第36話 オジマンティエスを蝕む闇

『「彼女を殺したのは俺だ。

     何もできない俺の弱さが彼女を殺したんだ。」

                      堅牢と呼ばれた騎士の嘆き』


「・・・」


「おいおい!どうした!!黒竜を撃退した勇者様がそんな暗い顔をして!!」


魔階島にポツリとある宿「オール・メーン」の食堂にて、一人浮かない顔をしながら黙々と朝ごはんを食べているトトマを見かけると、ダンは彼の背中をバシッと叩き、その横に座った。更にその横には一緒に来ていたアイスがちょこんと座る。


「あー、ダンさん、それにアイスさんも・・・おはようございます」


「何だか・・・元気ないわね」


あの黒竜の騒動から数日、魔階島の雰囲気は少し変わりつつあった。と言っても悪い方ではなく、むしろとても良い方向に変わっていた。


それもそのはず、突然現れた黒い竜、それを撃退した若き勇者たち。それに現場に居合わせた挑戦者たちも英雄の一人として祭り上げられ、ギルドではその挑戦者たちが自らの武勇伝を語り盛り上がる毎日であった。


中でも、挑戦者たちの間で一番に語られるのは9番目の勇者、「薬師の勇者」ことブラック・ジャクソンの活躍である。


確かに、あの時黒竜に止めを刺せなかったものの、ブラックはあの黒竜を殴り飛ばしては蹴り飛ばし、一時的ではあったにしてもあの黒竜を圧倒していたのである。しかも、その様子をその場にいたほとんどの挑戦者たちが目撃していたし、その彼らはブラックが倒れた後に一目散に逃げだしたのである。そんな自分の醜態を隠すためにもブラックのことを持ち上げることで挑戦者たちは逃げたという事実を隠していたのである。だが、そんなことは些細なことであり、ブラックは黒竜に重傷を負わせた英雄的存在に語られていた。


他にも、ホイップやアリスも黒竜の撃退に成功した勇者として挑戦者たちの間で語られていた。そのことにアリスは酷く恥ずかしがり一時は昔の鎧姿に戻ろうとしていたが、彼女のパートナーたちがそれを何とか阻止した。一方で、ホイップはというと、その話題をバネにしてより一層アイドルとしての活躍の場を増やすという逞しい根性を見せていた。。


ここまでに若き勇者たちが盛り上げられる理由として、もう一つ考えられるのが同時期に行われたあのドラゴン捕獲作戦である。最前線で活躍する勇者たち六人も揃え、五頭ものドラゴンを捕獲するという大々的な作戦であった。にもかかわらず、いざ蓋を開けてみれば勇者たちには大した活躍もなく、参加した他の挑戦者たちに手柄を取られる始末。別にその結果に対してドラゴン捕獲作戦に参加した勇者たちを卑下するようなことはなかったが、逆に注目されていなかった勇者たちの方が活躍してしまったために、対照的にブラックやホイップ、アリスたちが話題に上ったのだ。


さて、ところでトトマはどうであったかと言うと一切話題になることはなかった。


黒竜を殴り飛ばしたブラック、黒竜を斬り飛ばしたアリス、皆を元気づけたホイップ。


その三名と違ってトトマは特に何もできなかった。むしろ彼のパートナーの方が活躍していたが、その姿さえも三人の勇者たちの活躍に霞んでいる現状では、トトマの活躍など語られることはなかった。


だが、トトマが落ち込んでいるのはそんな些細なことが理由ではない。


もっと大事な、トトマたちのパーティとして重大な問題とその決断に迫られていたからである。


「勇者様・・・」


すると、トトマがダンやアイスに心配される中、一人の男がトトマの前に現れた。

トトマが浮かない顔をして悩んでいるその理由であり、彼の最初のパートナーであるその男は普段とは違う冷たい冷徹な目でトトマを見下ろしている。


「おぉ!!オジマンティエスじゃないか!!お前の所の勇者様が寂しがってるぞ、ほら!こっちに座れよ!!」


トトマとオッサンの間にあった事情を何も知らずに、ダンはとりあえず場を和ませようと陽気に話しかけるが、そんなことは一切気に掛けずオッサンは見下ろす形でトトマへと冷たく語り続ける。


「例の件、お考えいただけましたか?」


「・・・」


トトマは即答せずにしばらく黙っていたが、短くため息をつくとオッサンの質問に答える。


「何度も言っているだろ、パートナー解消なんてできないって!」


普段見せない強い口調のトトマに驚きつつも、その内容に目を丸くしたダンは二人を交互に見ながら話に加わる。


「おいおいおい!?どういうことだ!?パートナー解消?何でだよ?」


事情を知らないダンにとっては当然の反応であり、アイスも少し戸惑った表情をしている。だが、オッサンはその目を下に逸らしたまま何も言わず、その代わりにトトマが答える。


「・・・一人でロゼリアって人を探しに行くそうです」


「ロ、ロゼリア・・・!?」


トトマの口から出たまさかの人物の名にダンもアイスも驚愕した。


「おい!オジマンティエス!!どういうことだ、彼女のことはもう忘れたはずだろ?何で今になってまた・・・」


「彼女は生きてたんだ!!」


すると突然、何かを言いかけたダンを遮るようにオッサンは曇った表情で叫んだ。


「俺は見たんだ彼女の顔を。そして聞いた彼女の声を。忘れるわけがない、一日たりとも忘れたことのない、あのロゼリアが・・・ダンジョンにいたんだ!!」


「な!?い、一体何が・・・?」


黒竜の話に関して、重要な部分についての話を聞き及んでいないダンは困惑するしかなかった。そんな彼を見てトトマはギルドで語られる黒竜撃退話に隠れたあの時あったこと、黒竜と同時に現れた謎の女性挑戦者についての話をダンとアリスに言い聞かせた。


トトマ自身はそのロゼリアという人に関する話をオッサンから聞いていなかったし、その女性が本当にロゼリアなる人物なのかは分からなかったが、トトマが見たままのその女性の姿と言動をできる限り伝えた。そして、伝え終わる頃には、アイスは黙って憂いた顔をし、ダンに至っては信じられないといった表情で頭を抱えていた。


「ま、まさか・・・そんなことが」


ダンは実際に見たわけではないが、トトマの話を信じるのであればその彼女こそが亡くなったはずのロゼリアであると確信し、一層頭を悩ませた。そんな彼らの様子を傍から見ていたオッサンは少し怒った口調で話しを再開する。


「理由はしっかりとしているはずです。お金もこちらで用意します。他に何が不満なんですか?」


「不満とかそう言う話じゃない!!一人で探しに行くのが駄目だと言っているんだ!!」


「駄目って・・・っああ、くそッ!!」


素直に言うことを受け入れてくれないトトマに対して苛立ちを見せるオッサン。そんな彼の申し出はトトマとのパートナー解消であった。オッサンがトトマのパートナーである以上、現段階で彼はダンジョンの第四十階層以下に進むことはできない。「勇者のスキル」を持つ者と契約している以上、その勇者が攻略していない番人より先の階層に進むことはできず、そしてオッサンの探すロゼリアと黒竜はその先の階層にいる可能性が高かったのだ。


また、パートナー解消に必要なのは、契約破棄料と両者の了解である。今のトトマとオッサンの場合、契約破棄料に関しては条件を満たしている。後は両者の了解、つまりはトトマがそれを許可して契約書に自分の名を自身で書き込めば契約は破棄されるのであるが、彼はそれを良しとはしなかった。


「オッサンは僕の大事なパートナーなんだ。カレルの時もそうだったろ?パートナーの悩みは皆の悩みだ、一緒にそのロゼリアって人を探せばいいじゃないか!どうしてそんなに焦ってるんだ!!」


必死に、そして真剣に説得を試みるトトマに対して、オッサンはハッと乾いた笑いをする。


「なんですか・・・パートナー、パートナーって。今までどうせただの酒飲みとしか思ってなかったんでしょう?邪魔だったんでしょう?良いじゃないですか、俺の一人や二人いなくても、代わりのパートナーを探せば!!」


「邪魔だなんて思ったことはない!!大事な仲間だって僕はずっと思ってきた!!オッサンは違うのかよ!!」


そのトトマの強い言い返しに、一瞬オッサンは言葉を飲んだがすぐに言い返す。


「仲間だなんて・・・思ったことなんて・・・ない」


「・・・!?」


オッサンの言葉に顔を曇らせるトトマに対し、彼は怒り交じりに叫ぶ。


「あぁ、そうさ!俺はあの時から誰も仲間だなんて思っていない!!俺はあの時からいつも一人だ!!!お前らみたいな弱いガキは邪魔なだけなんだよ!!」


オッサンの悲痛な叫びが響くと辺りはしんと静まり返る。そして、オッサンはぐっと苦い顔をし、一方でトトマはその言葉にじわりと涙を浮かべた。


「お、お二人とも一旦落ち着きましょ、ね?色々あってまだ心の整理ができていないだけよ、きっと」


居ても立っても居られなくなったアイスは助け舟を出そうとそう語り掛ける。また、食堂にいた人たちも何事かと心配し、ちらちらとトトマたちの様子を窺っている。それでも二人は何も言わないまま黙っていたので、アイスは心配に思いそっとオッサンの肩へと手を伸ばす。


「オジマンティエスさんも辛かったとは思いますが・・・でも落ち着いてください」


だが、心配して差し出したそのアイスの手をオッサンは無下にも振り払った。


「俺のことを分かったようなふりをするな!!」


そう怒鳴りアイスの優しさを激しく振り払ったオッサンであったが、次の瞬間その背中にぞくりと冷たいものが走った。


「おい、オジマンティエス」


その悪寒の正体はダンであった。


ダンは無下にされたアイスを気遣いながらもそのサングラスの下から言い知れぬ圧をオッサンへと掛けており、それはオッサンのみならず、その場にいたトトマまでをもぞくりと震え上げさせる程である。


「辛い気持ちは察するがよ・・・俺の女に手を出すな。当たる相手を間違えんなよ」


普段は見せないダンのその本気の殺気にオッサンもトトマも冷やりと汗を滲ませる。こう見えてもダンも最前線で活躍する勇者の一人であることを忘れてはいけない。ムサシやアルカロ、シン、ロイス、ココア同様に修羅場を潜り抜けてきた猛者であることをトトマは再度身を持って確認した。


そして、アイスに大事がないことを確認すると、ダンはいつもの飄々とした表情に戻り、未だに凍り付いている二人に言い寄る。


「はぁ・・・ま、このままってわけにはいかないだろうからよ。こうなったらもう”あれ”しかないな」


「あ、あれ?」


トトマが聞き返すと、ダンはニッと笑って拳を突き出す。


「男が語る手段は一つだけじゃない・・・だろ」


そして、ダンから提案された案は凄く単純で、凄く分かりやすく、凄く暴力的な解決策であった。


古来より、人と人はお互いの思想や意見によって対立してきた歴史を持つ。


勿論、人は歴史の中でモンスターという存在と長く対立してきたが、その脅威がなくなると今度は人同士で対立し、その考えの違いから大陸は四つの国に分かれた。北の大国「ホッポウ」、東の大国「アズマ」、南の大国「ミンナミ」、西の大国「セイブ」の四つに分かれ、その後もその国々はお互いの領土や資源のことで対立してきた。だが、その際に用いられたのは対話ではなく、専ら暴力、つまりは戦争であった。


人はモンスターという存在と分かり合えなかったという教訓を活かしたのか、自分の意見が通らない場合は力で話を解決させてきた。それが一番に手っ取り早く、それが一番文句の言いようがないのである。力の強い方の意見を優先し、弱者はそれを受け入れる。そうやって人の歴史を築いてきたのである。たとえその過程で幾千幾万の犠牲が伴おうと、自国の繁栄こそが世界の反映だと信じて。


だがしかし、運が良いのか悪いのか、その人々の繁栄は突如現れた魔王率いるモンスターによって崩壊したのである。ここでも話し合いなど持たれるわけなく、モンスターは一方的に人を蹂躙し、力によって大陸の半分を奪い去ったのだ。そのままバラバラに四つの国に分かれた人々は、各々モンスターによって滅ぼされるかと思われたが、そこに現れたのが勇者であった。彼もまた力によって魔王とモンスターを抑え込み、人の平和を取り戻したわけであるが、やはりいつまで経っても人は物事の解決に力を頼らざるを得なかったのだ。


そしてまた、この魔階島のこの宿においても勇者とそのパートナーの対立において暴力的な解決策が提案されたわけである。


ダンの説明によれば、彼が立ち合い人の下でトトマとオッサンが剣で決着を付けるという、云わば決闘であった。負けた方が勝った方の言い分を聞く、つまりトトマが勝てば現状維持、オッサンが勝てばパートナー解消ということになる。勿論、便宜上剣を用いた決闘ではあるが、魔法でも道具でも何でも自分の力であれば使ってよいルールであり、その条件をオッサンは素直に受け入れた。


だが一方で、トトマはそれしかないとは理解していても決闘には納得はしていなかった。彼自身、自分のパートナーと剣を交えるなんて、しかもその理由がパートナー解消についてということが更に悲しくてやりきれない気持ちであった。


果たして、トトマとオッサン、長年パートナーとして、仲間として共に歩んできた二人の道はここで途絶えるのか、それとも。


その結末は、神々ですら知る由もない。

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