離は直線で30メートルほど、今の自分なら跳躍ちょうやくで届かない距離ではない、甘く見たなと、ベルはヴィオ目掛けて大きく跳ねた。


 ベルが全力で飛び上がった瞬間、視界が闇に染まる。グシャリという音が聴こえた気がした。

 首から上が完全に吹き飛んでいた。完全に入舸を度外視どがいししていたベルに対し入舸の飛び蹴りが炸裂さくれつしていたのである。

 八卦掌捶拳・穿弓槍はっけしょうすいけん・せんきゅうそう

 大弓で打ち出された槍のような入舸の蹴りは、ベルの全力ジャンプのタイミングに合わさり、完璧なカウンターとして機能た結果、ベルの頭部を微塵みじんに粉砕していた。

 高速に縦回転をしながら吹き飛んだベルは、いくつかの木々をなぎ倒し転がり落ちる。頭部の修復を終え、視界を取り戻したが状況が分からない。

(何が起こった……何故俺は地面を舐めている?

 確か白黒の女を撃ち落とそうとして……そうだ!)

 入舸の存在を思い出し、上体を起こしたベルの顎に再び入舸の蹴りが入る。顎が吹き飛び上体が伸びあがり躰が浮くほど持ち上がる。

「……こ…の!」

 無理に蹴り起こされたベルは、辛うじて後ろ脚で踏ん張り体勢を整え、迎撃の右拳を突き出した。

 ベルの突きに対し、入舸は左掌さしょう順柳風じゅんりゅうふうでいなしながら懐に飛び込む。強烈な震脚しんきゃくに合わせ、坎水捶かんみすいと呼ばれる鳥のくちばしかたどった右拳でベルの下腹部切り裂き、事のついでのように腸の束を引っ掴み引きずり出す。

 震脚が大地を踏み抜いた瞬間、入舸の右肩とベルの胸部が触れた。

 ほぼ密着状態、震脚の反動で伸びあがるように肩で洪門こうもん(正中線)を強烈な勢いでかちあげる。

 正中線を打ち上げられ、胸骨は砕け、食道付近の肺と心臓を巻き込み、胸椎きょうついを砕き押し開けながら、肩甲骨けんこうこつの間から血潮をともない爆散する。

 八卦掌捶拳・艮山・摧山靠はっけしょうすいけん・ごんざん・すいざんこうと呼ばれる技である。


***《挿絵no18.凄惨な糸操り遊戯》http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8769925


「――あっ……がぁ…ああッ!!」

 吹き飛ばされる中の、一連の動きである。対応出来ずにベルは大量の腸を引きずり出されながら斜め上方へと飛ばされたが、ふいにガクンと空中で動きが止まった。

 弾け飛んだ胸部は元より、裂かれた腹部が腸を固着こちゃくしながら修復を完了してたのである。

 幾本かの腸が引きちぎれる激痛にもだえるも、束となって伸び出た腸が全て千切れることは無く、力任せに引っ張り寄せた入舸の元へとその身を誘引ゆういんする。

 何が起こったか解らず、パニックになったベルが状況を理解した時には遅く、再び摧山靠からの腸裂きの連携が待っていた。

 まるでヨーヨーのように翻弄ほんろうされ、ベルは血反吐を撒き散らしながら想像を絶する激痛に堪えながら宙を舞う。三度みたび入舸がベルを手繰り寄せるため腸を引く。


『ぎょええええぇっ! えぐい! きもい! 入舸君サドすぎぃいい!』

『……まぁ、否定派しないわ』


 他人事丸出しのバックアップ二人の会話と違い、ベルは火急のときにある。

「なんども…同じ手をっ!!」

 手繰たぐりり寄せられるのが分かっているのならば、その勢いのまま攻撃すればよいだけの事。ベルは爪を立て、左手で突きを繰り出すが、順柳風でいなされ、旋回するように背後を取られる。そのままがら空きの背後へ、前腕から先全体を縦に使った打撃が撃ち込まれた。兌沢・前膊崩撃だたく・ぜんはくほうげきである。

 ベルの体内に埋まる危険を回避し、面を広くとった打撃で吹き飛ばすと、千切れかけた腸をチェーンデスマッチの如く手繰り、四度ベルを引き寄せる。

「ふざ…けるな!」

 さすがにこれ以上の勝手を許すわけにはいかずと、ベルは爪で体から伸び出た腸の束を断ち切り、ようやくふざけたヨーヨー遊戯ゆうぎを終わらせた。


『えぐいわね、そのヨーヨー遊び。そんなのもマスターウォンに習ったの?』

『まさか、師匠はこんな小手先の技を教えたりしないよ、師匠に叩き込まれた八卦掌捶拳は、常に二の打ち要らずの必殺の拳。

 単に僕の修行不足を誤魔化しているだけだよ』

『えらく謙虚じゃない』

『……あんな失態をさらして傲慢ごうまんでいられるほど、僕は恥知らずじゃない』

『いい子ね坊や、あともう一息だから頑張りなさい。

 すでにあいつの躰は揺らぎ始めているわ』

 深く息を吐き、激しく肩で息をするベルの次の出方を伺う。


「こ…殺してやる、殺してやる、殺してやるぞ小僧!」

 燃えるような憤怒を湛え、素顔のままの入舸を睨む。ヴィオの言った通りベルは限界が近づいていいた。霊力はすでに3万を割り、Eクラス相当にまで落ち込んでいる、今や変貌へんぼうした躰を支えているのは、圧倒的な怒りだけであった。もし怒りを失っていれば、すでに昨夜のベルと同等の姿に戻っていたであろう。


 一方入舸も髑髏のマスクを再生していない、その必要がないからだ。

 あろうがなかろうが防御力に大差がないマスクをする理由は、霊視者れいししゃから顔を隠すためであり、罪悪感を減ずるための方便ほうべんであるが、今の入舸は死神代行しにがみだいこうなどではなく、沖波入舸としてベルに怒りを抱いていた。

「殺されるのはお前の方だ……

 お前と言うおりを砕いて、今すぐその子を解放してやる!」


 入舸の言うその子とは、無論、幡野美奈はたのみなである。それはベルの護るべきものであり全てである。眼前の外道が口にしてよい言葉ではなかった。

「お前ごときが、美奈の存在に触れるなぁああ!!」


 雄たけびをあげ、これまでにないほどの勢いでベルが入舸に迫る。初心に戻ったかの如く、馬鹿正直で真っすぐな突進突き。入舸にとってはいくら速度があっても児戯じぎに等しい。

 入舸は間合いに入る寸前で、軽く頭を下に振り、紙一重で拳を躱す。風圧で皮膚が裂けるような勢いを感じ、今日一番の震脚と共に両の掌前に突き出し、ベルの水月に打ち込んだ。

 八卦掌捶拳・里門両儀掌りもんりょうぎしょう

 全力突撃の勢いが全てカウンターとなり、凄まじい威力をもった双掌打そうしょうだは、ベルの腹部を完全に破壊、爆散させる。体が腹から真っ二つになり、上半身は入舸の後方へ吹き飛び、下半身は踏み込んだ入舸の足に衝突する。

 入舸のすねに衝突したベルの下半身は、駒の様の弾かれて地表を転がり木の根本に打ち付けられた。

 空中にはじかれた上半身は、一本、二本と樹木を打ち倒し、三本目に衝突してようやく止まり、血の帯を引きながら幹をすべり落ちた。


『ま、真っ二つって! どんだけぇ、どんだけなの入舸君!

 さすがにあれは、もう起き上がれないんじゃないですか、やったでしょ!

 ……やったか!?

 って言うべきなんじゃないですか、風呂タイムでしょー!』

 オペレーションルームにも歓声があがり、ガブリエッラは大はしゃぎである。


 入舸もさすがにどうだと、ゆっくりとベルの吹き飛んだ先を振り返る。しかしそこには、すでに下半身の再生を終了し、ふらつきながらも立ち上がろうとしているベルが居た。

『……まだなのか?』

 うんざりした口調で呟く入舸に対し、ヴィオの声は明るい。

『マスター黄には程遠ほどとおそうだけれど、見事な必殺の一撃だったわ。

 下半身丸ごと再生するなんて、霊力を半分吹っ飛ばすようなものだもの。

 ……ほら、出てきたわよ』

 ヴィオの言葉通り、ベルの躰は限界を迎えていた。重なる二つの心音がわずらわしく鳴り響き耳を叩く。息が整わず、視界がぼやけ、躰に力がはいらない。


「な、なんなんだ……なんなんだお前は!

 なぜそこまで強い! 俺は強くなったはずだ、そのために、そのために俺は美奈の友人を……それなのに!

 何故世界は私たちを拒絶する! だったらどうしてこの身に美奈を宿らせた!

 お前は何だ、お前たちはなんなんだ!」

 ベルは空に舞うヴィオと入舸を交互に見やり、力の限り叫ぶ。

「神のようなものなのか?

 だったら、だったらそこに慈悲はないのか!!」

 樹木を背に、寄りかかるように立つベルの目には、もはや初めの覇気はきはない。悲痛な叫びで世の理不尽と無常を訴える姿は、すでに敗残兵のそれであった。


 しかし全ては空々しい響きに過ぎない。自らの行ためを棚に上げ、どこまでも自己愛のみを主張する姿は、まさに究極の自己中心主義者にしか見えなかった。

『あれがソウル・ケージよ。解ったら終わらせなさい、坊や』

 ヴィオの言葉に心からの同意を込めて、入舸はベルに向け引導いんどうの言葉を放った。


「言ったはずだ、死神だって」


「―――ッ!!

 お前が……お前のような奴が居るから、居なければ、居なければ!」

 慈悲は、無い。おそらくもうどにもならないのだろう、それでも死力をしぼり、ベルは入舸に向かって行く。勝てる勝てないの話ではない、勝たなければいけない、勝たなければ明日はない。己のためではなく、愛する宿主の幡野美奈のために。

「お前に我々を殺す権利などない!」

 吠え狂い、ベルは入舸に最後の突進を敢行かんこうした。

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