第6話

早朝、山猫さんが私の部屋を訪れた。


そこで、家賃を今日中に支払えなかった場合、このアパートが取り潰されるという話を聞かされた。


部屋に戻って、私はどうしようかとあたふたした。




「どうすっべ、どうすっべ……」




 最近、アコースティックギター (ギブソン、25万)の支払いを済ませたばかりで、お金はほとんど残っていない。


困った時のめぐっちにも、三万五千円という大金を借りるのは気が引ける。


……ここはもう、デビューしかない!


私は、山猫さんから借りた、宇多多ヒカルの未発表曲をひたすら聞いて、耳コピしていた。


私だって、3年間、音楽に没頭してきた。


曲を書く才能は乏しくても、楽器を演奏することに関しては、多少なり自信がある。




「曲があれば、私だって……」




 私は、ギターを背負って、家を飛び出した。














 向かったのは、渋谷と表参道を結ぶ青山通りの脇にある、路上演奏オッケーの通りだ。


ミュージシャン志望の仲間内じゃ、「カントリーロード」とか、「ワンチャン街道」なんて呼ばれている。


なんでそんな名前で呼ばれているのかというと、この通りの付近には、大手レコードレーベルの本社が建っているからだ。


才能があっても、チャンスに恵まれないシンガーが、最後にやって来るのがここだ。


到着したのが10時。


演奏するのに申請が必要ない通りのため、場所取りは早い者勝ち。


既に、何組かのバンドや、単独の歌い手がちらほらいたが、幸い、スペースを確保できた。




「よっし、やるべ!」




 勝負は昼間。


休憩で渋谷方面に向かうレーベルの社員のハートを射止めるんだ。
















 演奏を終えて、チラと腕時計を見る。


13時45分。


通りにズラと並んだミュージシャンの卵たちは、片付けを始めている。


右手で握っていたピックが、地面に落ちた。




「……ダメ、だった」




 誰一人、私の前に立ち止まる人はいなかった。


曲には自信があったのに……


そりゃあ、あの宇多多ヒカルの曲なわけだし。


でも、曲だけじゃダメなんだ。


ルックス、声、演奏力、売れるために必要な要素。


私には、何一つ揃っていない。


レーベルの社員は見る目がある。


耳に入ってくる曲がかっこよくても、一瞥されて終わってしまった。


私は決心した。


ギターを売ろう。


そのお金を、賃貸に当てるしかない。


ギターを持って、踵を返した時、後ろから声がした。




「ピック、落ちましたよ」




「……それ、あげます」




「ダメですよ!」




 勢いよく肩を掴まれ、私はイラっとした。




「痛ってーな、何すんだ!」




「ご、ごめんなさい……」




 そこにいたのは、隣で演奏していた、ギタリストの女性だった。




「投げやりになったら、ダメですよ。 あんなにかっこいい曲が書けるんだから……」




 ……あれは、私の曲じゃない。


それに、隣で聞いていたが、多分、私よりこの人の方が、ずっと才能がある。


曲は凡庸だけど、ルックスもいいし、声も演奏もそれなりだ。


もし、曲が揃えば、一気にデビューできる逸材なんじゃないかな。




「だったら、この曲さ、いりますか?」




「えっ」




「三万五千円です」




 一瞬固まった彼女だったが、口を開いた。




「……私は、今日が最後のつもりでここに来ました。 今日、スカウトされなかったら、諦めようと。 それでもやっぱり、デビューしたいんです。 どんな手を使ってでも。 あなたのその曲がいただけるのなら、三万五千円でも、払います」




 彼女は、財布から現金を取り出し、私の方に向けた。


宇多多ヒカルの曲が、三万五千円。


安すぎる。


それでも、猫に小判、私には宝の持ち腐れだった。


私は、そのお金を受け取り、通りを後にした。




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