第6話 勇者と3人のモブ



 店に入ると二人席とカウンターしか空いていないと聞き、俺はカウンターを選んだ。男もカウンターに行こうとしたが、俺と女に止められ二人席に行った。

「冒険者パーティーに女がいると、よくあることさ。」

 カウンターの奥から慰められる。ここのマスターも元冒険者らしく、新米冒険者が助言を求めてきたりする。俺もそうだったせいか、今でも親しく話をできる仲だ。

「勘弁してもらいたい。目の前でいちゃつかれるのも嫌だが、俺に敵意を持った目を向けてくるんだぞ。仲間にそんな目で見られるなんて・・・」

 マスターはいつもの酒とつまみを出して最後にリンゴを置いた。

「元気出せ。」

「・・・なぜリンゴなんだ?」

「それしかなかった。」

「そうか。ありがたくもらっておくよ。」

 後ろからは楽しそうな女の声が聞こえる。すぐ後ろの二人席にいるので、会話の内容は嫌でも聞こえる。特に女の声は良く届くからな。

「あーごめんね。私もう決まった人がいるの。」

 ナンパでもされたのか、女の断る言葉を聞いて俺はちらりと後ろを見た。そこには緑の髪をした幼さの残る男が立っていた。筋肉もあまりついてないし、杖も持っていないので魔術師ではないだろうが、冒険者ですらなさそうだ。

 俺の視線に気づいたのか、もともとそのつもりなのか、男・・・少年の方がしっくりくるな。少年はこちらに近づいて唐突に言った。

「僕の仲間になってくれませんか。僕は勇者です、一緒に魔王を倒しましょう。」

「・・・悪いな。俺一人の力では勇者の力にはなれない。俺は、俺たちは3人で強い冒険者パーティーなんだ。他をあたってくれ。」

 勇者という言葉に、先日召喚された者かと納得がいく。城の方で魔王に匹敵する人物を召喚したと聞いたがこの少年だったのか。

 城からは、勇者にできる限り協力するようにとお達しが来ているが、どうせ俺が行ったとして足手まといになるだけだ。ここははっきり断ってもいいだろう。

「そう、ですか。」

 何度も断れていたのだろう、少年はあっさり引き下がる。そこで少年の目が俺の前にあるリンゴをとらえたようだった。

「なんだ?腹が減っているのか?」

「えーと、僕じゃないんですけど。よろしければそれ、譲っていただけませんか?」

 少年はポケットから小銭を取り出したが、俺は手でそれを制しリンゴを渡した。

「これはマスターの気持ちだからな。金はもらえない。」

「え、それなら・・・」

 リンゴを返そうとする少年にかまわないと言った。

「そいつは腹が減っているのだろう?」

「ありがとうございます。」

 頭を下げて礼を言う少年を見て、すぐさま断ったことに罪悪感を覚える。それをごまかすように「仲間集め、がんばれってくれ」と言えばさらに礼を言われて罪悪感は積み重なった。

「マスター、もらったものをやってしまって悪かったな。」

「お前と同じだ。かまわないさ。」

 マスターは俺の空になったコップに酒を注いでくれた。

「余計なお世話だと思うが、お前はあのパーティーを抜けた方がいいと思うぞ。ちょうどいい機会だ、勇者様のパーティーに入って、魔王でも倒して名を馳せろ。」

「そうだな。」

「え?」

 もちろんマスターが冗談を言っているのはわかる。しかし、俺は耐えられない。魔王を倒せるとは思えないが、そこで命を散らせるのも悪くないかもしれない。

「もう・・・」

「あの、さっきはリンゴ、ありがとうございました!」

 唐突に少年が声をかけてきて驚いた。少年の方を向けばその隣には美しい女性の姿が。はっと息をのむ。

「あなたのおかげで仲間ができました!」

「少年!」

「え、はい?」

「いや、勇者。俺もお前の仲間になろう。」

 ただのひとめぼれだった。でもそれだけではない。先ほど言いかけた言葉を勇者に向けて言った。

「もう、あのパーティーにいたくないんだ。」

 俺が後ろの2人に目をやると、勇者も同じようにして、納得したという顔をし、俺を見た。そのときの勇者の憐みのまなざしは、一生俺の心に残るものだった。わかってくれるか。ならお前も仲間だな。こうして俺は本当の仲間を手に入れた。


しかし、そう思った瞬間はあっという間に終わった。

「よし、俺たちも仲間になります!」

 無慈悲な男の言葉が酒場に響いた。

 そう、俺は勇者に裏切られたのだ。あのパーティーにいたくないと言ったのに、そのパーティーをパーティーに入れやがった。

 本当の仲間なんてどこにもいなかったんだ。

「・・・勇者、恨むぞ。」

「ごめん。でもさ、3人で魔王を倒すのは無理があると思うんだよね。」

「それは一理あるな。しかし、別の奴でよかったんじゃないか?」

「だって、3人は連携で強さを誇るパーティーって聞いたから、その方がいいだろう?」

「戦力的にはな。」

 仕方がないことだと自分に言い聞かせるしかない。せめてもの慰めは、彼女がいることだろうか。茶色い髪は目に優しく、透き通るような新緑の瞳は目を離せない何かがある。目を離せないのは瞳だけではないが・・・そう、気づけば彼女を目で追っているのだ。

 これが恋か。

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