第2話 決戦三人
扉の隙間から
扉の奥の部屋は先程の部屋より
今までの薄暗い雰囲気と打って変わり、昼間のような光が部屋中を照らしている。床に敷き詰められた大地から色とりどりの花が咲き乱れて蜂や蝶が舞っていた。
そこはもはや部屋と言うよりも、まるで春の訪れた高原のようだ。そのような光景に二人は
部屋の中央にある丘に白い丸テーブルが置かれている。
テーブルの上にはティーセットが置かれており、2つのカップからはまるで今しがた注がれたかのように湯気が立ち上がっている。
テーブルの横でロッキングチェアに座っている老人が椅子を揺らしてこちらを見ている。灰色の魔術師のローブに長い白髪、顎髭も長くていかにも魔法使いとはこうあるべきと見本のような姿をしている。
「お前がボドルド・ハウマンか」
「いかにも。やはり一番乗りはお前か龍児」
老人は嬉しそうにそう答えた。
「どうじゃ、賭けはわしの勝ちじゃな」
老人は後ろを向いて誰かに話しかけた。
「自警団も存外、不甲斐ない……」
老人の後ろに並べ立てられた洋風の折り畳みパテーションから若い男が現れた。
黒い髪はボサボサで、伸びきった前髪は顔を半分を覆い隠すほど長く、緑色を基調とした狩人風の服を着ている。
リリアは探し求めていたその男を見つけるとその名を呼んだ。
「刀夜様!!」
「リリアか……」
短く呼び合うとリリアは刀夜の目を、刀夜はリリアの目を、まるで時が凍りついたかのように見つめ合う。二人が出会ったあの運命の時もこうしてお互いから目をそらすことができなかったことを思い出していた。
彼の名は
龍児が老人から刀夜と呼ばれるその男に視線を変えた。
「刀夜……」
龍児は声のトーンを落とし、静かに、そして力強く男の名を呼ぶ。だが刀夜は返事もせず、視線だけを龍児に返した。
「なぜそこにいる」
「取引をしていた」
「何を取引したんだ!」
「俺たち、生き残った皆を元の世界に戻してもらうことだ」
「なにぃ?」
龍児は自分達のいた元の世界に帰れるということに心が揺らぐ。そうだ彼らは元の世界に戻るためにここへとやって来たのだ。
「この老人の力を借りれば可能だ」
「正気で言っているのか? そのクソ爺が何をやったのか知ってるはずだろうが!」
「ああ。かつて栄えていた帝国を滅ぼし、人類を滅亡寸前においやった男だ」
「それだけじゃないだろ、今でもこいつのせいで多くの人の命が奪われている! 俺達のクラスメイトたちだってコイツの、コイツのせいなんだろ! 死んだんだ! 大勢死んだんだ!!」
「……ああ」
短く返事した刀夜もその事は理解していた。だが刀夜の頭には避けられない優先事項がある。生き残ったクラスメイトを元の世界へと返すことである。
「どけ、刀夜! そいつは生かしておけない! 罪を償わしてやる!」
「それはダメだ」
「なぜだ?」
「俺たちが元の世界に帰るには、どうしてもこの人の力が必要なんだ」
押し黙って話を聞いていた老人の口が開いた。
「龍児よ。すまなんだな。わしの実験に皆を巻き込んでしもうた」
「実験だと!? 俺たちはモルモットか?」
「そうではない。たまたま偶然お前たちは巻き込まれてしまったのだ」
「納得できるか! どけ、刀夜!」
剣を構え直した龍児に刀夜は老人の盾になるように前へと出た。そして龍児を説得する。
「ダメだ龍児。生き残ったみんなの希望まで奪うつもりか?」
残った仲間の帰還を優先する。刀夜の言っていることは分かる。ずっとそれだけを目標にしてここまで来たのだ。
だが龍児の顔は納得できないとそう言っていた。
「龍児。この爺の事は自警団に任せよう。どのみちこの男の処分はこの世界の人達に委ねるべきだ」
「くっ!」
龍児は失った仲間の
「取引と言っていたな。条件はなんだ?」
「生き残った2年B組全員を帰還させること。と、その説得を俺がすること」
「……たった、それだけの条件!?」
「本来ならお主達はここに居てはいけないのだ。お前達はここの人間ではないのだから」
龍児の質問を刀夜に代わって老人が答えた。だが龍児は遅れて刀夜の言葉の違和感に気がつく。
「ちょっとまて、残った2年B組全員? 全員だって? 刀夜、お前はリリアのことはどうするつもりだ?」
「彼女は置いていく。リリアはこの世界の住人だ。連れていけば契約違反になる」
刀夜のその言葉にリリアは心が砕かれる想いであった。足に力が入らなくなり、膝が折れてその場で崩れてしまう。だが込み上げてくる感情を彼女は気丈にも押し殺した。
「捨てていく気か? てめぇこの娘の気持ち知ってて言ってんのか!?」
まるで『拾った猫が面倒見きれなくなったから再び捨てる』といったような刀夜の言い草に龍児は怒りを露にした。
「やめて下さい龍児様! 始めから決まっていたことです。それに私はもう刀夜様から十分に幸せをたくさん頂いたのです……」
リリアは龍児の足にすがり付いて彼を止めた。彼女には分かっていた。いつかこの日が来るのを覚悟しなければならないことを。
そして彼にとってのチャンスは今、この瞬間しか無いことを理解していた。自警団の連中がなだれ込んで老人が捕らえられでもしたら、もう二度とこのようなチャンスは来ないのだと。
「だけどよぉ」
「皆さんにも龍児様にも向こうで待っている人達がいるのでしょう?」
その言葉に龍児の顔が苦渋で歪む。
皆の家族や友人は、あのような事件があれば死んだと思っているに違いないのだ。そして願わくば戻ってきてほしいと叶わない思いに
だが自分達が戻るには仲間の敵を見過ごし、彼女を置き去りにしなければならない。既に何度も味わった苦渋の決断をいままたその洗礼を受けるとは思っても見なかった。
「だが、確実に帰れる保証なんて……」
「いや帰れる。確実に帰れるんだ! 時間がない。決断しろ龍児!」
「龍児様!」
「――龍児いぃぃぃ…………………………………………」
◇◇◇◇◇
老人はロッキングチェアに揺られ、ゆっくりと目を開けた。
「夢か……」
白い丸テーブルに入れたてのティーポットとまだ注がれていないティーカップがいつの間にか置かれていた。
「始まるのだな、いよいよ……長かった……」
老人は
「のう、連中が来るまでまだ時間がある。それまで私の話し相手になってくれぬか、刀夜?」
老人が奥の男に訪ねると折り畳み式のパテーションに映っている男の影がコクリと
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