第92話 思わぬ客

 刀夜は完成した火床かしょうを乾燥させるために炭に火を入れた。小さな足の短い椅子に腰をかけてあぐらを組んで座った。


 ふいごから空気を送ると炭が赤く焼け、火の粉がパチパチと舞った。炭をテコ棒で広げて全体に熱がいくように微調整する。


 そこに誰かが家の扉をたたいた。


「刀夜様、注文しておいたバスが届いたようです」


「そうか、じゃあ例のところに設置してもらってくれ」


「はい」


 対応に出たリリアが返事すると大きなバスタブを運送員が四人係で運んでくる。二人で入っても余裕があるほどの大きさだ。これほどの大きさのバスは特注となるため即納できなかった。ゆえに設置が遅れていた。


 風呂場の一番奥の簀子をリリアが退けると、運送屋に設置してもらった。陶器でできた洋風のバスタブである。


 リリアがバスタブの設置具合のチェックを行って刀夜にオッケーサインを送った。その様子を女子達が目を輝かせてみている。


「バ、バスタブだ……」


「お風呂だ……」


「お湯に浸かれる……」


 大喜びではしゃぐ女子に刀夜は申し訳なさそうにした。


「悪いが、お湯を沸かす関係と時間の都合で二人づつ入ってくれるか?」


「えー、でも仕方ないか……」


「一人で入りたかった」


 毎日お湯を沸かすとなると安い薪代でも結構バカにならない。刀夜としては金は使うところは使うがそれ以外は節約したいと考えている。


 一人で使えないことに葵と由美ががっかりする。だが湯船に浸かれるのだと思えばそんなことは些細な条件だ。


「じゃあ葵ちゃんは私と入ろう」


 美紀が葵を誘うと彼女は嫌そうな顔をした。


「嫌だ。あたしは――」


 葵は皆の胸をじろじろとみて、一人納得したような顔をする。


「うん、私はリリアちゃんと入りたいな」


「ちょっと。何で皆の胸を見比べたの?」


「葵――あんた自分より胸の小さい人探したでしょ」


 梨沙と美紀から冷たい視線を突きつけられた葵は駄々をこねだした。


「だって、みんな私より大きいんだもん! そんなの見せつけられたら、あたしのアイデンティティーは崩壊よ!!」


 だがそんな葵に美紀は嫌らしそうに流し目を送った。葵は気づかなかったようだが美紀の目はごまかせない。


「あらぁ? 果たしてリリアちゃんのは葵より小さいかしらぁ……」


「え!? ちょっ、ちょっと美紀様、そんな所……急に……あっ、だ、ダメです……」


 美紀はリリアの背後に回り込むと彼女の胸を鷲掴みにすると、手の平にしっかりとした膨らみを感じる。


「おおっ、こ、これは14才にしては中々……葵より大きいんじゃない」


「こらぁ! いつ私のを計ったのよ!」


 美紀は楽しくなってきたのか真剣に更に優しくリリアをこねくり回す。リリアは変態奴隷団長からもらった薄い下着しか着けていないため、彼女の形がダイレクトに手に伝わってくる。


「……ああ……美紀様……お、お許しを……あっ、うぅん……」


「あれぇ~リリアちゃんて結構、感度いいの?」


「そ、そんな……こと……こ、困ります」


「ええんかぁ、ええんかぁ~ここがええんかぁ?」


 美紀は調子に乗って親父化し、さらにこねくり回す。


 その時、ガツーンと激しく煉瓦を床に叩きつける音が響く。みんなが硬直して音の元を見ると刀夜が鬼の形相で怒りをき散らしている。


「俺は『仕事中』なんだが!」


 美紀達のじゃれつきは、痛みをこらえて真面目に作業していた刀夜の逆鱗に触れた。女子達が謝ると、リリアは力が抜けたようにへたりこんでしまう。


「言っておくがリリアは他の者とは入らん!」


「えー、なんでー、刀夜と入るから?」


 刀夜は美紀を再度睨み付けて「誰ともだ」と付け加えて怒鳴った。当のリリアは左腕を押さえて少し悲しそうな顔をする。


 昔は姉や友達ともお風呂に入っていたが今はもう叶わない。奴隷の刻印を人に見られたくなかった。そして空気を読んだ葵が美紀の頭をポカリとたたく。


「そろそろ金槌かなづちが飛んでくるからお暇しよう」


 危険を察知した梨沙が皆の背を押して仕事場から出てゆく。


 リリアは刀夜のそばに寄って膝をついてしゃがむと小声で彼に礼をいった。刀夜が奴隷の刻印の件を気遣ってくれたのだと分かっているからだ。


「あの、ありがとうございました」


「あ、ああ……別に……」


 刀夜は先程の彼女の喘ぎ声を思い出して赤面した。必死に気持ちを落ち着かせようと火床かしょうの炭をこねくり回すと火の粉が飛び散る。


 リリアも変な声を聞かれたのがよほど恥ずかしいのか、困ってその場にいづらくなった。


「あ、お、お茶でもいれましょうか」


 そういって彼女が立ち上がったとき、またしても扉をたたく音が聞こえた。


「ごめん、いるか?」


「は~い」


 それは女性の声であった。リリアが扉を開けるとそこには真っ赤な三つ編みの髪の毛、そしてルビーのような真紅の瞳をもつ自警団の女性が立っていた。


「こちらに龍児という男がおらぬか?」


「はい、いらっしゃいます」


 リリアは振り向いて龍児の名前を呼ぶと彼女を家に入れた。


「奥にいますのでどうぞ入って下さい」


「おじゃまする」


 自警団の彼女は家に入ると周りを見回した。外から見ても大きいとは思ったが家の中も広い。彼らが異世界にきて早々このような家を手に入れていることに驚きを隠せなかった。


 彼女はリビングのテーブルに龍児と颯太、晴樹が座っているのを確認する。


「久しぶりだな」


「ああ、確か……レイラさん」


 レイラは土間からリビングの床に腰を下ろすと大きくため息をつく。


「ようやく覚えてもらったか……」


 龍児は恥ずかしそうに視線をそらして頭をかいた。


「レイラさん今日は何の用っすか?」


 顔を背けた龍児に代わって颯太が質問する。


「その事なのだが……」


 レイラは言いづらそうに眼を曇らせた。


「その……近くの街道で水死体が上がってな……その身なりが、以前君たちが着ていたものと酷似しているので確認を頼みたいのだが……」


「な、なんだって!」


 龍児が青ざめて立ち上げると、それを見たレイラの顔が赤くなる。


「き、き、貴様はこの非常時にナニを想像したァ!!」


 龍児の股間はテントを張っていた。先程の女子のやり取りを聞いて妄想が止まらなくなっていたのだった。


「龍児も颯太レベルね」


 女子からの冷ややかな視線が颯太や晴樹にも注がれる。


「あんなの聞かされて反応しない男子などいるかぁぁぁぁ!」


 龍児が不可抗力だと訴えるが、レイラは完全に引いていた。とりあえず龍児のモノから視線を反らして再度確認する。


「それで、確認に来てくれるのか? 来ないならそのまま埋葬だが」


「行く! 行くに決まっている!」


「では、早いとこソレを引っ込めて馬車に来てくれ」


 レイラは彼らがショックを受けないようどう話をするか気を揉んだことがアホらしくなり、一足先に馬車へと向かうべく席を立った。

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