0.彼女
「Y君って今彼女いる。いないのなら今日この後、遊びに行かない?」
私は19年前のある日、同じバイト先の女性から声をかけられた。
SC内にあるカジュアル服専門店でバイトをしていた私は当時大学3年生で、彼女は私より1歳年上で旦那持ち、簡単に言ってしまえば人妻だった。
正直なところ私はこのお誘いには困惑していた。別にその時に付き合っていた彼女がいたという訳でもない。丁度その頃の私は、遊び友達としての異性はいたが、彼女と呼べる異性とは1年ほど前から縁がなかったのも事実だった。それでも迷っていた理由が二つあった。
相手は人妻、しかも結婚してまだ半年を過ぎたぐらい。さすがに私でも旦那が可哀想なのではと考えていた。それに、そもそも彼女が私し好みのタイプではなかった。
それでは彼女が可愛いくなかったとのかと言われるとそういうわけでもない。
彼女は当時の人気アイドルグループで人気を集めていた二人の内の一人に似ていた。
その為、SC内の従業員やお客からのウケが良く結婚していてもなお男性からよく声をかけられ、その度に困った顔をして断っている彼女をたびたび私は目撃していた。
…何で?僕なんだろう?
そんな考えが頭に浮かんではいたが、男である以上、自身の下心というものには勝てなかったのである。
私は、「いいですよ」の一つ返事で彼女に応えた。
パートだった彼女は16時半に仕事をあがり、私も急いで17時にバイトを終えるとSC内の従業員専用出入り口で彼女は待ってくれていた。
「すいません。待たせてしまって」
「大丈夫よ。全然」
「それで、これから何処に行きますか?」
「私、N港に行きたいな」
こんな会話を交わして私は隣県にあるN港まで彼女を車に乗せドライブに行くことに、
N港で夜景を眺め二人で楽しく食事を済ませた帰りの車中でその出来事はおきた。
「Y君、B市に途中で寄って行ってほしいんだけど。」
助手席に座っている彼女がそんな言葉を口にした。
「いいけど、少し遠回りになるよ。」
「いいわよ時間は気にしなくても今日は旦那、家に帰ってこないから…たぶん。」
車の時計は21時を過ぎていた。
B市に入ると彼女は急に無言になり窓の外ばかりを見ていた。
そんな彼女を見て私は場の空気を変えようとしたが無駄に終わり、無言のまま運転を続けた。
B市を抜けしばらくすると彼女が重い口を開いた。
「Y君って、昔何かしてた?」
「え、昔って…何?」
突然予想もしていなかった彼女の言葉に私は?になっていた。
「ううん、ただ守護霊がいないから。昔に何か悪いことでもしてたのかなぁって」
この話しを聞いた時、私はすぐに何か悪い商法か宗教にでもひっかかったのではないかという不安がよぎった。
昔から綺麗なバラにはトゲがあるって言葉もある事だし…。
それを知ってか私が少し警戒して無言になっていると彼女は、
「ああ、ごめんね。驚かせちゃって。私、見えるの霊が、霊感ってやつ」
と言い私に謝るとまた話題を戻した。
「それで話しをするとねY君にはなんにもいないの霊が、それが珍しくて。」
そう言って真面目に話しをする彼女に私はしばらく話を合わせることにしてみた。
そうしたのは、とりわけて私が幽霊の存在を信じていたからというわけでもないただ、私の近くにも1人だけそんな事を時々口にする人が昔からいたからであった。
それは私の母親なのだが…
どうやら母にも霊感というものがそなわっているらしかった。
私が小学生の頃、母は「白い着物を着たお婆さんがトイレの窓から覗いている」とか「火の玉が川を越えてお墓に飛んでいった」など
の怖い話しを色々私にしてきた。その為、実家のすぐ近くにある墓地を見るたびに怯えていた記憶が今も残っていた。
ただ中学になってからは、幽霊の存在を信じてはいなかった。
ーーいるって言われても、、、実際見たことがない。…だからいる訳がない。
そんな自論を勝手に持っていた。
ただ、そうは思っていてもどこかで幽霊は本当にいるのではという考えがあったのかもしれない。
だから私は彼女に聞いてみた。
「僕にはなんにもいないって。まるで、ほとんどの人には何かが憑いてるって聞こえるんだけど?」
「いるわ。」
「そんなに、沢山いるの幽霊って?」
私は思わず聞き返してしまった。目に見えないだけで本当はかなりの幽霊がいるんでないかとその時は正直焦ってしまった。
「いないわ、いたとしてもしても人口の3分の一以下ぐらいかなざっとね。憑いてるっていっても痕跡や足跡だけで、守護霊や浮遊霊がつけているのよ。この人は私の物だよって証に。」
「犬のマーキングみたいなものか。」
私がそういうと彼女がクスッと笑った。
「マーキングねぇ。そう言ってしまえばそうだけど。まぁ何かしたり、されたりしない様にその人を管理してるんだから当たってると言われればそうかもね。だけど地縛霊や生霊なんかは全然違うから、あの人達はずっと対象の一人だけに取り憑いているから気持ち悪いくらいに」
彼女はそう言って顔をしかめた。
「へぇーそうなんだ。でも守護霊が痕跡を残してあるんだよね。だったら地縛霊なんかに取り憑かれたりしないんじゃ」
私はごく普通の疑問を問いかけた。
私の問いかけに対し、喋りすぎたのか喉を潤す彼女。N港の自販機で買ったペットボトルのお茶を全て飲み干すと運転している私の方を見て話しを始めた。
「うーんと、今の話を簡単に説明するとね。例えばの話、Y君がここは僕の土地だからと言って貼り紙だけを置いてその土地に貼ったとしても、何週間、何ヶ月間もその場所に来なかったら当然誰かに侵入されたり、奪われてたりするでしょ。守護霊だって基本的には先祖霊の人がほとんど、それを1人で何十人も見なきゃいけないのよ。それに霊にも力の強い、弱いがはっきりしてるから」
言われてみれば確かに…。
始めは疑って話しを聞いていた私もこのあたりから妙に納得してしまい、この後の話を素直に聞くようになっていた。
「それでもね、大抵の人の場合は何かの痕跡があったり憑いてたりするの。飼っていたペットが動物霊になって守ってくれたり、自分の身近で亡くなった人が見守っていたり、それ以外だとまったく知らない他人がその人の事を心配してちょっと様子を見てあげてたりと。でもねその人達や動物もいずれは成仏するから勝手に。」
「ああそうなんだ。でも、今の話しで気になった事があるんだけどちょっと聞いていい。」
私に話を途中できられ、どうしたの?と真面目な顔をして運転している私を見てくる彼女。
ーそんな顔されても、色々とこっちには理解出来ないところがあるんだけどね
私はそんな彼女に質問をした。
「ペットや、身近な人が心配になって憑くのは分かるとしても他人がどうして?それに死んだらすぐ成仏するもんじゃないの未練の無い人は?」
「それは、人によるかな。本当にすぐいなくなる人もいるし。でも大抵の人は多少は未練があるし感情もあるから一週間ほどはふわっとしてるんじゃないかしら見た感じ。そこまで気にした事がないからわからないけど、それから成仏しようかどうか考える人が多いんじゃないかな。成仏をしない人は浮遊霊となってその辺を散策し始めたりするの。」
「だから、さっき言ったように他人が勝手に憑くのか。でも、理由は?」
と聞くと彼女はニコッとした。
「理由かぁ。分かりやすい例えをするなら…ある若い男性が病気や事故で突然死んじゃいました。その人は自分が死んだんだとすぐに理解はしたけどなかなか成仏出来ずしばらくは友人や家族達の様子を見ていました。だけれど、日が経ち他の友人達の楽しそうな笑顔を見れば見るほど、『どうして自分だけが』と虚しくなり成仏しようかと考え始めた頃、そんなある日に彼の近くで可愛らしい女の子が遊びに来ていました。その子を気にいった彼は女の子に憑いていく事に決めました」
「そんな単純な理由なの?」
「そう。これは凄く分かりやすい例えだけどね。可愛いとか美人だと。霊感体質じゃない女の子や信仰心があんまり無い子ならずっと見てられるじゃない。下心まるだしで」
私はさすがに苦笑した。死んでもやっぱり男はそうなのか…。
「裸やエッチな事は見放題だからね。まぁ、死んだ人が全てそれって訳じゃないけど。でも、そういう例があるのも確かね。ただそのうちに飽きるの。」
「なんで?」
「なんでって、Y君も自分が気に入った子が他人としているのを見てもあんまり楽しくないでしょ。そもそも感情は残っていても感覚がないから。それだからその後、結局考えるのよ成仏しようか、それでもこの子を見守って守護霊みたいなことをするか、または取り憑いて悪霊となってエスカレートさせるか。もしくは、またどこかにふらっとして新しい子を探すかってなるの」
「エスカレートって?何をするの。」
「憑依できそうならする。その人の体質にもよるけど。憑依すると感覚が戻るから体を使って悪戯したり。あるいは何人もの行為を楽しんだりするの本人の意志とは関係なくね。まあ、それだけならまだ許せるけど最悪は気に入ったその子をなんとかして連れて行こうとするの」
彼女の話は続く。
「でも、そうなる前に本人に霊障が現れるから、そこで気がついて先祖供養や神社に駆け込めばまだ間に合うかな」
「間に合わなかったら?」
「その場合は、お祓いするしかない。ただしにわか霊能者や寺、神社も結構あるから本物の人を探して祓ってもらわないと、難しいだろうけどね。」
「お祓いかぁ、テレビの心霊番組とかでやってるやつ?」
私が彼女に尋ねると「うーん」と悩んでいたが、しばらくすると「まぁそんなところかな」と言い会話を終えた。
私は彼女の話を聞き終わり、国道沿いのコンビニに車を停車させた。地元に帰るにはまだ一時間はかかる。その為の水分補給だった。二人で買い物を済ませ車を走らせるとまた彼女が話しを始めた。
「さっきの話しは、一部そんな霊もいるよってくらいだからあんまり怖がらないでね。それにY君はそういうのは大丈夫だし。」
「大丈夫って、さっき僕には守護霊はいないって言ってなかった?それに霊感が強いって、僕自身そんな事思ってもないし感じた事も見た事もないよ」
「Y君は霊感はそんなに強くないよ。ただ才能はあるよ。レベルアップをしてないだけよ。でもそれとはまた別の何か違う感じがしてなんだろうって気にはなってはいる」
彼女はまだ私に霊が誰もいない。痕跡が無い事が気になっているらしい。でも、急にそんな事言われても私にだって分からない。
とりあえず、自分の過去を振り返り関係ありそうな事を彼女に伝えた。
「そっか、それだったら僕には関係あるのか分からないけど、あれが理由なのかな?」
「あれって?なぁに。」
「幼稚園から中学卒業までずっと肌身離さず御守りをしてた事かな。さすがに高校生になってからは恥ずかしくてしてなかったけど、それまではお風呂に入る以外はずっと首からさげてたかな。寝る時もね。」
「ずっとしてたの?嫌じゃなかったの」
「うーん、さすがに小学校の高学年には気になり始めたけど、うちの母親がしてなさいってうるさくて。それで、理由を聞いたんだよ。…3歳の時かな、僕の両親が共働きだったから母親の実家に預けられてたんだ。僕はそこで車に轢かれたらしいんだよ全然記憶がないけど。で、その時に僕は無傷だったらしい。病院に運ばれて検査も受けたけどかすり傷一つなかった。その代わりに、カバンの中にあったN大社から貰った安全祈願の御守りが綺麗に真っ二つになっていた。だから、その件からずっとN大社の御守りを10年位、身につけさせられてた。」
「ふーん。…たぶん原因の一つはそれね。N大社って結構霊力強いのよ、神聖的にね。霊にとっては近寄れない場所。そんな大社の御守りをずっと首からさげてたから体質が変わったんだね。Y君の纏っているオーラにも光がでているから、霊には凄く居心地の悪い場所になってるんだ」
彼女はそれで何かを納得したのか静かになった。原因が分かったところでどうしたらいいのと私は思った。
そこで彼女との会話が一旦途切れ、静かになったが…。
ほんの数秒、もしくは数分経った頃だろうか、フロントガラスにくっつけていたN大社の交通安全の御守りがガラスから剥がれ落ちた。
私は運転中だったので助手席に座っている彼女にとってもらおうとしたが、助手席に座っている彼女が妙に静かだったので話し疲れて寝てるなら悪いと思い左手でフロントガラスの下に落ちた御守りをもう一度ガラスにつけました。意外にも吸着力は強く左手で簡単に吸盤はガラスにくっ付いたのですが、またすぐにポトリと剥がれ落ちてしまいました。
ーー車に御守りをつけてから3年、今まで一度も剥がれることはなかったのに…。
私が仕方なくもう一度手を伸ばし御守りを手に取ろうしたときでした。
「おい、その御守りを付けるのはやめろ。目の前にあると目障りだから」
それは、彼女の方から聞こえてきました。車の中には二人しかいないので実際に彼女が出した声で間違いは無いのですが…。
直感で私はそれが二重人格や多重人格とは違うと判断をしました。
なぜなら、その声を聞いたとき初めて自分に激しい悪寒、いや悪寒とうよりも震え、震えよりもっとひどい何かもっと違う痺れのような感覚が体に伝わってきたからでした。
「だから、それをこっちに向けるな。目障りだし眩しいんだよ。」
その話し声は彼女からのものでした。
彼女の話し声は先程までとはまったく違い、誰なのか分からない男の低い声でした。
私はすぐにでも車を停車させたかったのですが大きな国道で車の往来もまだ激しかった為それは無理と判断し急に豹変した彼女を横目でみながら右手でハンドルを握り、左手には御守りを持ち彼女へと向け運転を続けながら彼女に向かって「誰だ、お前は」と私は話しかけた。
「誰でもいいだろ。俺のことなんて、そんな事より早くその御守りを下ろせって」
目の前の彼女は左手に握られた御守りを相当うざそうにしていたので私は「彼女の体から出ていけ」と叫び御守りを彼女の方に押し当てた…。どうやらこれが相手にはかなり効いたらしい。
彼女を乗っ取った霊が急に弱腰になった。
「分かった、わかったから。お前も前を向け、事故るぞ。」
得体の知れない恐怖と目の前の彼女を助けなければいけないという正義感で、その時の私は正直かなり頭がパニックになっていました。
「とりあえず落ち着けって。俺は何もしないから」
「本当だろうな」
その言葉を信用し私は左手に持っていた御守りをジーパンのポケットにしまった。
とても運転に集中できる状態ではなかったのだが事故をしてしまってはどうしようもないのでしっかり前方を見ながら私は彼女の中にいるであろう誰かに問いかけた。
「とりあえず、聞きたい。お前は誰だ?」
「俺か、俺は…こいつを見守っている霊だ」
「見守っている霊ってことは、守護霊かなんかか?」
「…いやそれとは違う」
なんかやけに歯切れが悪かったので、私が「守護霊じゃないならなんなんだよ」って強く聞き返すと、彼女に憑依した霊はこう言った。
「そんな事はどうでもいい。それよりもお前、こいつの事を幸せに出来るのか?」
「おい…いきなりそんな事言われても、今日初めてこうやって二人で遊んだばかりなんだし…。ただ、他の女の子からは俺は優しいねってよく言われる」
「…わかった悪かったな急に。じゃあ俺はこいつと変わるから」
「ちょっと待て、変わるってどこにいるんだよ彼女は?」
「こいつか、後ろの席で寝てるよ」
そう言って彼女はまた静かになった。
しばらくすると
「ごめんね。びっくりさせて」
私の知っているの彼女に戻っていた。
「うん、まぁ…」
と呟いたものの頭の中ではさっきの出来事がまったく整理出来ずにいたので、彼女からさっきの男の霊について聞いてみた。
名前はあつし。ただ、彼女はあっちゃんと親しみを込めて霊を呼んでいるそうだ。
あっちゃんと呼ばれている霊は、どうやら10年ほど前に死んだ男で友人と川へ泳ぎにきて溺れたそうだ。年齢は18か19歳位、関西圏の人で彼女が小学5年生の時からまとわり憑いているらしい。
子供の頃から霊感が強かった彼女が男の霊に理由を聞いてみると、「死んでから、しばらくふわーっとしてたら可愛い女の子がいたからついてきた」そうだ。それを聞いた私が「うわぁ、ロリコン」って言ったら、横にいる彼女が「呪うぞって、あっちゃんが言ってるよ後ろで」って言われた記憶がある。
かくして道中に色々あったドライブも彼女の住んでいるアパートの近くまで迫り終わりを告げようとしていた。
「それでどうするのこれから、家に泊まっていく?」
「えっ、でも旦那が」
「あ、あの人なら今日は大丈夫。絶対帰って来ないから。さっき携帯に仕事で今日は帰れないってメールがあったから」
「…本当に大丈夫なの。仕事が早く終わって帰って来たとかはない」
「ええ大丈夫よ。仕事という名の浮気だから。…まぁそれは結婚する前から知ってたんだけどね」
と言い少し寂しげな彼女
ーーそうかだから彼女はあの時B市に寄ってくれなんて…。
「それに、学生だからお金だってもったいないでしょ。食事だって奢ってくれたんだし」
「…それじゃあ。お言葉に甘えてよろしくお願いします」
「はい。だったらまずSCに戻って私の車とってきましょうか。」
この日を境に私は彼女の全てを知ることに…そして不思議な体験を次々としていくはめになるのだった…
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