寒さの輝度

韮崎旭

寒さの輝度

 震えている。寒いので。白々と明ける夜の隅、置き忘れたのは善意と空白。

私の瑕疵を形作った寒さと凶事は霜とともに陽光に焼かれる。眼球の端に留め置いたかすかな追憶。懐かしさのあり余った、残暑の候。溶けてゆく明るさ、水銀の夢。指先から伝染するような、悲惨の角度。

 寒さにおびえることなかれ。この世に恐れることなかれ。君、その手で、破壊したものは、どれもが無価値な徒花だった。下級官吏の陰踏む敷石、交通量の奏でた音楽。追想は、いつだって不完全なパッチワークに。幻視の先の透明な海に

 沈む時候は行燈の雪。見る先もなく見送れば、今日の列車はとうに終息。

 震えている。センテンスの隙間から、こちらを覗く幾多の旧弊。手を伸ばしたなら引き裂いてしまう、夜に落ちたなら砕けるだろうに、見知らぬ街は痴愚には優しい。雨音の、続くノイズとBGMに気も狂わんばかりに駆け込んできたのは、お上品なご婦人方なら卒倒するような文句を並べたてたそんな曇りの11月。

役には立たず夜も明けず。暮れながら、聞き耳の不遇に不慮の事故。芝居が解ければ残るは惨めさ、雨か雪、もしくは途絶と失踪願望。

 手の意志に、従うならば捨て駒だ。久しく栄えた残骸の市、企業城市的住民の、幻像を見るにデスクワークが、神経の病んだ鉄道のレールの軋みに混ざり合う。そんな晩。

 来訪者の声、ここにはあらず、救難するには遅すぎた。物質使用障害傾向は泥沼の様相。同行が叫び、すがろうとして、求める。何もないことを。絶無、完全な静寂。墓地の郷愁。

 震えているのは恐ろしさからか、無差別な、人道支援もあったもので、赤い、滴る、粘性の高い、ああなんておいしそうな血液(人血)、私としてもご相伴にあずかりたい。それは柔らかに優美に、そして劣情とも熱情ともつかぬ渇望を誘う。人血はやはりおいしいので、ついつい摂取の量を過ごしがち。もう朝が来る。明日は、

 潰滅していろ。

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寒さの輝度 韮崎旭 @nakaimaizumi

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