第5話 消えた天使様



「ん・・・」

 目を開けて数秒。ぼやけた視界がくっきりと周囲のものを映し始めて、はっと起き上がる。ここはお兄ちゃんの家だ。なんで私はこんなところに・・・

 起き上がると同時に肌寒さを感じ膝を見れば、掛けられていただろうコートがある。

「これは、天使さまの・・・」

 ここまで来た経緯を思い出した私は、周囲をうかがうが天使さまはいなかった。

「天使さまっ!」

 私の声はただあたりに響くだけで、返事が返ってくることはない。

 私は立ち上がり、コートを手に持ったまま部屋に一つしかない扉を開けて廊下に出た。そこで見つけた玄関前にある扉を開ける。

「いない。」

 そこはトイレだった。いままでとは違い二重の意味でその言葉を発して、ため息をつく。

 私は目についた階段を上ることにした。階段にはウサギのぬいぐるみが置いてあったが、どかせばいいし気にしなかった。そのぬいぐるみから声が聞こえるまでは。

『ここはだめだよ』

「・・・!」

『この先は君の思い出じゃない』

「まさか、ぬいぐるみがしゃべっているの?」

最初は驚いたが、ここは現世ではないのだから何がおこっても不思議ではないだろうと納得する。

「ねぇ、教えて。この先に天使さまがいるの?」

『いたとして、どうするの?君の目的は天使がいなくたって、叶うだろう?』

 ぬいぐるみに言われたことにはっとするが、それでも私はここまで送ってくれたお礼もしていないので、このままお別れするわけにはいかない。

「お礼をまだ言っていないから。天使さまには用があるのよ。」

『・・・別に通ってもいいけどね。後悔しても知らないよ。』

「後悔?」

『人の思い出なんて、見ない方がいいよ、お互いにね。』

 そういうとぬいぐるみは、すっと消えてしまった。なんだったのだろうか。

 特にぬいぐるみの言ったことは気にせず私は階段を登り切り、壁にかけてある大きな鏡を見た。それ以外は何もない小さな空間。

「どこに行ったの、天使さま・・・」

 つぶやいたその時、私の後ろから強い風が吹き、持っていたコートが私の手を離れ鏡に吸い込まれていたった。

「それは、天使さまのっ!」

 私は急いで鏡の中に飛び込んだ。


 風が大きく吹いて、土埃が舞う。かなり大きな風だったので、道の両脇に並んだ店舗の看板が飛んでいくのではないかと思うほど揺れた。

「おい、落ちたぞ。」

「あぁ、悪い。」

 仲間が地面に落ちた俺の黒コートを拾って手渡してくれた。いつ落としたのか全然気づかなかった。

「暑苦しい男ね~こんな暑い日になんでコートなんて持っているのよ。」

 仲間の女の方が男の横に並び眉根を寄せた。

 俺たちは3人でチームを組んでいる冒険者だ。役職は男と俺が剣士で、女が魔法使いだ。男は大剣使いで、熱血だが周囲に気配りのできるいいやつだ。女の方は炎の魔法が得意で愛想はいいが、性格はよくないと思う。男にメロメロで、俺を邪魔扱いする。

「長袖は怪我をしにくいし、日の光がさえぎれていいぞ。それより、早く行こうぜ。席が埋まっちまう。」

「わ~博識ね。私何食べよっかな~」

「・・・」

 それにしても、コートなんて持ってきたか?俺は少しの疑問を感じつつ、2人に続いて酒場へと向かった。


 天使さまのコートを追って入った鏡の中は、舗装されていない土埃舞う場所だった。コートを拾おうと手を伸ばすと先にコートを奪われ呆然とする。コートを奪った男は別の男にコートを渡していた。

 水色の髪にシャツとズボン・・・水色の髪という時点で天使さまとわかったが私は戸惑った。

「羽がない・・・」

 声をかけるか迷っているうちに天使さまたちは何かの建物に入っていってしまった。どこか古臭い建物に読めない文字は、外国の田舎を思わせた。看板のイラストを見てそこが酒場とわかると一瞬躊躇したが店の中に入った。


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