第49話 幼い少女はくすりと笑う

『「ダンジョンに挑む者は、その過程で自らがモンスターと化さぬよう心せよ。汝が長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しく汝を見返しているのだから。」

                         詠み人知らず』


「はぁ~・・・、どうしたものか」


 魔階島における最強の挑戦者を決める戦いが白熱する中、その戦いが今もなお繰り広げられている闘技場を出て、そこから少し行った先にあるとある噴水にて一人の少年が武器を横に置いた状態で頭を悩ませていた。


「このままじゃ、第二回戦を勝つのなんて無理だよ~」


 彼の名はトトマ、現在世界に12人しかいないとされる「勇者のスキル」を持つ、他人からはその強さから“勇者”と評される挑戦者の1人である。だというのに、ここにいる勇者トトマからはまるで勇者の覇気が感じられず、傍から見れば財布を無くした少年程度にしか見えなかった。


 そんなトトマであるが、何とか魔階島最強決定戦の第一回戦を勝ち抜き、これから第二回戦へと挑もうとしていた。そもそも彼がこの大会に出たのも、彼が第三回戦で当たるであろう『王国の勇者』ロイスと手合わせするためである。たとえロイスに勝てなくとも、トトマにとってロイスと戦うことは挑戦者として、何よりも勇者として成長できると考え、この強者が集う戦いへと身を置いているのだ。


 しかし、その目的を果たすことなく、トトマの挑戦は早速第二回戦にして山場を迎えていた。というのも、彼が第二回戦に戦う相手は『魔獣の勇者』のパートナーにして、魔術師協会という「魔法のスキル」を持った者たちが集う場所の中でも選りすぐりである「四柱エレメント」と呼ばれる4人の中の1人、風の魔法に特化しそれを極めた男「風柱」のストームという名の少年であった。


 トトマはストームという少年に会ったことはなかったが、しかし『魔獣の勇者』バルフォニアや同じく「四柱」の「火柱」ブレイズからストームの話は聞いており、トトマが容易に勝てる相手ではないことを知っていた。


 そもそも魔術師協会の中の選りすぐりが選抜される「四柱」に最年少で選ばれるという段階でその天才ぶりは分かるが、それだけでなくストームはかなり好戦的な性格でもあった。ダンジョン攻略において、彼は純粋無垢な少年のようにキラキラと目を輝かせながら立ちはだかるモンスターたちを蹴散らしてきた。決して弱い者いじめが好きというわけではないが、しかし加減を知らないので相手が強かろうと弱かろうと問答無用で風の魔法で薙ぎ倒してきたのだ。


 というわけで、それらの話を思い出したトトマは一人闘技場を離れて、この誰もいない噴水の前で苦悶していたのである。


(どうすれば、どうすればストームさんに勝てるんだ・・・?)


 戦う前から戦意喪失しない辺り、トトマも以前よりも大分成長はしていたが、それは気持の問題であり実力に至ってはそこまで成長していなかった。あらゆる手段を考え、ダンジョンで戦ってきたどの番人の戦いよりも頭を使って戦略を考えるが、彼の頭には名案は思い浮かんではこなかった。


「お兄ちゃん!お久しぶり!!」


「うわぁっ!?」


 すると、トトマがぶつぶつ独り言を繰り返していると、不意にその横から幼い少女の声が聞こえ、驚いたトトマはその場で跳ね上がった。


「あはは!相変わらず、変なの!!」


「あれ?君は確かあの時の・・・」


 驚きポカンとした間の抜けた表情で横に立つ少女の姿をじっと眺めるトトマであったが、その少女にどこか見覚えがあった。以前どこかであったような、彼の妹の幼い時にどこか似た雰囲気のあるその少女を見ているうちに、彼の記憶が徐々に鮮明になっていく。


「確か路地でぶつかった・・・」


「そう、覚えてくれてたんだ!ふふ、嬉しい!!あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私の名前はユーっていうの、よろしくね」


「ユーちゃんか、よろしくね。僕の名前はトトマ」


「へー、トトマお兄ちゃんね、覚えたわ」


 ユーと名乗る少女は噴水の縁に立つのを止めると、腰掛けるトトマの横にちょこんと座り、今度は彼を見上げるようにして楽しそうに話し出す。


「そうそう、お兄ちゃんの1回戦を見たよ。それにしても、まさかお兄ちゃんが勇者だったとはね~」


「あはは・・・、まぁね」


「とっても意外!!」


「う、意外って・・・、へこむな・・・」


「あはは、冗談冗談。でも、どうしてその勇者様がそんな浮かない顔をしているの?」


「そ、それは・・・」


「いいじゃん、私にちょっと話してみてよ」


 その宝石のように輝く純粋無垢な瞳を前に、一瞬躊躇ったトトマも自分が置かれている状況について説明した。特にこの少女から有力な情報が得られるとも思わなかったが、しかし話しているうちに何か思いつくかもと思いトトマは簡単に第二回戦の相手について少女に話す。


「ふーん、お兄ちゃんの次の相手ってそんなに強いんだ」


「うん・・・、今の僕じゃ勝てるかどうか」


「そうね・・・、確かに今のお兄ちゃんでは無理かもね!」


「ひ、酷い・・」


 子ども故か、状況を上手く理解していないのか、思ったことをそのまま伝える単刀直入な返しにぐさりと心を痛めたトトマであったが、その横でユーは怪しく微笑んでいた。まるで怯える子羊を見つめる羊飼いのような目で、彼女は憐みというか幸福な眼差しでトトマを見ている。


「あはは、嘘嘘!でもさ、戦う前から諦めたらそれこそ勝ち目がないんじゃない?」


「それは・・・、分かっているけど。でも本当に今のままだとどうしても勝てないんだよ」


「・・・なら、お兄ちゃんが勝てるように私が勇気がでるおまじないをしてあげようか?」


 すると、突然ユーはそう言うとひょいと立ち上がり、トトマの前に歩み出る。また、その彼女の言った「勇気」という言葉に何故かトトマは魅かれると同時に、その言葉には似つかわない暗いものを感じ取った。


「勇気?」


「そそ、を与えるおまじないを・・・ね」


「誰にも負けないって・・・。はは、何だか大げさだな」


 ユーの子どもらしいその言葉にトトマは思わず笑ってしまった。幼い子どもの考えることである、大凡何かのおまじないのようなものであろうが、トトマは無いよりかはましかと考え、ユーのそのお遊びに付き合うことにした。


「えー、じゃあ要らないの?」


「ごめん、ごめん。せっかくだからその勇気、ありがたくいただくとするよ」


「良かった!じゃあ、目を瞑って」


「はいはい」


 トトマは素直に目を瞑り、ユーのおまじないが終わるのを待った。


(あぁ、何だか懐かしいな)


 その暗闇の中、トトマが思い出したのはかつて彼と彼の妹が遊んだ時の記憶であった。まだ彼がスキルを授かる前、まだユウダイナ大陸にあるひっそりとした田舎の村で彼と彼の妹はよく遊んだ。彼の妹はとにかく冒険が好きでいつも村から離れては遠くへ行こうと兄の手を引き、困惑しながらもトトマは彼女に付いて回った。その時、どこか暗い場所や不気味や場所に入る時はいつも彼の妹は今みたいにおまじないをしてくれた。「勇気が出るおまじない」と言って意味のない言葉を口ずさんでいた。


 そして、あの時もトトマの妹は勇気の出るおまじないを彼にしてくれた。だがしかし、その後に彼女は・・・、そう彼女は死んだのだ。


『ダンジョンに挑む者は、その過程で自らがモンスターと化さぬよう心せよ。汝が長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しく汝を見返しているのだから』


「ッ!?」


 目を閉じた暗闇の中、いつの間にか幼い頃の記憶を何故か思い出してしまっていたトトマの耳に響いたのはユーの声であったが、ユーの声だけではなかった。彼女の声の後ろで数多の声が重なり合わさり、何かの群れのようにトトマへと押し寄せた。その不気味な声に思わずトトマは目を開けたが、そんな彼はいつの間にか噴水の縁にて横になってしまっていた。


「あ、あれ?いつの間に横になっていたんだ?・・・ユーちゃん?」


 トトマはどうして自分が横になっていたのかは分からなかったが、そんなことよりも先程まですぐそこにいたはずの少女は姿を消しており、しかもいつの間にやら噴水の近くには人が溢れていた。


「一体・・・、今のは夢?」


 どこも人で騒がしいのは魔階島では常識であるが、先程まで、ユーという少女と話していた時までは人一人いなかったのに目を閉じもう一度開けたその後にはいつもの魔階島の風景に戻っていてトトマは唖然と辺りを見渡した。


 消えた少女に、突然現れた人々。そのまるで今まで自分が夢を見ていたかのような錯覚の中、しかしトトマが噴水の縁に置いていた剣はそこから姿を消していた。


「こ、これは・・・」


 そして、トトマは一度辺りを見渡した後、無くなった自分の剣の代わりにそこに置いてあったものを手に取るとそれを繁々と眺めた。


 それは剣の様であったが、トトマには剣とは思えなかった。そのどこもが削れ傷つき汚れ、大分昔に作られたことを感じさせる姿に、“刀”のように細くはない太目な刀身には不可思議な模様が刻まれており、その模様は見る角度によっては目と牙のようにも見えた。その目と牙は今は閉じているようで、今にもその模様がカッと開きそうである。


 そう、トトマが手にしたこの武器は彼には“剣”ではなく“生き物”のように感じ取れたのであった。


「トトマ様!!」


「ミ、ミラ!?」


 その武器の怪しさに見とれていたトトマだったが、その時彼のパートナーであるミラが息も絶え絶えに焦った様子で現れた。


「ト、トトマ様!よかった、近くにいらっしゃって・・・。もうすぐ試合が始まりますからすぐにお戻りください」


「えっ!?もうそんな時間!?」


「は、はい。あと1、2試合後です」


「分かった!ありがとうね、ミラ。僕は急いで行くよ」


「わ、私は少し休憩してから・・・行きます」


 闘技場の辺りを走りながら探していてくれたのか、ミラはひぃーひぃー言いながらもトトマと交代して噴水の縁へと座った。トトマはこの武器のことは気にはなったがあの不思議な少女ユーを信じ、また自分の剣が無くなったことからもその武器を手に駆け出す。しかし、少し気になったことがあったのですぐに立ち止まると休むミラへと声を掛ける。


「ミラ、ごめん。一つだけ聞いてもいいかな?」


「は、はい・・・?」


「その・・・小さな女の子を見なかった?」


「女の子・・・ですか?」


 もしかしてと思って尋ねてみたトトマであったが、ポカンとするミラの表情に変なことを聞いてしまったと後悔すると、トトマは彼女に短く詫びて自分は闘技場へと駆け出した。


 突如トトマの前から姿を消した謎の少女ユー。その彼女が残したであろうこれまた謎の武器。果たして、その少女の狙いとこの武器は一体何なのか。それは神々ですら知る由もない。

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