さよならダーウィン ~バカによる自然淘汰が起きた世界~
芝下英吾
起床
事故の経験。特に臨死体験をすると、その日丸一日の記憶が飛ぶことがよくあるというのはご存じだろうか。
俺の場合もその例に漏れないようで、実際のところ俺の身に何が起きたのかはよく分からない。普段と変わらずベッドで寝て。そしてそこからの記憶がぷっつりととぎれてしまっているのだ。
しかし結論として、どうやら何かがあって、俺は死んだかあるいは死にかけたようだ。
おぼろげながら、一番新しい記憶を思い出す。
そこはおそらく病院だったと思う。白いもやのかかった視界の中で誰かが話す声。
「――このままこうして生きているよりは……」
「決心してください」
「最期のお別れを……」
そこで俺は目覚めた。何年も光を浴びていなかったかのように、眼がパチパチとしてまぶしい。
身体も重く関節はさび付いているようだ。慣らし運転をするように、ゆっくりと身体に力を籠める。
しばらくして全身の凝りが取れてくると、そこでようやく自分の置かれている環境に気付いた。
そこは洞くつの中のようだった。
コケが生え、水が滴り、蔦が伸びている。さらさらと小さな水音が流れるだけの静寂の空間。この中では自分が寝かされていた寝台だけが酷く場違いに見える。
いくつかある天井の隙間からは木漏れ日が射しこんでいる。それだけが空間の中の灯りだ。
洞くつはさして広くもない。寝台を目にしたからか、病院の個室が頭に浮かんだ。
意味が分からずに起き上がると、そこで隣から女性の声がした。
「あ、起きてくれましたね!いやぁ助かりました。やっと話の通じる人が来てくれましたよ」
「えっ」
そこには誰もいない。いや正確には何かはいる。
青い光の玉、としか形容できないようなものが、俺の眼前をふわふわと漂っていた。
どういうことだ。という疑問を挟む間もなく、声はまくしたてる。
「もうほんと長かったんですから。肉体の復元なんて私には高等過ぎて、まずは練習からしないといけないですし。・・・・…あっ、すみません。詳しい話をしたいのですが、それよりも先にそこから出ないといけませんね」
「あっ、あのー……」
「申し遅れました。私はあなたの補助を担当するアシスタントパートナーです。アイと呼んでください。あなたのお名前は呉羽飛鳥さんで間違いないですよね?」
アイの声は耳に心地よい。聞いていると不思議と心が落ち着くようだ。いくらか平静を取り戻した俺はひとまずアイに従うことにした。右も左も分からない以上、それが懸命のはずだ。
「そ、そうですけど」
「ではこちらへ」
アイは言葉を終えると、ゆっくりとどこかへ進んでいく。道案内をしてくれるのだろう。
見ると先ほどは気づかなかったが、陽の光がささない暗い場所はそのまま何処かへとつながる横穴になっていたようだ。
誘われるまま外に出ると、そこも洞穴のような場所だった。
ただし今度は足元が光る。天井から差し込む陽の光に比べて均一なものだ。
いくつかの締まり切った扉を横目に廊下を進んでいくと、ひときわまぶしい光が飛び込んできた。
どうやら外への出入り口らしい。
光の中へ進む。
しかしてそこは行き止まり。いや正確に言えば非常に巨大な縦穴だった。二百メートルはあるだろうか。
一応は外へとつながっているのだろう。見上げると、太陽がさんさんと輝いている。
穴のふちから俺のいる底まで蔦が伸びている。しかし見るからに心もとなく、とてもじゃないが掴んで登ることはできないだろう。
もっとも、仮に挑戦できたとしても命綱もなしにするつもりはないが。
お供のアイに問いかける。
「あの、ここは?」
「地上への直通エレベーターです」
「いや、ちょっとまだ状況がよく分からないんですが」
「あっ!そういえばまだ言っていませんでしたね。楽しみにし過ぎて忘れてしまっていました」
と言うと、アイは一度溶けるように消えた。
そしてすぐさま、今度は地面から光がせりあがってきた。
見る間に脚が、胴が、腕が、頭が順に構成されていく。
あっという間の出来事が終わると、俺の目の前にいたのはナース服を着たミディアムヘアの女性だった。
嬉しそうな笑顔を見せ、ぺこりと頭を下げる。小動物のように可愛らしい仕草だ。
こんな状況で無ければ鼻の下も伸びたかもしれない。
「それでは!えー、こほん。……おはようございます!呉羽飛鳥さん。貴方は本日、当病院での入院を終え、無事退院できることが決まりました!」
「病院?俺、入院してたんですか」
「はい。貴方は暴走した車両に轢かれてしまうという事故にあい、その後この病院へと運び込まれました。でももう大丈夫!治療は完了しました。お身体はどうですか?1200年ぶりのお外は気持ちがいいですよね!」
そこで俺は言葉を失った。
「……えっ?」
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