第9話「ヴァイオレット・ハルヨラ」
入舸の返事を聞くより前に、ヴィオは行動を開始していた。ゴーグルをずらし目を閉じて、意識を集中させる。頭に激しい熱を感じ、髪が生き物のように伸び、ある物を形成していく。
翼であった。大きく左右に伸び上下に分かれた髪は、四枚の翼となってヴィオの頭部から生えていた。
「
思わず身を乗り出してガブリエッラは叫んでいた。
通常霊界人は背中に二枚の翼を持ち、全体の2割ほどの存在が四枚の羽根を持っているエリートとされていた。輪廻転生庁に勤める者は基本的にエリートであるために、ガブリエッラも四枚羽を持つ霊界人である。
そして極稀に、四枚を超える六枚の翼を持つものが居た。頭部に翼を持つことから
「噂には聞いてましたけど……本当に四枚なんて……なんてぇー!
都市伝説じゃなかったのぉ! 認めたくないぃっ! ウッソっでしょぉ!
だって、あのがさつでヤニ漬けで、アル中で、口が悪くて、喧嘩っ早くて、時々ちょっとは優しいけど、なんだかんだで人の言うこと全然聞かない、三百年ぶりに投獄されるような不良霊界人の見本みたいな先輩が、本当に
言いたい放題であるが、実際六枚を超える八枚の翼を持つものは霊界でも13人しか存在しない。
「じんかくと ししつは むかんけい」
「知ってたんなら教えてくださいよ!
八枚って……わ、私そんな相手に、今まで何て失礼な口の聞き方を……」
「いや、普通に教えていたのに、貴女が
「だ、だって、そんなお方は中央管理局の上層階勤めじゃないですか。執行部みたいな危険部署に配属されるとか有り得ないじゃないですかぁ!」
「本人がそれを望んでいる以上、中央もどうにもできないんだよ。
それにヴィオの蓋翼の能力は……前線以外では役に立たないからね」
「……え?」
霊界人の翼とは予備の霊子を蓄える燃料タンクであり、同時に霊子を
ケージ・ブレイカーとの契約もその一つであり、
そして、通常争いを好まない霊界人は、直接的な攻撃手段に繋がる能力はもたない。
しかしヴィオは、霊界人の中でも数少ない蓋翼の持ち主であり、蓋翼は通常の翼より強力な触媒を生み出す。中でもヴィオの蓋翼は非常に稀で、極めて暴力的な攻撃手段にしか成り得ない能力を持っていた。
霊子を
「……うっぷ」
リボルバーの弾と入れ替え、
***《挿絵no16.シルバーバレット》http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8769899
「むだにエロい」
ビーチェが
ウォッチャーが持つ銃器には霊体に効果のある
「……何ですかあれ?」
少し
「シルバーバレットだよ」
「……え? 何ですかそれ?
って言うか、黒くなかったですかさっきの弾?」
「シルバーバレットは人間のが勘違いした
まぁ簡単に言えば、生命体への特攻弾だ」
「え?
まさかソウル・ケージに効くとか言うんですか?」
「……対象となる生命体は、三次元的肉体、四次元生命体を問わない」
「……ひょっとして、霊界人にも?」
マトヴェイが静かに
通常霊弾は霊界人には効かない。暴力を
ガブリエッラはそんな能力は知らず、ヴィオの蓋翼の精製能力に目を見張った。
「効い……ちゃうんだ……や、ヤバくないですか?
それって、超ヤバいじゃないですかぁ!!」
ガブリエッラのリアクションに、オペレーションルーム内に緊張が走る。
「先輩無敵じゃないですか、ソウル・ケージとガチれるとか凄すぎぃ!!
私は先輩は出来る女って信じてましたよっ!」
調子に乗りまくったガブリエッラが
「……怖くはないのかい、霊界人にも効果があるんだよ?」
マトヴェイが念を押すように、再確認の言葉をかける。
「?
先輩はそんな事しないですよね。口は悪いし、がさつで暴力的だけど。
大体そんな事するような人だったら、大人しく牢屋に入れられたりしないはずじゃないですかぁ、何言ってるんですか、し・つ・ちょ・う」
どや顔で答えたガブリエッラを見て、リゼットはマトヴェイに言ったでしょとばかりの笑みを送る。ガブリエッラを
『先輩、なんで黙ってたんですか!
私たちの仲はその程度だったんですね、ひどぅい!』
銃を構えるヴィオの耳に、興奮したガブリエッラの声が響く。悪い反応ではないと感じ、わずかに
『黙って見てなさい。坊やに当たったら大変なのよ』
『そ、それはそーですね。頑張れ先輩!』
この能力が忌み嫌われるのには慣れていた。霊界人は他人に感情論丸出しの憎悪を向けるような人種ではないが、恐怖を抱くことまでは隠せない。だからヴィオは避けられ、ヴィオ自身も普通の連中と距離を置いた。そういうものと割り切っていた。
割り切ってはいたが、やはり受け入れられると悪い気はしない。あまり好んで使いたい能力ではなかったが、これがあるからヴィオが担当するケージ・ブレイカーの生存率は
ベルは調子に乗っていた。のらりくらりと攻撃を躱し、こちらを
どうせ真の弱点である右の心臓が現れるまで、完全に殺すことなど出来はしないのだから、楽しみながら
しかしそれは勘違いに過ぎない。ケージ・ブレイカーは霊界人がソウル・ケージを参考に生み出した存在であるが、成り立ちから違うため、霊核の
ソウル・ケージは霊核が
一方ケージ・ブレイカーは、霊界により存在自体が霊核として再構築されており、ケージ・ブレイカー死ぬ条件は完全に霊力を消滅させるか、当人が強く死を自覚した結果、霊力が自我持たぬ霊子へと戻り
つまりベルは何も考えず、全力で入舸を攻撃し続けるべきであった。
『坊や、行くわよ。3・2・1でチャンスを作るから、あとは自力で脱出しなさい』
ヴィオの言葉を待っていた入舸は即答する。
『いつでも行けるよ!』
『OK。3…2…1!』
ヴィオは合図と共に二発のシルバーバレットが撃ち出され右腕に一発、頭部に一発命中する。女が上空から見ているのは知っていたが、どうせ何も出来ないと高を
傷口を焼くように
その隙を逃さず、入舸は手刀で自らの右脚を付け根から切断した。そのまま
***《挿絵no17.反撃の糸口》http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8769902
ようやく修復が初まったベルに対し、入舸の修復は終えていない。足一本を再構築するのには最低でも五秒は欲しい、そう思った矢先、ベルの両足が吹き飛んだ。
「もうちょっと、じっとしてなさい」
小馬鹿にした表情でベルを見下ろすヴィオに、凄まじい勢いで吠えかかる。
「白黒の……クソ女が! 降りて来い、殺してやる!」
「冗談ファック。それで降りるやつがいたら、それこそクソじゃない」
せせら笑いながら、ヴィオは咥えた煙草に火を点ける。
「殺す、殺す、殺す……何故だ、何故すぐに治らない!」
両足は炎に
「やっぱりワンちゃんには、伏せが似合うわね」
ベルが全力で飛び上がった瞬間、視界が闇に染まる。グシャリという音が聴こえた気がした。
首から上が完全に吹き飛んでいた。完全に入舸を
八卦掌捶拳・
大弓で打ち出された槍のような入舸の蹴りは、ベルの全力ジャンプのタイミングに合わさり、完璧なカウンターとして機能た結果、ベルの頭部を
高速に縦回転をしながら吹き飛んだベルは、いくつかの木々をなぎ倒し転がり落ちる。頭部の修復を終え、視界を取り戻したが状況が分からない。
(何が起こった……何故俺は地面を舐めている?
確か白黒の女を撃ち落とそうとして……そうだ!)
入舸の存在を思い出し、上体を起こしたベルの顎に再び入舸の蹴りが入る。顎が吹き飛び上体が伸びあがり躰が浮くほど持ち上がる。
「……こ…の!」
無理に蹴り起こされたベルは、辛うじて後ろ脚で踏ん張り体勢を整え、迎撃の右拳を突き出した。
ベルの突きに対し、入舸は
震脚が大地を踏み抜いた瞬間、入舸の右肩とベルの胸部が触れた。
ほぼ密着状態、震脚の反動で伸びあがるように肩で
正中線を打ち上げられ、胸骨は砕け、食道付近の肺と心臓を巻き込み、
八卦掌捶拳・艮山・
***《挿絵no18.凄惨な糸操り遊戯》http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8769925
「――あっ……がぁ…ああッ!!」
吹き飛ばされる中の、一連の動きである。対応出来ずにベルは大量の腸を引きずり出されながら斜め上方へと飛ばされたが、ふいにガクンと空中で動きが止まった。
弾け飛んだ胸部は元より、裂かれた腹部が腸を
幾本かの腸が引きちぎれる激痛に
何が起こったか解らず、パニックになったベルが状況を理解した時には遅く、再び摧山靠からの腸裂きの連携が待っていた。
まるでヨーヨーのように
『ぎょええええぇっ! えぐい! きもい! 入舸君サドすぎぃいい!』
『……まぁ、否定派しないわ』
他人事丸出しのバックアップ二人の会話と違い、ベルは火急の
「なんども…同じ手をっ!!」
ベルの体内に埋まる危険を回避し、面を広くとった打撃で吹き飛ばすと、千切れかけた腸をチェーンデスマッチの如く手繰り、四度ベルを引き寄せる。
「ふざ…けるな!」
さすがにこれ以上の勝手を許すわけにはいかずと、ベルは爪で体から伸び出た腸の束を断ち切り、ようやくふざけたヨーヨー
『えぐいわね、そのヨーヨー遊び。そんなのもマスター
『まさか、師匠はこんな小手先の技を教えたりしないよ、師匠に叩き込まれた八卦掌捶拳は、常に二の打ち要らずの必殺の拳。
単に僕の修行不足を誤魔化しているだけだよ』
『えらく謙虚じゃない』
『……あんな失態を
『いい子ね坊や、あともう一息だから頑張りなさい。
すでにあいつの躰は揺らぎ始めているわ』
深く息を吐き、激しく肩で息をするベルの次の出方を伺う。
「こ…殺してやる、殺してやる、殺してやるぞ小僧!」
燃えるような憤怒を湛え、素顔のままの入舸を睨む。ヴィオの言った通りベルは限界が近づいていいた。霊力はすでに3万を割り、Eクラス相当にまで落ち込んでいる、今や
一方入舸も髑髏のマスクを再生していない、その必要がないからだ。
あろうがなかろうが防御力に大差がないマスクをする理由は、
「殺されるのはお前の方だ……
お前と言う
入舸の言うその子とは、無論、
「お前ごときが、美奈の存在に触れるなぁああ!!」
雄たけびをあげ、これまでにないほどの勢いでベルが入舸に迫る。初心に戻ったかの如く、馬鹿正直で真っすぐな突進突き。入舸にとってはいくら速度があっても
入舸は間合いに入る寸前で、軽く頭を下に振り、紙一重で拳を躱す。風圧で皮膚が裂けるような勢いを感じ、今日一番の震脚と共に両の掌前に突き出し、ベルの水月に打ち込んだ。
八卦掌捶拳・
全力突撃の勢いが全てカウンターとなり、凄まじい威力をもった
入舸の
空中に
『ま、真っ二つって! どんだけぇ、どんだけなの入舸君!
さすがにあれは、もう起き上がれないんじゃないですか、やったでしょ!
……やったか!?
って言うべきなんじゃないですか、風呂タイムでしょー!』
オペレーションルームにも歓声があがり、ガブリエッラは大はしゃぎである。
入舸もさすがにどうだと、ゆっくりとベルの吹き飛んだ先を振り返る。しかしそこには、すでに下半身の再生を終了し、ふらつきながらも立ち上がろうとしているベルが居た。
『……まだなのか?』
うんざりした口調で呟く入舸に対し、ヴィオの声は明るい。
『マスター黄には
下半身丸ごと再生するなんて、霊力を半分吹っ飛ばすようなものだもの。
……ほら、出てきたわよ』
ヴィオの言葉通り、ベルの躰は限界を迎えていた。重なる二つの心音が
「な、なんなんだ……なんなんだお前は!
なぜそこまで強い! 俺は強くなったはずだ、そのために、そのために俺は美奈の友人を……それなのに!
何故世界は私たちを拒絶する! だったらどうしてこの身に美奈を宿らせた!
お前は何だ、お前たちはなんなんだ!」
ベルは空に舞うヴィオと入舸を交互に見やり、力の限り叫ぶ。
「神のようなものなのか?
だったら、だったらそこに慈悲はないのか!!」
樹木を背に、寄りかかるように立つベルの目には、もはや初めの
しかし全ては空々しい響きに過ぎない。自らの行ためを棚に上げ、どこまでも自己愛のみを主張する姿は、まさに究極の自己中心主義者にしか見えなかった。
『あれがソウル・ケージよ。解ったら終わらせなさい、坊や』
ヴィオの言葉に心からの同意を込めて、入舸はベルに向け
「言ったはずだ、死神だって」
「―――ッ!!
お前が……お前のような奴が居るから、居なければ、居なければ!」
慈悲は、無い。おそらくもうどにもならないのだろう、それでも死力を
「お前に我々を殺す権利などない!」
吠え狂い、ベルは入舸に最後の突進を
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