第37話 オジマンティエスを照らす光

『「頼む、頼む、誰か助けてくれ。

     俺は、俺は一体どうすればいいんだ。」

                           とある挑戦者の本心』


ダンの発想から執り行われることとなったトトマとオッサンの決闘の開始直前、既に準備を終えて開始を待つオッサンを横目に、ダンは未だに思い悩むトトマへと歩み寄った。


「トトマ、これを使え」


そう言われ、すっとトトマの前に差し出されたのは随分と使い古された一本の剣であった。鞘や柄は少し古くなっているが、数々の戦闘において活躍してきたその剣は新調したばかりの剣よりトトマの手に馴染む。


「・・・ありがとう・・・ございます」


だが、言葉の上では礼を言ったトトマであったが、その顔はまだ複雑な表情である。そんな顔を見て、ダンは短くため息を付くとトトマの肩をがっしりと掴み、その悲しげな顔を正面から見ながら語り掛ける。


「トトマ、こうならざるを得なかったのはすまなかった」


「ダン・・・さん?」


ダンは初めにトトマに対して謝罪した。トトマの様子を長年見てきたダンであれば、今のトトマの気持ちを理解する程度は造作もないことである。この状況にトトマは酷く後悔しているに違いない、酷く悲しんでいるに違いない。そんな状況に持っていってしまったことはダンとしては決して気分の良いものではなかった。


「だがな、トトマ。挑戦者として、勇者として、ダンジョンに挑み続ける以上は綺麗ごとで全てが解決するわけじゃない」


自分の数々の経験、それに他の挑戦者の姿を見た上で、先に立つものとしてダンは話を続ける。


「お前は間違っていると思うかもしれないが、時として人は対立することもあるし、その解決策がこんな方法しかない時もある」


「・・・」


「でもな、忘れるな。お前が戦うのはあいつを、オジマンティエスを抑え込むわけじゃない。逆だ、お前がオジマンティエスを解放してやるんだ」


「か、解放?」


そのダンの言った意味が分からずにトトマは言葉を繰り返すが、ダンは「そうだ」と言って短く頷く。


「お前がオジマンティエスの本当のパートナーでありたいと願うなら、あいつの目を覚まさせてやれ。それができるのはお前しかいない。挑戦者であり、勇者であり、今まであいつと一緒にダンジョンに挑み続けたトトマだからこそできる戦いがあるはずだ。俺たちはあいつを見守ることしかできなかった。優しい声をかけるしかなかった。だが、トトマ!お前は違う!ずっと一緒にあいつとダンジョンに挑み続けたお前なら!本当のオジマンティエスを解放できるはずだ!!これはトトマにしか、トトマという勇者にしかできないことなんだ!!」


「・・・勇者」


「トトマ、すまない!こんなことを弟に任せてしまう頼りない兄貴で本当にすまない!!」


ダンの涙ながらの思いはトトマの心にじわりと伝わった。ダンの顔を見て、言葉を聞いて、その心を感じれば、本当にダンはオッサンのことを心配していることが伝わってきた。それと同時に、その役目をトトマに背負わせしまったことを本当に申し訳なく思っていることもトトマには伝わった。


そして、トトマはこの戦いの目的を見出した。


ただ自分が正しいと信じたそれをオッサンに強要するのが目的ではない。

オッサンの意見を間違いだと決めつける目的でもない。


オッサンの抱えた闇を、そして彼がここまで追い込まれてしまった理由を知るために、トトマはダンから渡された剣を握ると不思議と胸の底から力が湧いてきた。


トトマがオッサンのことを大事なパートナーだと思えば思うほど、体の奥底から言い知れぬ力がぐんと湧いてきた。


「そんなことないです、ダンさん。ありがとうございます、僕やります。僕にしかできない勇者の戦いを!」


「・・・トトマ!ありがとう!」


ダンの顔をしっかりと見つめるトトマの目に先程までの曇りはなく、今はやる気に満ちた輝きを秘めている。それを確認すると、ダンはもう一度強くトトマの肩を叩き、全てを託すと、その離れ際に一点だけトトマに対して助言する。


「いいか、トトマ。頭を使え」


「頭・・・ですか?」


「そうだ、オジマンティエスはああ見えて昔は『堅牢』と呼ばれた腕の立つ騎士だ。力任せ、技任せでは到底勝てない」


そう言い残すとダンはすっとトトマから離れ、心配そうに様子を伺うパートナーたちの下へと帰っていく。


「ダ、ダン!ねぇ大丈夫なの?」


帰ってくるなり心配そうに尋ねるアイスに対して、ダンは微笑みつつも彼女の頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ、トトマなら、今のトトマならオジマンティエスに届く。必ず、必ずトトマの思いはオジマンティエスを変える」


それは何の根拠もないただの願望に過ぎなかったが、ダンは自分の言葉に不安は一切なかった。


一方、ダンが離れ、二人見合うトトマとオッサンであったが、オッサンは嘲るようにトトマを笑う。


「もういいんですか?勇者様?」


こちらはとっくに準備ができているぞという態度を見せるオッサンに対し、トトマもふっと笑う。


「こっちも準備万端だよ、オッサン」


そして、両者はすっと真剣な表情に変わると互いに剣を強く握りしめる。


一方は自分のために、もう一方は相手のために、振り上げた剣はもう振り下ろす他ない。


「始めッ!!!」


ダンの開始の合図が響いた瞬間、トトマもオッサンも瞬時に動き出す。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!!」


「『ランパワード・スラッシュ』!!!」


両者は全く同じタイミングで技を放つと、マナを込めた剣と剣が激しくぶつかり合う。


「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」


腹の底から声を出し、マナを集中させて力を集めるトトマであったが、振り下ろした剣は徐々に徐々に押され始めていた。今のオッサンは全盛期程ではないにしても、いつもの酔っぱらった調子の彼ではない。彼の目的であるロゼリアのため、この一戦に真剣に挑んできた彼の気持ちを垣間見ると、トトマに嬉しさにも似たやる気がこみ上げてくる。


ギィィィン!!!!


押し込まれる前にトトマはすっと身を引くと、続けざまに剣にマナを集中させる。


「『ブレイブ・スラッシュ・クロス』!!!!」


先程と同じ威力の斬撃を二回、十字に斬り込み、トトマはオッサンの隙を作り出そうと試みる。だが、そのトトマの渾身技に対してオッサンはただ純粋に剣を横に掃う。


ガキィィィン!!!


「な!?」


トトマの技を強引に受け止めると、オッサンは驚いた表情を見せるトトマを他所に彼を力任せに斬り飛ばす。


「おらぁぁあああッ!!!!」


「くッ!!」


技の直後を狙われたためにその剣圧を殺しけれず、トトマは後ろへと二転三転して態勢を立て直そうと膝をつく。しかし、そんな彼に容赦することなく、オッサンは手にした剣にマナを注ぎ込むと、その剣をトトマの眉間へと突き立てる。


「『ランパワード・ストレート』!!!」


マナの力を受け、直線に突き刺すその一撃がトトマの頭を粉砕しようと責め立てる。だがその前に、トトマは自らの剣を下から上に力任せに振り上げていた。少しでも軌道を逸らすための苦肉の策であったが、オッサンの放った一撃は少しズレただけでざっくりとトトマの左肩を斬り裂いた。


「ぐぅッ!!!」


トトマはあまりの激痛に顔が歪んだが、すぐさまその場から離れて今度こそ態勢を立て直す。


「・・・トトマ様ッ!?」


「兄ちゃん!!」


目の前で繰り広げられる仲間同士の激闘を前にミラもカレルもモイモイも、皆辛い気持ちで彼らを見守った。


お互いに助け合うために誓い合ったパートナーなのに、どうして傷つけあうのか。そんな矛盾に苦しみながらも、ミラたちはその激闘の行く末をただ見守る他なかった。


(くっ!!やっぱりオッサンは強い!!)


トトマは幾多のオッサンの攻撃を受ける中で、改めてオッサンの実力を身を持って感じていた。普段は酒に酔いふらっとした動きしか見せないオッサンがここまで力強く、ここまで真剣になった姿をトトマは今まで見たことがなかった。二年以上共に戦ってきたというのに、その実力を知らなかった自分に呆れつつも、その実力を自分に遺憾なく発揮しているオッサンを見ると負けられないという気持ちがふつふつと湧いてくる。しかも、不思議なことにトトマの剣圧は弱まるどころか、振れば振るほどまだまだ一層強くなっていく。


「はぁ・・・はぁ・・・どうした、オッサン!!」


一方で、幾ら斬っても、幾ら実力の差を見せても怯まないトトマの姿にオッサンは戸惑いを感じ始めていた。一向にその目的が理解できないトトマに対して、オッサンの中には次第に怒りが湧いて出た。


「どうして、どうしてこんな俺に構うんだよ!!」


剣を構えたまま、オッサンはその怒りをトトマにぶつけた。自分ではどうしようもできないその感情を目の前のトトマへと押し付けた。


何故この目の前の少年はここまで必死になって自分を止めようとするのか、自分なんかに何を期待しているというのかとオッサンは憤った。他の人みたいに無視して、関係ないと見捨てればいいのに、何故トトマだけは見捨てないのかが不思議で仕方なく、同時に胸がぎゅっと締め付けられる思いでもあった。でも、その痛みの原因は今のオッサンには理解できず、それ故余計に腹立たしくもあった。


「どうして?・・・どうしてって簡単じゃないか!」


トトマは息荒く、でも穢れない笑顔で言った。


「僕たちは仲間だから、仲間が苦しんでいるのを見過ごせないだけだ」


「仲間・・・また・・・その言葉かよ」


その言葉を聞くとオッサンの頭は激しく痛くなった。


彼にもかつて仲間がいた。


その仲間以上の大事な存在もいた。


でも、自分はそんな彼らに何もできず、挙句の果てにはその一番に大事な存在を死なせてしまった。


自分の失敗が招いた仲間の死。


仲間だと言っておいて、でも彼はそこまで真剣に彼らのことを心配していなかったのである。死んで復活も果たせずに、そのままこの世界からいなくなることなんて想像すらしていないくせに、目の前の少年は仲間だのパートナーだのと言って、しかもそれが大切だと言って綺麗ごとを並べている。


そんな少年は、まるで昔の自分を見ているようで、今のトトマを見ていると昔の愚かだった自分を見せつけられているようで、そんなトトマにはただ怒りしか湧いてこなかった。


そうこの怒りはトトマへの怒りではない。


自分への、昔の自分へのやり場のない怒りだったのだ。


「仲間・・・仲間、仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間ッ!!!!!!」


オッサンがどうしてトトマに怒りを覚えるのかを彼自身理解した結果、その怒りと胸にため込んでいたどす黒い、暗黒の何かが彼の心の殻を破って溢れだす。


「何も知らないくせに、何も分からないくせにッ!!!仲間、仲間とほざきやがってッ!!!何も知らないガキがッ!!!俺の気持ちを苦しみを・・・分かったように言うなッ!!!」


オッサンは無意識に叫んでいた。


ただその相手は目の前のトトマではなく、その彼を通して見える昔の自分に向かって叫んでいたのだ。


仲間だといって、大切な恋人だと言っていたくせに、その死すら考えておらず、彼女を救えなかった愚かな自分に叫んでいたのであった。


そして、その叫びに皆が慄く中、トトマは手にした剣を下げ、内なる闇を見せるオッサンに強く語り掛ける。


「分かんないよ・・・でも分からないから、分かりたいんだ!!」


「わ、分かりたい・・・だと?」


「僕はオッサンじゃない、だからオッサンの過去を知らない。でも、そうじゃない、そうじゃないからこそ分かりたいんだ!分かって、その痛みや苦しみを少しでも背負いたいんだ!!!オッサンがその苦しみに潰されてしまわないように、一緒に背負いたいんだ!!!それができるのが仲間だろ!!大事なパートナーだろ!!」


「う、うるさい・・・うるさい、うるさいッ!!ガキがべらべらと偉そうにッ!!!お前らなんかに分かるわけないんだよぉッ!!!」


しかし、オッサンに届きそうになったトトマの思いを咄嗟に彼の中に眠る闇が遮った。


もしあの時、仲間を、ロゼリアを理解していれば、トトマの言う通りに分かり合っていたならあんなことにはならなかったのか?


否断じて、否。


もし、ああなる前に彼女の痛みや苦しみを理解していれば、あの時彼女は死を選ばずに生き返っていたのか?


否断じて、否!


だって、そう思わなければ、そう信じ込まなければ、今ここにいる自分は・・・。


自分は?


「ッ!?」


そこまで考え、オッサンは真実に気が付いた。トトマが正しかったのだということに気が付いた。彼自身の弱さを守るために今まで酒を煽って気が付かないふりをしてきたのだと、トトマの言うことをまともに聞かずに否定していたのだと。


ロゼリアのことを言いながら、結局弱い自分を認めたくなかっただけなのである。


本当は気づいていた、ロゼリアの死を悔いるなら、ロゼリアのことを忘れられないというほどに愛するのなら、潔く自分もあの時死を選んでいたはずだと。


でも死ななかったのは、死ねなかったのは自分の心が弱いからであり、同時に自分のロゼリアに対する思いが上辺だけのものだったからである。


だが、今更振り上げたこの剣はもう鞘に戻すことはできない。


どっぷりと浸かった心の闇からはもう逃げだすことはできない。


そう全てを悟り絶望した彼は闇へと突き進む道を選んだ。


もう、後には戻れないのだから。


自分は過去に生きるしかないのだから。


「・・・」


彼はゆらりと剣を構え、そこにマナを注ぎ込む。


「オッサンッ!!もう止めてくれッ!!!」


必死に呼びかけるトトマの声を無視して、濁った瞳でトトマの首に狙いを定める。


そうである。


理由はどうであれ、ロゼリアは生き返ったのである。

また同じ過ちを繰り返さなけらばいいだけだ。


自分を邪魔するこの目の前の少年を排除して、自由になればロゼリアの所へ行ける。

きっとロゼリアは自分のことを思いだす。


次は失敗しない、次はもう彼女を死なせはしない。


だから、過去の俺は悪くない。


「だから・・・だから、俺は間違ってなどいないッ!!!」


オッサンはそう叫ぶと同時にトトマへと駆け出す。


闇に染まり、彼を殺し、弱い自分を正当化し、過去を正して、自らが傷つかない暗黒の道を歩むために、オッサンは剣を振るう。


「トトマッ!!!!」


「オッサンッ!!!!」


トトマも腹の底から叫び、駆けるオッサンに向けて剣を構える。


闇を掃い、彼を救い、弱い彼を正し、未来へ導き、間違った道を進もうとする彼を阻止するために、トトマは剣を振るう。


一方は相手を殺すため、もう一方は相手を救うため。


過去に生きる男と、今を生きる男の剣と剣がぶつかり合う。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!!」


「『ランパワード・スラッシュ』!!!」


お互いに全身全霊のマナを込めて放つその一撃は、衝突した瞬間に凄まじい衝撃を生み出した。


「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」


トトマの手はかつてない程にびりびりと震え、そこからオッサンの怒りや憤り、苦しみなどの様々な負の暗い感情が伝わってくる。


いつかバルフォニアの言っていた「考えずに感じる力」というのを思い出し、トトマはオッサンの気持ちを理解せず、ただ感じるがままに感じ取った。


その怒りや、憤り、憎しみ、苦しみ、とめどなくあふれ出る負の感情の中に隠れた彼の心の芯に眠る感情を見つけ出すために、トトマは感覚を研ぎ澄ます。


オッサンの過去を理解しなくても、「天性の感」によって感じる彼の感情の中にあるその思いはただ一つ。


悲しみであった。


誰にも言えずに、一人でロゼリアの死を抱え込んだ悲しみ。


全ての責任を自らが背負わなくてはならなかった悲しみ。


誰からも理解されずに見放された悲しみ。


だが、それは同時に心の底からロゼリアという女性を愛していた証拠でもある。


オッサンはロゼリアの死を本当に悲しみ、そして、再び姿を見せたその彼女に本当に嬉しく、だからどうしても会いに行きたかったのである。それすらも言い出せない程にオッサンは自分の本性を闇に沈めていたのだと思うと、トトマは目を見開き、その手に更に力を込める。


ガッキィィィン!!!!


「くッ!!」


マナとマナが混ざって弾け、お互いに剣が弾け飛んだ二人。


だが、次の瞬間、トトマは”頭”を使った。


「このッ!・・・分からず屋ッ!!!!!!」


「ごがぁッ!?」


ゴスッ!と低く鈍い音が鳴り響き、トトマのまさしく”頭”がオッサンの頭を打ち、そのまま彼を後ろへと吹き飛ばす。


「「「ええええぇぇぇぇ!!??」」」


「おいおい・・・本当に頭を使う馬鹿がいるかよ・・・」


まさかの一撃に見守る一同が驚き、助言したダンでさえも頭を抱える中、そんなことは全く気にもせず、トトマは倒れたオッサンへとずんずん近寄るとその胸倉を掴み上げる。


「悲しいなら、悲しいって言えばいいじゃないか!!寂しいなら寂しいって、辛いなら辛いって言えばいいじゃないか!!」


「ぐっ・・・な!?」


トトマの口から出たオッサンが隠した、今の今まで自分でも忘れかけていたその思いを聞き、彼は目を丸くする。


「もしそれが分かんないって言うんなら、僕が何度でも教えてやる!!僕が何度でも導いてやる!!!僕が何度でも救い出してやる!!!」


そして、トトマは目に大粒の涙を浮かべて叫ぶ。


「だから、仲間じゃないなんて言うなよ!!!僕たちはずっと・・・ずっと仲間だったじゃないか・・・」


そう言い終えると、ふらっと力なく崩れるトトマをオッサンは咄嗟に抱き留める。その瞬間、オッサンの中で渦巻く闇に穏やかな光が差し込んだ。自分のことを思い、身を犠牲にしてまでその思いを伝えたトトマを言い表す言葉は一つしかなく、その言葉はオッサンがかつては一度諦め、でも本当は誰よりも欲したものでもあった。


「い、・・・いいのか、俺なんかが、仲間で」


トトマなら何て言い返すかなんて分かりきっていたことであったが、オッサンはふと涙ながらに尋ねてしまった。


「当たり前だよ」


「お、俺ももう年だし、それに酒も飲んでばっかだし。そ、それでも俺は、トトマの仲間なのか?」


「当たり前だろ!オッサンは僕の、僕たちの仲間だ!!」


「ぐ・・・ぅ・・・!!」


その言葉をもう一度トトマの口から聞けて、オッサンの視界は急に歪み始めた。


オッサンは、自分ではもうどうしようもできなくなった心の闇から救ってくれる存在を持っていたのかもしれない。危険を顧みずに、その闇へと飛び込み、救い出し、そして彼を導く勇気ある者を彼は待ち望んでいたのかもしれない。


そして、その勇気ある者はトトマだったのだ。


最弱と言われ周りからは蔑まれていたあの時、ギルドで見かけたそのひ弱な少年。


そんな彼が、オッサンの追い求めていた”勇者”だったのである。


そのかけがえのない仲間であり、勇者でもある彼の肩をオッサンは強く抱きしめると、もうその心には彼を蝕む闇はなく、まさしく生まれ変わったかのような、晴れ晴れと心地良いものが照らしてくれていた。


こうして、神々すら予測のつかないその二人の決闘は静かに幕を閉じたのであった。

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