第56話 ラストストーリー 4

 明日の誕生日のメニューリストを作りながら、そのままの流れで夕食になったが、アレッタの不安は募るばかりだ。


「アレッタ、不安顔だね」

「エイビス、だってもしかしたら、12時に私は消えるかもしれない」


 食後のカフェオレを飲み込みながら、アレッタはエイビスを見る。

 エイビスもコーヒーを飲み込み、少し天井をあおいだあと、アレッタを再度見つめた。


はそれほど意地悪ではないよ。

 でもそんなに不安なら、12時までみんなでここで過ごそうか」


「そしたらアレッタ、明日の準備をするぞ」


 そう言ってフィアから渡されたエプロンは幼女用だ。


「……なんで、小さい……」


 思えば小さいままで食事をしていたことに気づいたアレッタは素早く元の大きさに戻ると、


「私は大きいんだっ!!!」


 アレッタはエプロンを掲げてフィアに睨みあげる。


「じゃ、こっちを使え」


 そう言って手渡されたエプロンをつけると、玉ねぎを手渡された。


「それ5つむいてくれ。そのあと、芋も頼む」


「ほらネージュもやるぞ」


 のんびりと紅茶をすするネージュに声をかけると、しぶしぶながらもエプロンを手に台所へと移動する。

 エイビスはその様子を楽しそうに眺めている。


「エイビス、そんなところで眺めてないで、手伝ったらどうだ? 私の誕生日だぞ?」


「僕は館の主人だ。この場所を提供してあげるのだから、そんな苦労は」


 そう言ったエイビスの顔に芋がぶつかった。


「あら、手が滑ったわ」


「ネージュ……」


 エイビスの顔が赤くなっていく………


「僕の手さばきを見て、驚くなよっ!!!」


 フィアからエプロンをひっつかむと、包丁を手に、キッチンへと立つ。



 ────が。



「……そうそう、エイビス上手ですよ。手は、猫の手、です……そう…」



 激しく初心者だった。

 フィアに手取り足取りの指導で、ようやくジャガイモを切り終えたところだ。


「こんなに長くヒトの世界にいるのに、何もしたことがなかったとは……」


 あまりの出来の悪さにアレッタは呆れてしまうが、エイビスは自分のできなさ具合にショックな様だ。


「だって包丁なんて、刀よりも手元が見えるから、簡単かと思ってたんだ……なんなんだ……ぜんぜんうまく切れない……」


 ぐったりとテーブルに寝そべるエイビスにミルクティが差し出された。


「みんなのおかげで、明日の準備が整ったぞ」


 そうして見た時刻は、午後11時34分をまわったところだ。


「あと30分ほどだな、アレッタ」


「なんか、緊張してしまう」


 アレッタは甘くしたミルクティを飲みながら、思わず体を幼女へと変化させる。

 この方が小さく丸まれて落ち着くのだ。


 そのアレッタを抱きかかえたネージュは頬ずりした。


「大丈夫! だってあたしにはわかるもの」


「そうかもしれないが……」


「そういうときは、楽しいことを考えるのがいい。

 アレッタ、これからして見たいこととか、やりたいことはあるか?」


 エイビスが頭をなでながら尋ねた。


「……やりたいこと………」


 ネージュに抱えられたまま紅茶を飲み込み、アレッタは言った。


「天界では春しかなかった。

 だから、夏や冬を見て見たい。あと、海って場所もあるんだろ?

 そこも見て見たいなぁ!」


「あたしも海で泳いでみたーい!

 フィアも見たいでしょ、あたしの水着姿」


「いいや、ぜんぜん」


「なんでよっ!」


「もうお前の要望を聞いていたら、肌色が多すぎるからな。もう水着みたいなもんだろ」


 確かに肩は出て、スカートもミニスカートなので太ももがよく出ている。今はカーディガンを羽織っているが、筋肉質でありながらしなやかな腹もしっかり見えた上着を見れば、水着と言われてもおかしくはない。


「その点アレッタは、しっかりとくるぶしまでの服を着ているので好感が持てる」


「それはフィア、あんたの目が女慣れしてないだけでしょ」


「この痴女が! 見せればいいというものではない!!!!」


「なんですって、この、永遠のチェリーが!!!!!」


「貴様言わせておけばぬけぬけと」


 いがみ合うふたりを避けるように、エイビスがアレッタを抱え直し、


「ケンカするほど仲がいいっていうから」

「同感です」



「「うるさいっ!!!」」



 しばらく続くだろう怒鳴り声を聞きながら、


「アレッタが堕ちてきたと感じた時、僕がどれほどの喜びに包まれたかわかるかい?」


「……わかりませんね」


 アレッタはなんとなく体の大きさを元に戻し、エイビスの胸板に体を預けた。

 エイビスは華奢なアレッタの体を抱きかかえながら、くすりと笑う。


「僕にとっては一年中のお祭りがいっぺんに来たぐらいに嬉しかったんだ」


 アレッタの銀髪をなでながら、エイビスは続ける。


「本当にアレッタ、君に出会えたことを僕は父に感謝してるんだ」




 振り子時計が12回の鐘の音を叩きはじめ、そして、短針と長針がぴたりと重なった────




「アレッタ、愛してる」


 エイビスがそっとアレッタの左手の薬指に通したのは指輪だ。


「僕の伴侶として、一緒に生きて欲しい」


 より一層青く光る手首の文様と、薬指に光るダイヤの指輪がアレッタに生きている実感を与えてくる。


「……はい」


 ようやく返事をしたアレッタにエイビスは顔を綻ばすと、顎に手を添え、唇を寄せた。



 が、それはアレッタの唇に届かない。



 なぜならアレッタは再びネージュの胸に連れ去られていた。


「ほら、あたしのアリー、消えてないでしょ?」


「あ、ああ」


「さ、ゆっくり寝て、誕生日に備えるぞっ!」


 はしゃぐフィアとネージュからエイビスはアレッタを奪うと、


「今日は、僕、アレッタと寝るから!」


 そう言って部屋へ向かうが、そうはさせないと動くのはネージュである。

 これが夜中の2時ごろまで繰り広げらたのは言うまでもない。




 そんな彼女が目覚めた場所は………



「……やっぱり、エンはあったかいなぁ……」



 エンの寝床だった。

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