第21話 初めてのおつかい 【山小屋編2】

 アレッタの声は力強い。

 その目の輝きと、言葉の強さにシルファは思わず頷いた。


 だが、弟と同じぐらいのアレッタが自分たちを救えるなどとは思えない。

 頭ではわかっていても、心は助けてもらいたい。

 シルファの戸惑う心が視線の動きで見えてくる。


 アレッタは腰を改めて下ろし、男たちの動きを目で追いながら、ペンダントをシルファに掲げた。


「シルファ、このペンダントは私の居場所を伝えるペンダントだ。

 だからそう遠くないうちに大人が私を見つけてくれる。

 だがその遠くない、というのは30分後なのか、1日後なのかわからない。

 なぁ、このままだとジャンが危ないんだろ……?」


 シルファはこくりと頷いた。


「シルファ、私を信じてくれ。絶対にお前たちを外に出す」


「わかったけど……何をすればいいの?」


「私が声を出したら逃げてくれ。それだけで十分だ。

 シルファ、あの男たちが1人になるタイミングはあるか?」


「あるけど……

 私たちの食事を持ってくるとき、1人出ていくわ」


「食事の時間は?」


「多分、もうすぐ」


「わかった。そのとき逃げるぞ」


 シルファが言った通り、ぼーんと不釣り合いな振り子時計の音が響いた。


「ツブすのは、飯の後にするか」

「そうだな。汚れるしなぁ……」

「飯か……。俺、持ってくるわ」


 アレッタを盗んだ男が扉側だったからか、その男はすぐに席を立ち、部屋を出ていく。

 ドアが閉まったのを確認して、アレッタは腹を抱えてうずくまった。


「ちょ……アレッタ……? 大丈夫、アレッタ……?!」


 シルファの声に、腹を抱えながら見上げたアレッタはニヤリと笑い返す。

 そのとき、残った男が牢屋に近づいてきた。


「……お、おい、」


 アレッタはお腹を抱えながら、鉄格子にすがりついた。


「……ご、ごめんなさい。すごく、痛いのです……助けて……くださ……」


 渾身の力で自分のお腹をつねりながら、残った男に懇願する。


 本当に、すごく痛いっっ!!!!


 あまりの痛さに身を丸めてうずくまると、男の方は金になるアレッタが死ぬのはマズイと、すぐに牢を開けて中に入ってくる。


「お、おい……死なれたら旦那に殺されちまう……お前、ど、どこ痛いんだよ……おい……おいっ!」


 うずくまったまま動かなくなったアレッタを大きく揺すったとき、彼女に隠れていたエンが飛び出した。

 アレッタの背を蹴り飛び上がったエンは、男の顔面に前足を伸ばす。

 あまりの早業に男は仰け反りながらも、手で払いきれない。

 エンの爪は確実に目に向かって飛びかかった。

 そよ小さな手だが爪は長く、カミソリのように鋭い。

 切り裂かれた男の額からは血が溢れ、エンの爪が刺さった右目が引きずり出されている。

 男はもがき、わめき、かろうじて生き残った左目でアレッタを捉えると、アレッタを渾身の力で蹴り上げた。

 アレッタは壁に叩きつけられ、土壁とともに崩れるように床に落ちるが、その手にはトンファーがある。

 蹴り上げられた瞬間に奪い取ったのだ。


 アレッタは素早くかがみこみ、男の足にトンファーを絡ませた。もんどり打って転んだ男の首根に向けて、トンファーを握った腕を大きく振り下ろす。

 男の上げかけた頭が床にぶち当たり、二度の衝撃で鼻の骨を折った男は、そのまま気絶した。


 アレッタは血の唾を吐き捨てると、男から鍵を奪う。ジャンを抱えるシルファを手伝って牢を出るが、男が起き上がってきては困るので、鍵をかけ直したとき、そこに食事を持ってきた男が現れた。


 男は一瞬何が起こったのか理解ができなかったようだが、すぐに皿を放り投げ、声をあげようとする。


 だが、アレッタは瞬時に踏み込んだ。


 ───彼女の目が光る。それは彼女の微かな魔力が高まった証拠だ。


 彼女は自分の背ほどのテーブルにひと蹴りで飛び乗り、腕を伸ばした男の体に入りこんだ。真っ直ぐにトンファーを突き出すと、細い男の鳩尾にはまり込み、男は吐瀉物を撒き散らして、うずくまる。

 だが倒れるにはまだ弱いようで、涎を流しながらもアレッタを捕まえようと腕を伸ばす。


 だがアレッタは、トンファーで力一杯腕を殴り、テーブルに叩きつけた。

 それでも男は頭をもたげてもう一方の腕を振り上げてくる。アレッタはその手をヒールで踏みつけ、トンファーを顔面めがけて横振りした。

 男の頭が一周するのではという勢いで首が回ると、男は歯と鼻血を散らしながら、テーブルに体を撫でるように落ちていった。


「シルファ、出るぞ。私が守るっ!!」


 牢屋のある部屋からでた次の部屋は、赤と黒の部屋だった。

 見回した3人の男たちは革のエプロンを下げ、その手には大きな包丁がある。

 台には肉が刻まれ、それが何の肉だったのかはわからない。


 さらに奥を見ると、小さな椅子と棚があることから、そこでジャンとシルファは血を抜かれていたのだろう。


 このおぞましい地獄を眺めながら、延々と血を抜かれていたんだ………


 アレッタは包丁を掲げた男に対峙すると、踏ん張り、飛び出した。

 棒の先は重石がつけられ、遠心力に力が増す。


 包丁で向かってくる男の腕をトンファーで殴り、刃を蹴り割った。


「……シルファ、……行けっ!!!!!」


 アレッタの声に押されるように、シルファはジャンを抱えながら走り出した。

 彼らに伸ばされる腕をトンファーで殴り、落ちた包丁を投げつける。それは難なく避けられるが、エンの援護も頼もしい。

 台を蹴り上げ、飛び跳ねるエンはすばしっこく、さらに小さな幼女が殴りかかってくるのだ。

 3人の男の前には、1つずつ大きな台が置かれ、それが身動きの邪魔になり、思うように捕まえられない。


 棍棒を持った男の腕を叩きつけたとき、2人はようやくこの赤黒い部屋から飛び出した。

 まばゆい光が2人を包む。


 彼らが自由になった瞬間だ。


 アレッタが思わず微笑んだそのとき、腹部に衝撃が走った。


 蹴り上げられたのだ。


 再び壁に強く打ちつけられ、男たちの足がアレッタへと向けられる。

 慎重に近づく彼らだが、朦朧とする意識を奮い立たせ、アレッタは立ち上がった。


 怯む男たちに向かって、立ち上がった。



「絶対……生き抜いてやるっ!!!!」



 アレッタの怒号が湿った部屋にこだました。

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