喫茶塾

朝凪 凜

第1話

 そろそろ夏休み前。

 夏休みと言えば、定期試験やレポートの季節。

 私は履修の時に定期試験の無い科目を履修しているので、こうして夏休み前でもバイトに出ることが出来るのです。

 それなので、目の前で頑張っている人達を冷やかすことが今私に出来る唯一の幸せになるのです。

「三人とも頑張っているみたいだけど、何の勉強してるの?」

 私、森本安芸は、大学の仲間である三人に訊ねます。

「統計学」

 岩見憂がぶっきらぼうに答える。

「安芸は暇そうでいいねえ」

 竹井桃香が心ここにあらずという感じで話してくる。

「私は定期試験のある科目は避けたからね。あの頃の私グッジョブ!」

 右手で小さくガッツポーズ。

「試験があるのは二科目だけなんだよね。まあ、なんて言うの、安芸だけ仲間はずれで私たち三人の結束がより一層強まったね」

 平松千尋が皮肉で返してきます。

「しかし、三人同じものを取っていたなんてね。それより、なんでこんなところで勉強してるの? すっごく邪魔なんだけど」

 ここは私のバイト先、喫茶ブルースカイの店内です。私はバイト中です。そこになぜか三人共開店と同時にやってきて一テーブル陣取ってるのだから迷惑極まりない。

「安芸がちゃんとバイトしてるか見に来たんだよ。友達思いのいい人を持ったね」

 憂は唯一高校からの友達なので、他の二人よりも素っ気ないというか、分かってる感が出てるのが気に入ってます。

「ところで、明日の試験会場はどこ?」

 桃香が空気を読まずに割り込んできます。

「どこだっけ。確かシラバスに載ってたような……」

 千尋が携帯を取り出して調べると

「あったあった。えーと、E館の一階、105教室だ。三限だって」

「っていうか明日なの? 大丈夫なの?」

 さすがに何も知らないけれど心配になってきた。

「大丈夫大丈夫。憶えるところは決まってるから、そこだけ憶えればあとはなんとかなるはず」

 千尋がお気楽にそう答える。

「でも出席点とかあるからそんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」

「この講義ね、定期試験100%なの。出席点もレポートも小テストも何にも無いの。だから最初の一回しか講義出て無くてあとは一度も出てないのよ」

「あー……、それはまた大変そうなものを取ったもんね」

「それでこの確率って――」

 カランカラン。

「いらっしゃい……ませー。ってあおいちゃん!」

 軽く頭を下げて入ってくるのは本山葵ちゃん。同じ大学一年生で確か理学部だったはず。

「それじゃあこっちの方に――」

「まった! 確か理学部だって安芸から聞いてるけど、数学分かる?」

 別のテーブルに案内をしようとしたら憂が遮って勧誘している。

 逡巡したところでこくりと頷くあおいちゃん。

「良かった。ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」

「うん」

「いいの? この人達面倒くさいよ? 予定とか無いの?」

「酷い言われようね。面倒くさいのは安芸だけにしかしないって」

 それはそれで酷いのではないのだろうか。

「特にすることも無いから大丈夫」

「それならいいんだけど」

 そう言って、憂達のテーブルの前に立って話を聞いている。

「この確率の計算の仕方なんだけど――」

 教科書の内容を聞いているようだった。

「1%のガチャを100回やったら必ず出るんじゃ無いのかと思うんだけど」

 ガチャ?

「これは、外れる確率を計算していくと、期待値は63%になるんだけど――」

 いきなり来ていきなり的確に説明をしていくあおいちゃん。なんだ天才か。

「――ということで、累乗計算すると面倒だから分解して計算すると、63.4%になる」

「すごい。まるで天使だ。喫茶店に舞い降りた天使」

 千尋がまるで人でないものを見るような驚きをしている……。

「喫茶店に来なければ、こんな面倒なことに巻き込まれなかったのにね」

 ため息をつきながらあおいちゃんに同情します。

「これの科目はボクも受けていて、ちょうど憶えていたところだったから」

「そうなんだ。ラッキーだね」

 ニコニコと桃香が紅茶を飲みながらゆっくりしている。

「ところで、飲み物が空になっているようなんだけど、追加注文してくれないと困るんですけどー」

 残りの二人はすでに珈琲が空になっている。来てから一時間くらいが経ってみんな飲み物一杯。普通だったら追い出すんでしょうけど、残念ながら他にお客もいないので、追い出すに追い出せない。勉強してる途中で、大学は今試験期間だから勉強する場所もないし……。

「それで、あとはこっちの問題なんだけど――」

 完全に無視されています。空気のような店員ってどうなの?

「それじゃあ、ボクはアイスコーヒーを一つ」

「じゃあ、それをあと三つ」

「あたしはコーヒー飲まないの。さっきの紅茶お代わりするわ」

 あおいちゃんのおかげで空気から普通の店員になれました。


 それから更に四時間ほど、勉強をしていた三人。そしてそれを教えるあおいちゃん。

 これはまた、何かお礼をしないとならないんじゃないかしら……。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喫茶塾 朝凪 凜 @rin7n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ