第30話 四勇者座談会
『「この世は金が全てです。間違っていますか?
でも、あの偉い偉い神様だってそう言っているじゃないですか。」
詠み人知らず』
「ドラゴンの・・・しかも、捕獲だって!?」
王宮に緊急招集された六名の勇者たち。そこで勇者たちには、ギルドの役人が告げたダンジョンに現れた五頭のドラゴンの話に続き、今度はそのドラゴンたちを捕獲するようにとの要望が告げられた。
ダンジョン攻略の最前線で活躍する腕利きの勇者たちとそのパートナーたちであったが、流石にその話には会議室に集まったほとんどの者が騒めいた。
「どういうことだ?どうしてドラゴンたちの撃退ではなく、捕獲なんだ」
そんな中、バルフォニアは納得がいかない様子で声を上げた。
ダンジョン内の治安維持ということであれば、捕獲などせずに撃退すればいいだけである。それに、捕獲となれば撃退以上に困難な作業であり、面倒と被害が増えるだけで決して賢い判断とは言えなかった。
「そ、それは・・・」
ここに集まる六名の勇者たちの視線が一斉に集まり、しどろもどろになるギルドの役人。だが、そんな彼を見かねてか、一人の身なりの良い男が突如として前に出た。
「皆様、ここからは私がお話させていただきます」
狐のように細い目に長い鼻をしたその男はピッと身なりを整えると勇者たちの前で胸を張る。また、その男の姿からはどこか言い知れぬ凄みが感じられた。
「・・・貴方は?」
「私、貿易会社『ジパング』の社長を務めますフォクシーと申します。どうぞお気軽にフォーとお呼びください」
ココアの質問にフォーは流暢に答えると深々とお辞儀をした。
「何故、貿易会社の社長さんがこんな所に?それに貴方は今回の件と何か関係が?」
「良い質問です。単刀直入に言わせてもらいますと、私が今回のドラゴン捕獲の件の後援者、つまりはスポンサーを務めさせていただくのです」
そう言うとフォーはニッコリと不敵に笑った。
「後援者?」
「はい。今回のドラゴンの件ですが、目的はダンジョン内の治安維持のためですよね。ですが、王宮やギルドから出せる報酬では皆様にもしものことがあった際に対処できないのです」
もしもの時、というのはドラゴンに殺された際の復活料金のことである。ドラゴンの退治を要求し、それに見合う報酬を払える金額を王宮は所持していたが、問題なのは勇者たち、並びに参加する一般の挑戦者たちが死んだ時の保険である。現れた五頭のドラゴンの退治というだけでも困難な要求である上に、死んだ時の保証がないとなれば挑戦者はおろか勇者であったとしても首を縦には振りにくい。
そこで、その資金を提供してくれる後援者、スポンサーが必要であり、それをこの男とその会社が引き受けたというわけであった。
だが、そこまでの話を聞いてあまり納得がいっていない様子のココアとダン。
そんな二人に代わって、何となく話の流れが読めたバルフォニアが口を開く。
「なるほど、だから捕獲しろというわけか。先に私たちに金を払い、後で捕獲したドラゴンたちの素材全部をあんたたちが頂戴するって話だな?」
「良い答えです。全く持ってその通り」
機転の利くバルフォニアに対し、フォーはニッコリと答える。
モンスターの素材の管理は非常に難しく、特に希少な部位に関しては鮮度が命であることが多い。中には討伐してから剥ぎ取り、ダンジョンを出た頃には既に商品にならない程に劣化する物さえある。
それらを防ぐ手立てとしては、一つは「隠密のスキル」を持つ挑戦者がいることである。そのスキルの能力に「狩猟」があれば、モンスターの素材を無駄に傷つけることなく剥ぎ取ることができ、素材の劣化を遅らせることができる。だが、「隠密のスキル」と言えども完璧に劣化を防げるわけではないし、それに「狩猟」に特化したレベル上げでもしない限り、他のスキルと比べてと言った程度にしか効果は発揮しない。
もう一つは、今回の様にモンスターを捕獲することである。モンスターが生きてさえすればその素材は自然と鮮度が保たれ、ダンジョンから出た後に解体すれば素材を無駄なく売り払うことができる。この場合の難点は、当たり前であるが捕獲の困難さである。殺さず生かさずに攻めるのは腕の立つ挑戦者でも難しく、同時に時間もかかる。その上、もしそのモンスターに逃げられでもすればそれまでの労力が無駄になるので、あまり挑戦者の間で流行る手法ではないことは確かであった。
そして、そのバルフォニアとフォーの会話を聞いて、ムサシ、アルカロ、ロイス、ココアは合点がいった様子であったが、ダンは未だに頭を悩ませていた。
「で・・・つまり、どいうことだ?」
「つまりは、私たちの討伐料金がギルドから支払われ、捕獲して手に入れた素材をフォーさんの会社が買ってくれるということです。しかも、その買取料を事前に支払うことで、もし私たちが死んだ際にも復活料に当てられるということですよ」
「なるほど、頭良いな!ロイス!・・・それで、皆は分かったのか?」
「ダン・・・君は少し黙っときなさい」
話がややこしくなると察したココアは隣にいるダンを宥め話を進める。
「でも、残念だけど、もしものことがあれば捕獲よりも討伐、撃退を優先するけどそれでもいいの?」
「それは致し方ありません。でも、できる限りは善処していただけると助かります」
「そう、なら私と私のパートナーたちは賛成だな」
それをフォーに確認するとココアは参加を承諾した。
続いて、ムサシ、アルカロ、ロイス、ダンの4名も提案された条件で参加を承諾したが、バルフォニアだけは顎に手を当て何やら黙って考え込んでいた。
「・・・失礼」
すると、バルフォニアはそれだけを言い残し、一人席から立ち上がると、後方に控えるパートナーたちの下へと歩み寄り、静かに口を開く。
「この話、どう思う?」
「間違いなく怪しいですね」
間髪入れずに答えたのはバルフォニアのパートナーにして魔術師協会の「四柱」が一人、「火柱」のブレイズであった。
「確かに、素材は捕獲した方がより多く、より貴重な物が手に入りますが、だがしかし相手はドラゴンです。そこまでの危険を冒してまで捕獲にこだわる必要はないかと。それに相場からいっても、五頭のドラゴンから入手できる素材であれば、それが新鮮であろうとなかろうとかなりの値打ちになります。安全性、確実性、効率性、全てにおいて、ドラゴンは殺すべきです」
「俺もそう思う、他には?」
「う~ん・・・、よっぽどあの社長様の欲が深いのか、それともドラゴンを生かしたまま利用する腹積もりなのか、ですかね?」
続いて答えたのは魔術師協会の「四柱」が一人、「風柱」のストームである。彼はバルフォニアのパートナーたちの中でも最年少ではあるが、その起点と戦闘中の判断能力はずば抜けて高いことからも、こうしてパートナーに選ばれている。
モンスターの捕獲の依頼に関して言えば、然程珍しいものではなく、モンスターの生態を調査する機関やモンスターの素材を使った料理店などからはそのような依頼がギルドに届けられることもある。だが、ダンジョン外でのモンスターの飼育に関しては全面的に禁止されている上に、魔階島からモンスターを連れ出す行為は重罪である。
「生かしたまま利用する理由は?」
「さぁー?研究したり、もしかして・・・食べたりとか?」
「ドラゴンをか・・・?」
その発言に関して怪訝そうな顔をするブレイズに対して、ストームは悪戯っぽく笑う。
「案外いるらしいですよ、そういう愛食家って」
「・・・理解しがたい話だな」
「なるほどな・・・」
だが、バルフォニアだけは冷静に今までの会話を整理し、フォーが何故ドラゴンの捕獲を要求してきたのかを分析した。そして、どの場合においても考えられる結果を導き出した上で、ブレイズやストームを含む四人のパートナーたちへ改めて参加の是非を問うた。
「我々が参加することであちらの利益が何かしらあるにせよ、こちらの利益もあることは確かです。まぁ、引き受けて損はないかと」
「ドラゴンの相手なんて普段はしないしさ。この際、魔法の試し打ちにちょうどいい機会なんじゃない?」
そう肯定的な意見を言うブレイズとストームに続き、他二名も同じように参加に対して前向きな姿勢を見せた。それを確認し終えると、バルフォニアは安心し開けた席へと戻った。
「お話はまとまりましたか?」
フォーはまるで少しも心配していないかのようにニッコリと笑みを浮かべた。その余裕そうな笑みに対して、バルフォニアは敢えて断って困らせてやろうかという思いがちらりと脳裏をよぎった。だが、そんなことをすれば余計に混乱を招くだけであるのでここは我慢してその言葉を飲み込むと、他の勇者と同様にドラゴン捕獲への参加を承諾した。
かくしてここに、六人の勇者たちによる前代未聞の五頭のドラゴン捕獲計画が決定したのであった。
時は同じくして、王宮よりも遠い別の場所では、奇妙なことに王宮に集まれなかった余り物の四人の勇者たちが顔を合わせていた。
そこはギルドに設けられた小さな会議室であり、ここには集まった勇者たちのパートナーたちは流石に入りきらないために、勇者たちとギルドのクエスト担当であるミネルバの計五名のみがいる状況であった。
「へー、まさか『鋼鉄の勇者』がこんな美人でしかも女性だったとはね。トトマ君は知ってたんだよね?」
「まぁ、僕もつい最近知ったんですが驚きましたよ」
「あ、あの、そんな・・・恥ずかしいです・・・」
彼らの話題は『鋼鉄の勇者』ことアリス・F・スカーレットの話でもちきりである。
素顔を隠し続けていた彼女は、トトマとの出会いをきっかけに自身のパートナーを見つけ、それを機に戦闘中以外は今まで愛用していた重たい鎧を脱ぐことを決めたのである。その甲斐もあってか、今ではギルド内でちょっとした有名人になりかけていたが、彼女を『鋼鉄の勇者』と理解している者は少ない。
「・・・ねぇ」
そんな和気あいあいとした盛り上がりを見せる中、『偶像の勇者』ホイップは一人ぶすっと不機嫌そうな顔をし、頬杖をついていた。
「どうしましたか?ホイップさん」
「『どうしましたか?』じゃないわよ!私たち何でこんな狭い場所に集められてるのよ!!」
「さ、さぁ?」
「ギルドからの招集状が届いたから来てみれば、私の話題で盛り上がるならまだしも、何で他の勇者の井戸端会議を聞かないといけないのよ!!・・・ねぇ、私帰ってもいい?」
「申し訳ありません、ホイップ様」
そんなホイップの様子を見て、今までにこやかに黙って話を聞いていたミネルバが口を開いた。
「それでは、ブラック様、ホイップ様、アリス様、トトマ様、私の方から本日集まっていただいた案件についてお話させていただきます」
急に畏まったミネルバに、その場にいた勇者たちもピリッと背筋に何かを感じ取ると、一同は話を聞く姿勢に入る。
「本日、ここにいる四名の勇者様方にお集まりいただきましたのは、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今王城にお集まりになっていただいている勇者様たちの件と関係することでございます」
「ほ、他にも勇者さんたちが招集されているんですか?」
「はい、現段階でダンジョンの最前線にてご活躍されていらっしゃる勇者様方は王城にてとある作戦について会議されているはずです」
「その作戦というのは?」
「ダンジョンに急に出現した五頭のドラゴンたちの捕獲計画でございます」
「「「ドラゴン!?」」」
淡々と説明するミネルバに対して、四名の勇者たちは一斉に驚いた声を上げ、そこ声で狭い会議室が揺れる。トトマはダンが招集された現場にいたので、ダンたちが王宮にいることは知っていたが、その件がまさかドラゴンに関することであり、かつその複数のドラゴンを捕獲するなんて考えもしなかった。
おそらく、ここにいる全員が寄って集ってもドラゴン一頭を討伐することなんて不可能な話である。ましてやその捕獲など彼らには夢の話だが、それを今まさに他の勇者たちが行おうとしていたのであった。
「ご安心ください。皆様はドラゴンと直接戦っていただく心配はございません。皆様へのお願いは、その作戦が行われる際に第三十一階層にて警備を行って欲しいのです」
その言葉に少し安心したが、まだここに集まった勇者たちはよく理解ができていないようだったので、ミネルバは説明を続けた。
その説明は端的に言えば、以下の通りであった。
今回の最大の目的は第四十階層より下に出現した五頭のドラゴンの捕獲である。
それを中心に担うのはダンジョン攻略の最前線で活躍する六名の勇者たちだ。
そこで激しい戦闘が行われることは容易に想像され、またその六名の勇者以外にも多くの挑戦者が参戦することが予想される。そうなると、第四十階層から第五十階層に住む他のモンスターやその付近の階層のモンスターたちが上層に逃げる可能性が出てくる。なので、ここにいる四名の勇者たちが中心となり、第三十一階層より上にモンスターが逃げ込まないように撃退するのである。
では何故そのような配慮をしないといけないかというと、ギルドにはダンジョン内の治安維持を行うという目的もあり、ギルドで依頼されるクエストなどはその一環でもある。モンスターが他の階層に移動することや強個体が突如出現することはダンジョンにおいては度々起こりうる。それらも治安維持という点から、ギルドが主体となって早急に対処しなければならないのであった。
つまりは、トトマたちに課せられた任務はドラゴン捕獲計画によって誘発される可能性のある諸問題の防止というわけになる。
そこまでの説明をミネルバから聞くと、トトマたち勇者はほっと一安心した。
「うん、そういう話ならいいんじゃない」
話を聞き終わり、自分たちの役目を理解したブラックはそう言うと他の勇者たちも賛同した。
しかし、一人ホイップだけは真剣な表情ですっと手を上げた。
「何でしょうか?ホイップ様?」
「・・・それで、ギャラは?」
ホイップが真剣な表情を見せる一方で、トトマたちはぽかんと呆れたような顔をする。
「ホイップさん・・・」
「な、何よ!?大事でしょ、そこは!!」
だが、確かにギャラ、つまりは報酬は重要であった。トトマたちも慈善活動で勇者を行っているわけではない。生きるため、生き返るため、戦うため、ダンジョンを攻略するためにはお金は必要である。
そんなホイップの抜け目なく逞しい質問に対して、ミネルバは微笑んで答える。
「安心してください。皆様にはそれなりの報酬を用意しております」
それを聞くとホイップは満足げな顔をして参加を承諾した。よって、ドラゴン捕獲部隊を入れると、今回の作戦において十名もの勇者が会するという非常に珍しい事態になっていた。
しかし、このドラゴン捕獲計画の裏で密かに動き始めた獣たちに、現時点では誰一人、神々でさえ気が付くことはなかった。
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