第3章
1 休日を一緒に
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休日、貴一は最寄り駅近くの書店にいた。
立ち見しているのは、アイドルグループの写真集だ。
「ユキ……おまえは、やっぱいい。すげえ、いいよ」
もちろん心の声である。
実の所、グループの中でも貴一の好きなユキという少女は、比較的人気がない。
ファンに迎合しようという心意気が、他のメンバーに比べ乏しく見えるからかも知れない。群を抜いて端正なルックスは、目立つのだが冷たい印象が先に立ってしまう。それより妹的な親しみ易さや、愛くるしさをファンが求めてしまうのはもっともな事であろう。
だが貴一は何故か、手折れもしない高嶺の花に心惹かれてしまうのだった。
ユキはフィオンにどこか似ている。
しかし芸能人ではないフィオンなら手の届く確率は増すはずだ。それでも、取り柄と言えそうな物は、料理くらいしかない自分が彼氏になりたいなどとは夢にも思っていない貴一だった。
何より、フィオンにはコミュニオンという背景がある。ある意味、芸能界よりも馴染みのない領域だ。
姉、真貴などのような、鷹揚な性格の持ち主ならば、相手がどんな世界の誰でも、事もな気に交流できてしまうのだろう。だからこそ、ウェスペルを彼氏にできたし、その属する場所にも溶け込めたのだ。
今は、そんな姉を羨ましいと貴一は思っていた。
単にエコロジーを推奨している組合なのだろうとしか、思わなかったコミュニオンが、どうやらそうではないらしい事くらいは分かって、以前より気になり始めていた。
取りも直さずそれは、フィオンを知りたいという事にも繋がっている。
(でもなあ……)
写真集を捲りながら、貴一は思う。
(おれ、全然関係者じゃないし。内部のことなんて教えてくれる訳がねえ)
貴一は、他ならぬ自分自身の妄断によって、逡巡させられる事が多い。今回もそのパターンになりそうなのだが、貴一の注意はもう他に逸れてしまっていた。
写真集のユリの、ぎこちない水着姿に、フィオンの顔が重なり、思わず激しく動揺してしまう。貴一は軽い疲労感を覚え、それでもしっかり写真集を買って、外に出た。
昼下がり、空は澄んで青かった。
*
夕刻からのバイトに合わせて貴一はコミュニオンに向かう。
書店とCDショップを梯子した戦利品を得たお陰で、随分晴れやかな足取りの貴一だった。が、道路の対岸で自分の名を呼ぶ人物を見た途端、動揺が緊張を連れて帰って来たかのような表情に一変してしまう。
「貴一殿!」
華奢な手を力強く上げている美人は、フィオンに他ならなかった。
彼女の前にタクシーが止まった。
タクシーは、自分を呼んだのだと思ったらしい。
「こっこれはしたり! すまぬが、わたしのこの手は貴殿をさし招いたものではなく」
そんなに狼狽しなくてもという程おろおろと説明し、去った後のタクシーにも会釈してフィオンはようやく道路を渡って来た。貴一はその間、固まったり呆然としたりしてフィオンを見ていた。すぐ側でフィオンの声がし、再び硬直する。
「貴一殿を、お待ちしていた」
予想していなかったフィオンの言葉である。
「へ……?! なな何で、おれ?」
「街の案内を頼みたい。姉御が、貴一殿なら受けてくれると」
貴一は困惑と怒りが混ざった感情に襲れる。
(あの女、余計な事を!)
姉からすると、弟の性格を読んだ上での計らいなのだが、得てしてデリケートな相手には、お節介と言われてしまうことが多い。だが、しかし、
「貴一殿、わたしは日本で是非とも行ってみたい所があってな」
白い陶器のような頬を紅潮させたフィオンに、一枚の紙を手渡される。
半紙に墨字で書かれた、行きたい所リストだ。
解読不能なものもあるが、一生懸命書いたのだろうという事が窺えた。
フィオンを見る。
不純物のない蒸留水を湛えたような眼に、自分が映っている。
こんな清廉な眼差しで、直々に頼まれてしまっては。
そして貴一は、彼にしては前向きな決定を下す。
「分かった。どこから行く?」
明るい碧眼が一層輝く。
「かたじけない! 貴一殿」
「殿はいらない、です」
「では、貴一。参ろうか!」
貴一はもう、異国の貴賓を乗せる馬のような心境になっていた。
何処へなりともお連れする所存、であった。
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