2 青春に乾杯
「あれええ、みなしゃんお揃いで?」
声を掛けてきたのは、自宅に帰り着いた真貴だった。
弟はダッシュで姉に駆け寄り、耳元で言った。
「てめえ、今日おれが何回ケータイしたと思ってんだよ」
「ひょ? あんたがあたひに? 知らないにゃあ」
「にゃあじゃねえんだよこの…」
貴一は、二人の少女の視線を感じて、姉の襟首を開放する。
一寸酔っぱらっているようだが、この際構わない。
姉ちゃん、よく帰って来てくれた。
貴一は、滅多にないタイミングに感謝した。
料理を作って食べさせるのは、願ってもないことだ。
しかし何処で?
フィオンが一緒ならコミュニオンを貸してもらえるだろうかなどと考えていた所、
「貴一の住まいが良い」とのたまわれ連れては来たものの、心底焦っていたのである。
やって来た真貴は、うふふんと笑ったかと思うと、おもむろにその巨体でフィオンに抱きつき、絡み始める。
場の破壊者。
良い雰囲気になった時などには、絶対に会いたくないタイプだが、今は良しとしておこう、と貴一は思う事にする。
真貴はふにゃふにゃな声で言った。
「ウチの弟、昨日どうにゃったあ? ちゃんとエスコートできてんのか心配れ、仕事中わざわざケータイしてやったのにさ、切りやがったのよ。電源を~!」
「ま、真貴殿、お気を確かに。御心配は無用。貴一は立派に案内役を勤めて下された」
次に真貴は、その座った目線を、朱理に向けた。
すると存外、冷静に「この子誰」と聞く。
真貴が実際に朱理を見たのは初めてかも知れなかった。説明すると急にまた、でれんとなる。
「しゅりちゃん、かわいい~ん!」
「ひあ!」
朱理が小さな悲鳴を漏らし、大きな胸が覆い被さって来る恐怖に目を閉じる。
腕を捕らえられたフィオンと、捕獲された子猫のような朱理を連れた、真貴が命じる。
「貴一、あんたご飯作りなひゃい。そんで、フィオンちゃんと朱理ちゃんをごしょうたいひゅるのよ」
言われるまでもない。
しかし、朱理が来るなら、ミケを佳代ばあちゃん宅に移動させねば。
貴一は真貴を追い越し、両手のスーパー袋をものともしない軽やかさで階段を駆け登った。
※
佳代は喉にタオルを巻いていた。
風邪気味なのだという。
貴一は心配ながらも、朱理を夕食に誘う旨を伝えミケを渡した。
佳代は、何か言いたそうにしたが、
「あの子のこと、お願いね」
とだけ言って、そっとドアを閉めた。
貴一は、先刻公園で、朱理が話そうとしたのは、この事だったのだと思った。佳代が身体を壊した事で不安になっていたのだろう、と。
佳代の事は気になるが、今はまず自宅で待つ女性達の食事を作らねばならない。主にフィオンの称賛を得る事が目的だ。
気合充分で帰ってきた貴一だった。
※
三人は、部屋の一番奥にあるリビングの、大きな座卓を囲んでいた。
真貴が雑誌を広げてフィオンに見せている。あろう事かそれは貴一が昨日の昼間、本屋で購入したアイドルグループの写真集だった。
「?! 何見せてん……ですか?!」
フィオンがいるので、いつものようには怒鳴れない。憤慨を極力抑えて、姉の手から本を奪い取ると、台所に籠もってしまった。
リビングに接してはいるが、台所は奥まっている。
作業に没頭し始めた貴一の耳には、次に真貴が繰り出した暴露トークは、幸か不幸か、届かなかった。
女の子達にだけ聞こえるような、潜めた話し声だったせいでもある。
「あのね、貴一の好みってさ、昔から一貫してるの。さっきのアイドルのユキちゃんとかフィオンちゃんみたいな子」
二人から少し離れて正座している朱理の、膝に置いた指先がぴくんと動く。
姿勢を正して聞いていたフィオンは、眉間に皺を寄せて、
「真貴殿、あいどるとは如何なるものか」と言った。
いや、そこじゃなくて、と流石の真貴も拍子抜けするが、フィオンは至って真剣なのである。
「ええとお、飲み物持って来るわ」
フィオンの思わぬリアクションによって、真貴のアプローチは失敗に終わった。台所にやって来た姉を貴一は歓迎しなかったが、真貴はいっこうに気にせず、
「あんたってただでさえ不器用だし、きっと苦労するわ」
と心底不憫がるように言った。
何の話だか、いきなりそう切り出されてもと言いたげな貴一に、
「あのフィオンちゃんとさあ、デートとか、ちゅーとか、難しそうじゃない?」
などと、言う。
貴一は包丁を取り落としそうになったが、
「い、意味わかんねえし」
努めて冷静を装う。
話しかけてくる姉を適当にあしらい、手は休めず、しかし貴一は妄想に突入していた。
(デート、ちゅー。どうなんだおれ。デートでフィオンさんの手を握るとする。ぎゅっと握り返してきて、にやりと笑い、これが腕相撲かとか言いそうでいやだ。ちゅーはどうだろう。不思議な顔をして近づいて来るおれを、不思議な顔で観察しているフィオンさん相手に、ことを成し遂げる勇気を一体どこから振り絞ればいいのか!)
貴一は大きく頭を振った。
(あほか。だいたいフィオンさんが、おれなんか選ぶかよ。現実は厳しいのだ)
料理をする手際に差し支えないのが不思議な位、貴一は挙動不審であった。
そんな弟を見ながら、真貴は缶ビールを開けた。
「あんたの青春に乾杯」
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