第29話 六勇者会議

『「儂が強さを求めるのは己が自身の為ではない。

    儂の背を見て育つ若き挑戦者の為に儂はただ強くあらねばならない。」

                           鬼面の勇者の語り』


魔樹がもたらす恵みの湯で心身の疲れを癒し、更に豪華な食事で心身の疲れを癒しに癒したロイスは、パートナーであるアレックスに連れられて会議室まで来ていた。


「ロイス様、こちらで皆様がお待ちです」


「分かった、ありがとう、アレックス」


「いえ」


王宮に設けられたその会議室の戸を大きく開くとアレックスはロイスを中へと招き、ロイスはその中へ招かれるままに入るが、そこに待ち構えていたのは錚々たる顔ぶれであった。


「おぉ、ロイス、待っておったぞ」


最初に目を引いたのは「ヤマト」の伝統衣装、「袴」に身を包んだムサシである。

12人の勇者の中で最年長にして最強の男が、会議室中央に構える円卓の席に堂々たる様子で座して待っていた。


「ロイス様、お待ちしておりました」


ムサシの左の席を1つ開けて座すのは、純白な聖職者の衣装に着飾る女性、アルカロ・カエール。

12人の勇者の内の1人にして、3番目の勇者。

勇者として、「女神の加護」が優れ、人からは「奇跡の勇者」と呼ばれている。

生命の女神イキ・カエールを信仰するカエール教の女教皇でもある。


「どうも、王子様」


その更に左横の椅子に腰かけ、眼鏡の位置をくいっと直す男性はバルフォニア。

12人の勇者の内の1人にして、4番目の勇者。

勇者として、「魔の素質」が優れ、通称「魔術の勇者」と呼ばれている。勇者でありながら、炎、風、土、水、光、闇の6種類の魔法を極めた魔法使いでもある。


「よっ!ロイス!久しぶりー!!」


その更に左横の椅子に座す、金髪に黒いサングラスの目立つ男はダンである。

12人の勇者の内の1人にして、5番目の勇者。

「士気向上」の能力に秀でた「友愛の勇者」の異名を持つ勇者である。


「待っていたよ、ロイス君」


そして、最後ダンの左隣に座す女性はココア。

12人の勇者の内の1人にして、6番目の勇者。

「武器万能」の能力に秀でた「薔薇の勇者」の異名を持つ勇者である。


そんな歴代の勇者たちが、ロイスが会議室に来るのを待っていたのだ。


これでロイスも入れて、総勢六名の勇者がここに集結したことになる。また、それぞれの勇者の後方には、各々のパートナーたちも待機していた。


ロイスはアレックスを連れて会議室内を平然とした様子で歩くと、微笑みながらも挨拶するダンとココアを通り過ぎ、ココアの左隣の席を1つ空けて席に着く。


「皆さん、遅れてすいません。色々と準備していましたら遅れてしまいました」


「良いって、良いって!俺たちもさっき来たばっかり!!」


ロイスの謝罪に対してダンはヘラヘラと笑って済ませ、他の勇者たちも同様にロイスが後から来たことに関しては全く気にしている様子はなかった。


「それで、今回の用件は何ですか?王宮から直々の呼び出しだなんて相当な緊急事態でもあったんですか?」


早速ロイスに向かって口を開いたのはバルフォニアである。ここに集まった彼ら勇者たちとそのパートナーたちは王宮からの緊急招集とは聞かされていたが、その詳しい事情までは聞いていなかった。


そのバルフォニアと同じく、他の勇者たちも一度その口を閉じるとロイスの方をじっと見つめるが、一方で、ロイスはその皆の期待に答えられそうにもない様子でただ肩を竦める。


「実は、私も詳しい内容までは聞いてはおりません。おそらく父上かギルド長からお話があるとは思いますが、私の方からは何も」


皆の注目を浴びつつも、その質問に対してロイスも正直に答える。ロイス自身、今朝の段階ではこれからのダンジョン攻略の会議をアレックスたちと行う予定ではあったが、昼食の際にダンジョンの最前線で攻略を行っている勇者たちが招集されることを知ったのだった。


「・・・シンさんとジョーカーさんはやはり来ていないみたいですね」


すると、ロイスは円卓に腰かける勇者たちを一瞥し、二つの空席を確認するとここにいない残り二人の勇者の名前を口にする。


「あぁ、あいつらなら多分来ないだろ。団体行動できるような性格じゃないからな、あの二人は・・・」


そのダンの軽口に皆は口には出さなかったものの、思うことは彼と同様の意見であった。


ロイスと同じように若くしてダンジョン攻略最前線に立つ男、シン。

彼は「限界突破」の能力に優れ、計り知れない才と力を持つ勇者である。

そして、一番に驚くべきことは、彼は単身でダンジョンに挑み、今までの番人を一人で打倒しているという点だ。それ故に「孤高の勇者」と呼ばれ、今回のように人前に顔を出したり、何かのために協力したりするような性格ではない。


また、ここにいない最後の勇者、ジョーカー。

12人の勇者の1人にして、2番目の勇者でもある彼は、実はどの勇者よりも魔階島生活が長い。ダンジョンに入ったのも、番人を攻略したのもムサシよりも早く、彼は初代勇者に次いでこのダンジョンへと踏み込んだ勇者なのだ。

また、「鍵開け」の能力に優れた彼に開けられない錠はなく、彼の前では鍵そのものが意味を成さない。

だが、その所為か、勇者としての能力を駆使して良からぬことをしばしば行う、勇者の中でも珍しいタイプでもある。善意よりも金で動く性格であり、それが理由で今回の招集に対して、自分に利益が少ないと考え参加していないのかもしれない。


以上の二人を除けば、ロイスが到着した時点で招集された勇者は一通り王宮に集まったということになる。


「勇者の皆様!アルバーン陛下がお見えになりました!!」


その後しばらくして、勇者たちとパートナーたちが各々話に盛り上がる中、会議室の扉を開けて一人の衛兵がそう叫んだ。すると、勇者たちは一同に立ち上がり扉の方を向き、またその後ろで控えていたパートナーたちも背筋を伸ばして勇者に続く。


カツカツと靴を鳴らして、ロイスの実の父であるアルバーンはゆったりと歩くと勇者たちの囲む円卓の一番奥の中央に座した。


「勇者様方、お座りください」


集まった皆を一瞥した後、アルバーンが厳かにそう言うと、席を立っていた勇者たちも次々静かに座る。


「この度は緊急な呼びかけにも関わらず、よく集まってくれた。今日は勇者様方に折り入ってお願いがあり、集まっていただいた次第。詳しい説明に関してはギルドの者からさせていただくので、よく聴いてもらいたい」


すると今度は、出入口の扉の横に控えていたギルドの役人たちが勇者と王の前にずらりと並び、中央の少し年配の男性が口を開く。


「この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日は、ダンジョンにおける緊急に対応しなければならない問題が発生したために、勇者様たちのお力添えをいただきたく、皆様にはお集まりいただきました」


その男性は一旦息を吸い込むと、その緊急に対応すべき問題に関して説明を始めた。


「今回の問題は、ドラゴンでございます」


ロイスやムサシ、ダン、ココア、シンを筆頭に魔階島のダンジョンの攻略が進められ、今では5番目の番人までその姿を確認されている。そんな5番目の番人への道のりである第四十一階層から第五十階層には恐るべきモンスターが存在する。それがドラゴンである。


挑戦者の鎧を紙のように切り裂く鋭利な爪。聞いた者を動けなくするほどの咆哮。一切の武器を通さない頑丈な鱗。周りのものを吹き飛ばす程の風を巻き起こす大翼。一振りで数多の挑戦者たちを簡単に薙ぎ倒す尻尾。極めつけはその恐ろしげな口から放たれる火炎。そんな体の全ての部位が凶器と化したモンスター、ドラゴンが第四十一階層から第五十階層までに生息している。


そして、挑戦者にとっての脅威なのはそのドラゴンだけではない。

ドラゴンの周りには、ドラゴンの守り兼世話役であるドラゴノイドと呼ばれるモンスターが存在する。彼らは人の様に二本の足で立ち、武器を手にして戦うが、その見た目は羽のない小さなドラゴンの様でもある。彼らは群れで行動する上に、身体能力も高く、並みの挑戦者たちでは苦戦するモンスターだ。


以上の理由からも、ドラゴンやドラゴノイドと好き好んで戦いに行くような挑戦者はいないが、今回の問題というのはそのドラゴンたちであるようだった。


「皆様にはそのドラゴン退治を行っていただきたく、こうしてお集まりいただきました」


それは、普通の挑戦者たちであれば阿鼻叫喚する状況であったが、しかしここにいるパートナーたち含めて勇者全員は大して驚いた様子はなかった。


確かに、ドラゴンやドラゴノイドは勇者にとっても脅威である。


だが、それは後々に控えている番人との戦いがあるからであり、ただドラゴンを討伐するだけというのであれば、ここにいる勇者がこうして揃わなくともそれは可能なことであった。


そして、ここにいる勇者たちは皆そのように思っているのか、その中の一人ダンは不思議そうな面持ちでギルドの役人へと問い掛ける。


「ただのドラゴン退治ならここにいる全員で行かなくても余裕だぜ。何なら爺一人でもいけるんじゃねぇか?」


冗談交じりでそう言いながらも笑うダンに対して、ムサシは「ほっほっほ」と愉快そうに笑ったが、ダンの言葉を否定はしなかった。だがその後、ムサシはまだギルドの役人の話が終わっていないことを感づくと、ゆっくりと口を開く。


「ということは、ただのドラゴン退治というわけではないのじゃな?」


スパッと本題を言い当てたムサシにギルドの役人は少し躊躇ってから、再び説明を始める。


「・・・ムサシ様のおっしゃる通りで、実は今回はただのドラゴン退治ではございません。今回問題になったのは・・・ダンジョンに同時に出現した五頭のドラゴンです」


そのまさかの情報に流石に眉をひそめる勇者たち。また、後ろに控えていたパートナーたちもざわざわと騒めきだす。しかし、そのような状況の中で、更に続けてギルドの役人は間髪入れずに述べる。


「そして、皆様にはその五頭を討伐ではなく、捕獲していただきたいのです」


その言葉を境に、六人の勇者集まる会議室はしんと静まり返った。


ドラゴンは一頭ではなく、五頭。


しかも、それらを討伐ではなく、捕獲しろとの命令。


この事態までは、全てを見通すであろう神々もさすがに予測がつかない事であったかもしれない。

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