第5話 調査、龍児と颯太

「何これ、どうなっているの?」


 天壌葵てんじょうあおいが誰も答えられない質問をすると、それを皮切りに押し黙っていた皆が騒ぎだした。


 一体、何をすれば校舎がこのようなことになってしまうのか?


 残りの校舎はどこに行ったのか?


 そもそもここはどこなのか?


 各々おのおのの疑問が噴き出す。


「何? 何?」

「ここ何処どこ?」

「誰か説明してよ!」


「みんな、落ち着け! 冷静に! 冷静にだ!」


 クラス委員長である河内拓真かわうちたくまが皆を落ち着かせようとしているが空しくも彼の声は誰にも届いておらず、騒ぎは増すばかりであった。


 しかし、彼はそれを残念に思うことはない。彼自身も今がどうなっているのか考えることで精一杯だったからだ。


 智恵美ちえみ先生はへたり込んで呆然ぼうぜんとしていた。本来、教師であれば拓真よりも皆を鎮める立場にあったのだが、彼女自身もそれどころでは無かった。


 誰もが騒然とする中、仕方がないと八神刀夜やがみとうやが彼らしからぬ大きな声で助け舟を出す。


「まずは現在地の確認しよう、そして救助の連絡をすればいい」


 刀夜は手にしていた自分の携帯電話を皆に見せた。だがその携帯の画面は消えてしまっている。


「俺の携帯電話はあの騒ぎで壊れたようだ。誰かGPSで位置を調べてくれ」


 嵐の前、お昼休みの時は動いていたのを刀夜は確認済みである。だがこちらに来たときにはすでに携帯の画面は死んでいた。電源ボタンを押しても、バッテリーを指し直しても動かなかった。


 皆が一斉に自分の携帯電話を取り出してチェックし始めるが、その表情は沈むばかりとなる。


「あれ、あたしのも壊れている」


「俺のもだ」


「うーん、私のも画面も消えてる、電波切れちゃったのかな?」


 それをいうのなら電池だろと刀夜は内心突っ込みを入れる。


「誰も使える者はいないのか? 先生?」


 委員長が望みを託して先生に確認を取ろうとする。


「あ、あたしもダメみたい……」


 智恵美先生は到底とうてい大人の持ち物とは思えないような携帯を両手で大事そうに持って泣きそうな顔をしていた。


 女子高生が好むようなパステルピンクの携帯電話もさることながら、それに取り付けられた大量のストラップは本体より大きい。


「で? 次はどーすんだよ」


 龍児が若干ドスの効いた声で刀夜に質問する。龍児は刀夜に不満があったわけではなく状況にイラついて、つい刺々とげとげしい言葉を使ってしまった。


 普段の言葉遣いがここにきて出てしまったのだが、言われた本人にしてみれば、そんな都合の良いように受け取ることはない。


 刀夜はなぜ自分が威圧されなくてはならないのかと不愉快になり、軽くため息をついた。今度は逆にそのため息が龍児のカンに触り、こめかみをピクリとさせた。


「まずは周りの捜索をしよう。人為的な物は特に手掛かりになるかも知れない。それと食料になりそうなもの、水。ついでにまきになりそうな枝や倒木を集め欲しい。行動は2名以上のほうがいい」


「何でまきなんぞ必要なんだよ?」


 さっきよりドスが効いた龍児の口調に刀夜はますます不快感をつのらせる。


まきは救助隊に俺たちの居場所を知らせる『のろし』に使える。仮に来なかったとしても、ここで夜を過ごす場合に明かりや暖を取るのに必要だ」


 本当はそんな事は龍児にも分かっていた。だが先ほどのため息が尺にさわるのであえて挑発していた。自分でもガキみたいなことだと分かっていても八つ当たりしたかったのだ。


「火はどうすんだよ!」


「それなら俺が――」


「俺がライター持ってるぜぇ!!」


 刀夜の話をさえぎって、龍児の思惑を読まない久保颯太くぼそうたがドヤ顔で割り込んできた。


 ポケットから自慢げに100円ライターを取り出して見せびらかせるが中の燃料はすでに減っており、使用用途は誰にでも容易に想像されてしまう。


「ちょっと久保君。なんで君がライターなんか持っているの?」


 智恵美先生が膨れた顔で颯太を怒る。大方タバコだろう。先生として指導しなければならない使命感が彼女を怒らせた。


「え!? いやーそのー、い、今は非常事態なんでそーゆーのは無しで!!」


 やぶ蛇を突っついて自爆した颯太はすたこらとその場から逃げ出すと笑いが混じった。


 だがこの茶番で皆の緊張は少し和らいだようだ。無論、彼がそれを目的として演じたのではない。彼は純粋に正直バカなのであった。


「よし、できるだけ二人以上で行動してまきや情報は遠藤先生の元へ。あまり奥に行かないように!」


 委員長の指示で皆は仲の良いもの同士でグループを作り始める。まるでオリエンテーションの班別けのような雰囲気で緊張感が徐々に損なわれていくことに刀夜は不安を感じずにはいられない。


「先生はここで報告の整理をお願いします」


「は、はい」


 概ねパートナーができあがった頃、ここであぶれる者が二人。八神刀夜と鎌倉梨沙かまくらりさである。


 智恵美先生は気を使って梨沙を呼び寄せると先生と共に行動するよう進めた。当の本人はまったく乗る気ではないが居場所もないので距離をとって岩の上に座ることにした。


 刀夜は一人で行動に移そうとしたとき、三木晴樹に肩を捕まれ止められる。


「一緒に行動しようか、刀夜」


「んん?」


 刀夜は晴樹の後ろにいる女子生徒が何人か居るのをチラリと確認した。明らかに晴樹を誘いたがってる様子だ。相変わらずモテモテでうらやましいことだと刀夜は思いつつも、自分を変えるつもりが無いのでそこは諦めている。


「いいのか? あれ」


「う、うん、まあねぇ……」


 晴樹はやや困った感じだ。晴樹が彼女の誰かと行動を共にすれば角が立つ。かと言って全員で行動すれば人数が多すぎるし、男子からもねたまれるのを恐れた。


 晴樹はこういった状況になると刀夜を頼ってくる。女子からしてみれば刀夜はあまり近寄りたくない男子に該当がいとうする為である。


 無理に近寄れば魂胆見え見えと見られるうえに同じ女子からハブられる危険があるのだ。それゆえに女子からすれば刀夜の存在は忌々いまいましい存在である。当の本人は気にはしていないが、間接的にモテない要素に拍車はくしゃをかけていた。


「俺は虫除けか……」


「た、頼む!」


「いいよ、一緒に行動しよう」


 刀夜も『二人以上で行動』と言った手前、一緒に行動して欲しい人物が必要だ。気の知れた晴樹ならなおさら好都合である。


◇◇◇◇◇


「龍児ィ~あっちでしけこもうぜ」


 ホウキ頭の久保颯太が龍児を誘う。刀夜の提案をウザいと思っている颯太は薪拾いなどする気など毛頭無い。


「いいぜ」と龍児が即答する。


 颯太は校舎横にある木のしげみに隠れてしゃがみこむとポケットからタバコを取りだしてくわえた。そして先ほどのライターで火をつけると軽く吸い込んで煙を吐き出す。


 龍児は木にもたれ掛かり、崖の様子をただぼんやり見ていた。


「いるか?」


 颯太は龍児にタバコを勧めた。


「いらねーよ。吸わねぇの知ってるだろ」


「知ってるけど、こんな状況じゃタバコでも吸わねえと落ち着かねえよ。じゃあ代わりにガム入るか?」


「それなら、もらおう」


 龍児は颯太からガムをもらうと礼を言って口にほうりこんだ。


 互いに沈黙が続いて時が経つ。


 龍児は先ほどの刀夜の一件を後悔していた。イラついていたとはいえ、あまりにも下らない理由で食ってかかったことにカッコ悪いと感じていた。


 颯太が2本目のタバコに火を付けたとき、ようやく口にした。


「八神のヤツ、気に入らねぇなぁ」


 突如、颯太が先ほどの刀夜の言動について不満を述べた。彼らしい理由で。


「ネクラのオタクの癖に、急に張り切っちゃってよぉ。目障りだよなぁ。ネクラはネクラらしく隅っこに引っ込んでりゃぁいいのによ。何が薪拾いだよ余計なこと言いやがって。てめぇで拾えばいいんだよ」


 一気に不満を吐き捨てると再びタバコを吸った。


「なぁ龍児?」と颯太は龍児に同意を求める。


 龍児は気に入らないという点では颯太と同じだ。たとえそれが理にかなっていたとしても同年代から指図を受けるのは面白くない。


「ああ……そうだな」


 何か考えているのか龍児の返事は短くて素っ気ない。


「なぁ、いっちょヤキ入れてやるか」


「それは止めとけ」


 颯太はちょっとからかって憂さ晴らししてやるつもりで言ったが龍児に即答で止められた。龍児にしてみれば正当性がないうえに他にも理由があった。


「なんでだ?」


「あれを見ろ」


 龍児が顎で指図する。


 颯太は龍児の視線を合わせると大きなクモの巣が目に入る。それはひときわ大きな巣であった。


「クモの巣が、どうかしたか?」


「よく見ろ」


 颯太はタバコを吸いながら目を細目て注意深くよく見てみた。そして巣の中心にいたものを見つけると細めていた目を丸くする。


 そこにいたあり得ない存在に驚き、唇が震えだしてくわえていたタバコを落としてしまう。


「な、なななな、ぶ、ぶぶぶぶ」


 鼻と口から煙をブスブスと吐き出しながら、自分の見たものに寒慄かんりつを覚え、ガタガタと震え出す。


「あまり、近づかないほうがいいぞ」


「ひぃ!」


 龍児の警告に慌てて距離を取ると背後の木に背中をぶつけた。


 二人が見たものは一見、手の平より小さいクモだ。いや、正確に述べるならクモのような生物だ。


 その生物のお腹はアメーバー状になっていて内臓のようなものが透けて見える。そして本来頭のある所に腕のない人の上半身のようなものが小刻みに震えながら左右にゆらゆらとしていた。


 それはこの世の生物でないことは浅学の二人にでもすぐに分かった。


「ともかくここは離れよう。いやな予感がしてきた」


「ああ、ああっ」


 颯太は小刻みに頭を上下に振って龍児と共にこの場を後にしする。


 龍児は歩きながら颯太に反対した理由を説明をした。


「奴は気に入らないが、必要なもんは必要だろう。それにこんな事で体力を使わないほうがいい。力は温存しておくべきだ。こんな異常な状況ならなおさらな」


「そ、そうだな……」


 颯太は今が異常事態なのは分かってはいた。だが校舎があのようなことになっていることも、自分達がこんな所にいることも認めたくなかった。


 思考を普段通り回転させることで無意識に自我の自衛に出たのかも知れない。

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