第8話
猛然と自動ドアを潜り抜け、図書館の受付に到着。
「あのっ、パソコン、空いてますか?」
「はい、では16番をお使い下さい」
ラミネートされた用紙を受け取って、席に座ると、すぐに検索をかける。
ファンタジー系の出版社を何個かピックアップして、番号を手の甲にメモる。
そして、コピー機の前に陣取って、コピーの続きを取りつつ、ムーバで番号をダイヤルした。
「はい、ハナマル出版です」
「あっ、あのっ、原稿の持ち込みしたいんですけど……」
電話に出たのは若い女性。
いかにも慣れた感じで、こう返事が返って来た。
「申し訳ございません、当社は原則として持ち込みの類は受け付けておりません。 デビューに関しては、当社の主催するコンテストがございますので……」
そこまで聞いて、ブチ、と携帯を切る。
コンテストなんて受けてる暇はない。
俺は、めげずに次の出版社に連絡した。
「ダメか……」
5社連絡を取って、結果は惨敗。
俺は、最後の騒がし出版に望みをかけた。
「はい、騒がし出版です」
出たのは、おっさんだ。
「あの、原稿の持ち込みをしたいんですが」
「持ち込みですか。 では、まず電話であらすじをお聞かせ下さい」
……ダメか。
って、え!?
持ち込みオッケーなのかよ!
俺は、慌てて作品のあらすじを説明した。
「勉強、運動、その他もろもろ、何をしてもダメダメな主人公には、たった一つだけ才能がありました。 魔法の才能です」
俺は、本の中で起こるストーリーを一心不乱に説明した。
すると、
「ほおーっ、中々凝ったストーリー、考えるね! 分かった、一回わが社でお会いしましょう。 何時頃、うちに来れますかね?」
通った……!
内容にはすこぶる自信がある。
つっても、俺が書いたわけじゃないけど……
とにかく、ここから都心までは電車で30分。
出版社までは、3時までには到着できるだろう。
「3時ですね、じゃあ、よろしくお願いします」
俺は、内心ガッツポーズをした。
集中が切れると、周りの音が聞こえて来た。
ガー、と原稿をする音。
こっちも、もう少しで終わる。
ふと、視線を感じ、振り返ると、女性が立っていた。
三つ編みでメガネをした、オタクっぽい感じの女だ。
「あ、すいません。 もう少しでコピー、終わるんで」
「そうじゃありません。 何であなたが、ハリーポーターの訳された原稿を持っているんですか?」
何だ、こいつ。
ハリーポーターを知っている?
女は更に近づいてくると、勝手にコピー機の蓋を開けた。
そして、驚いた表情をして、答える。
「なんで、あなたがこの本を? あり得ない…… 先生はまだ翻訳の最中なのに」
「先生? それって、この本の翻訳者か?」
「そうよ。 先生は翻訳の講義も開いていて、私はその生徒。 先生は、近頃作品の翻訳でずっと講義をお休みになられていた。 特に、今翻訳なさっているハリーポーターは、児童向けだから、なおさら時間がかかるのよ。 作中のジョークだったり、ことわざだったり、意味が通じなかったら面白さを損ないかねないから」
女は、その先生とやらと、最近までメールでやり取りをしていたらしい。
作業はまだ中盤で、本が完成してるのはありえない、とのことだ。
そして、女は俺を睨み付けて、こう言った。
「その本を渡しなさい。 あなたはその本を騒がし出版に持って行くつもりだったでしょう? 先生の血の滲む努力を、無駄にするわけにはいかない」
……くっそ、どうする?
確かに、その先生とやらに、悪い気もするが……
こうなったら……
「なら、この本、お前が買い取れよ。 三万五千円だ」
背に腹は代えられない。
この本がこれから、百万部のベストセラーに化けようとも、な。
「……いいわ」
交渉、成立か。
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