川村陽菜子 新しいフォロワー

「ねえ、のりこさんごっこ、のさ、のりこさんって――」


 教室の自席に落ち着くと、陽菜子ひなこは後ろの席の美月みづきに話しかけた。思えば四月に入学した時も、最初は美月とは前後の並びだった。だから友達にもなれたし、社交的な美月のお陰で違うクラスや部活の子と繋がることもできた。だからこそ、陽菜子は美月をがっかりさせたくない、捨てられたくないと思ってしまう。心霊写真を真似てみよう、なんてイベントも断ることができないのも、グループに入れてもらっている立場だと分かっているからだった。


「どうしてのりこさんなの?」

「え、ヒナってば今さらそこお?」


 の違いを弁えて、ややおずおずと尋ねた陽菜子に対して、美月はきゃらきゃらと華やかな声で笑った。まるで陽菜子の無知がおかしくて堪らないとでも言うかのように。知らないことなら、確かに最初にあの遊びを提案された時に聞いておけば良かったのかも。でも、美月相手にそんなことはできなかった。バカな子とかノリが悪い子とか思われたくなかったし。だから、ずっと話を合わせてしまっていたのだけど。


「花子さんみたいなやつかな、って何となく……。でも、誰かモデルがいるのかな、とか思って……」


 花子さんだって、どうしてそんな名前の幽霊が全国の学校にいることになったのか、誰も知らないだろう。今時花子さんなんてそういないから、もう少しだけ今時な名前にしたのかな、くらいが陽菜子の認識だった。

 でも、先ほど彼女の投稿に「いいね」を送ってきたアカウントを見て、少し気になってしまったのだ。別に、あの「のりこさん」が幽霊だなんて思うことはないんだけど。単に、この人ものりこさんごっこやってるのかな、と思ったくらいで。アイコンの写真も、昨夜陽菜子がやった扮装に似ていたし。でも、そういえば「のりこさんごっこ」で指定された格好はやけに具体的だった気もする。

 重く長く、目を隠す前髪は必須だったし、メイクも青白いものだけで、ゾンビみたいな血や傷跡はNGということだったし。ざっとタグで検索してみた結果でも、他の人たちの扮装も系統が似ていたような気がしてくる。ふんわり系のスカートに、トップスはブラウスが多かった。考えてみると、その様子はまるで、のりこさんとはこういうもの、という認識が既に出来上がっているかのようだった。


「のりこさんは、のりこさんだよ?」

「……そういう人がいたってこと?」

「さあ? ヒナ、ほんとに知らないの? のりこさん、結構有名だよ?」


 ぱっちりとした目を瞬かせながら、黒板の上の時計を気にしながら、美月は陽菜子にのりこさんの噂を教えてくれた。




 のりこさんは寂しがり屋の幽霊です。生きていた頃から、SNSで可愛いものや楽しいものを集めたり、友達とおしゃべりするのが好きだったそうです。だから、幽霊になった今でも同じことをしているそうです。

 のりこさんにフォローされてしまったら、すぐにブロックやリムーブしてはいけません。友達に絶交されたら悲しいし、怒ってしまいますよね。のりこさんは怒らせると怖い幽霊になってしまうんです。

 だから、のりこさんにフォローされても慌てないでください。祟られずに離れてもらえる方法があるんです。友達が欲しくてSNSに留まっている幽霊だから、友達が減らなければ良いんです。だから、他の友達を紹介してあげましょう。その友達には事情を話して、また同じことをしてもらうようにして。のりこさんが次のをフォローしてくれたら、あなたはもうフォロー解除しても大丈夫です。




「何それ……本当の、幽霊だったの!?」

「さあ? 本当なら面白いけど」


 悲鳴のような声を上げた陽菜子は、すぐに周りからの視線に気づいて口を噤んだ。美月の方はあっさりと肩を竦めて、そしてまたにっこりと微笑んだ。女の子らしくて可愛らしい、羨ましくなるような笑顔だった。そんな笑顔で耳に唇を近づけて囁いてくるから、陽菜子はいつもどぎまぎして上手くしゃべれなくなってしまう。


「でも、のりこさんって怖い話ばっかじゃないよ? フォローしたら色んなこと教えてくれるとか。のりこさんごっこも、最初は気付いて欲しくてやった人がいるんだって!」

「気付く……誰が? その……のりこさん、に?」


 恐る恐る、つっかえつっかえ聞いてみると、美月は当たり前でしょ、とでも言いたげに満面の笑みで頷いた。


「うん。のりこさんチャレンジって言ったかな……だから、のりこさんって良い霊なんじゃない? 皆、会いたがるくらいなんだから」

「そう、かなあ……」


 美月の言うことは、陽菜子にとってはほとんどいつも正しい。だって、美月なんだから。可愛くて明るくてはきはきしているということは、とても。美月はいつも自信に溢れているようだし――陽菜子程度が異を唱えるなんて、とてもじゃないけどできるもんじゃない。


「そうだって。――あ、先生来た」


 美月は、今も堂々と、躊躇いなく頷いた。しかも、ちょうど同じタイミングで先生が教室に入ってきたものだから、陽菜子はそれ以上食い下がることができなかった。本当は、もっと美月に聞いておきたいことがあったのに。


 のりこさんに気付かれると、何が起きるのか。幽霊の真似をして心霊写真ごっこ、だなんて、本当に悪いことは起きないのか。フォローだのブロックだの言うなら、のりこさんはSNSにアカウントを持っているのか。そのアカウントは――陽菜子の投稿に「いいね」してきた人ではないのかどうか。


 陽菜子は怖くなってしまったのだ。詳しく調べることもしなかったのりこさんという怪談も、変に問い質そうとして、美月に疎まれてしまうのも。だから、たとえ授業が始まるというタイミングでなくても、どの道心の中の不安や疑問を口に出すことはできなかったかもしれない。




 もやもやした思いを抱えたまま午前中の授業は終わり、昼休みの時間になった。食堂で、他のクラスの子たちとも――もちろん美月を中心に――集まって、各々お弁当や、買ってきたパンやおにぎりを食べる。話題は、昨日の夜に揃って投稿した「のりこさんごっこ」の成果のこと。誰がどれだけ「いいね」をもらったかや、お互いの画像の出来についてだ。


「ヒナ、制服のままなんだもん。身バレしちゃわない?」

「塾帰りだったから……時間なかったし、着替えも持っていけなくて」

「こういうスカートも似合うんじゃない? 今度買いに行こうよ」


 のりこさんごっこは、皆のファッションショーでもあったのかもしれない。陽菜子以外の子たちは、それぞれ大人っぽい服装を選んでいた。心霊写真ごっこを口実に、いつもと違うテイストの服で画像を撮ってみる、というのがこの遊びの面白さでもあったのかもしれない。でも、それで皆が申し合わせたように同じ系統の服を着ているのは、「のりこさん」がそういう人だったんじゃないか、とも思えて少し不気味だった。最初に「のりこさん」という実在の――というのもおかしいけど――幽霊がいて、そのイメージだけがひとり歩きしている感じ。こんなごっこ遊びは、やっぱりやらない方が良かったんじゃないかと思うんだけど。


「美月、『いいね』すごかったよねー!」

「コメントもついてたでしょ。やっぱ可愛いって分かっちゃうんだねえ」

「へへ、そうかなあ?」


 陽菜子が多少浮かない顔をしていても、グループの盛り上がりには関係ない。美月の画像はやっぱり皆の受けも良かったようだ。口々に寄せられる賞賛に、美月は例によって当然のように微笑んで――そうだ、と声を上げた。


「なんかさ、いいねしてきた人にフォローされたんだ! 『のりこさん』だって……本物みたいで面白くない!?」


 言いながら、美月はスマートフォンを取り出すと陽菜子たちの方に画面をかざして見せた。美月らしく、ラインストーンで可愛らしくデコレーションされたスマートフォンに、今は不気味な夜の画像が大写しになっている。昨晩、美月が投稿した「のりこさんごっこ」の画像だ。投稿の下部に「いいね」のハートマークが数字と一緒に表示され、どのユーザーから送られたものかもアイコンで分かるようになっている。

 美月がほらほら、と言って指さしたアイコンは――陽菜子にも、見覚えがあるものだった。


「その人、私もいいねされたかも……」


 前髪で目を隠した自撮り画像の「のりこさん」だ。もちろん、のりこさんごっこのタグをチェックしているくらいだから、似ているだけの別人の可能性もあるんだけど――


「あ、私も」

「そのアイコン見たかも!」

「マジで? 皆、一緒の人なのかな?」


 陽菜子の小さな呟きに、次々と同意の声が上がり、皆が鞄やポケットを探るがさごそという音が続く。皆、自分のスマートフォンを取り出して、「のりこさん」なるアカウントが同じ人物かどうか確かめようとしているのだ。

 陽菜子も、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。すると、画面にはSNSの新規通知が表示されている。普段やり取りをしているグループの子たちは皆ここにいるのに。どうして、と――少し嫌な予感を覚えながら、通知をタップして内容を表示させる。すると、通知欄には、短いメッセージが現れる。それに、例のアイコンも。


 ――のりこさんにフォローされました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る