閑話
いつか、どこか、誰か③
のりこさん、なるキーワードでSNSを検索してみると、驚くほど多くのヒット数があった。もちろん、アカウント名としての「のりこさん」は山ほどいるし、その「のりこさん」たちが他のユーザーと交流する中で名前を呼ばれているのが検索に引っ掛かってしまったり、というケースも多いのだけど。
それでも、ランチの間を持たせるために聞かされた怪談だか都市伝説は、確かに結構な範囲で噂になっているらしかった。本当なのかな、だとか。どうせ仕込みでしょ、とか。その真偽に言及した呟きもあったし、発言者の本気度はともかく、のりこさんを追いかける、ほとんどファンのようなユーザーもいるようだった。
中には、興味を持ったユーザー同士が検索しやすいよう、タグまでも作られていた。のりこさんチャレンジ、とかのりこさんごっこ、とか。多分、本当に怪談に興味があるとか信じているとかいうことではなくて、内輪で同じ話題で盛り上がるのが楽しい、ということなのだろうけど。
更に驚くべきことに、幽霊の「のりこさん」のアカウントは当たり前のように特定されて、多くのフォロワーを稼いでいた。SNS上に掃いて捨てるほどいるはずの「のりこさん」の中で、一体どうしてそのアカウントが
他愛ない呟き、面白くもないどころか、下手をすればどこかで見たような――率直に言えばパクリとも思えるような投稿にもたくさんの「いいね」がついて、たくさんのコメントが寄せられる「のりこさん」のアカウントを見た時、腹の底が熱くなる気がした。どろりとした粘度を伴ったその黒い感情は、嫉妬と苛立ち、だろう。
何の苦労もせずに
「いいなあ……」
自室のベッドで寝っ転がりながら、スマートフォンをひたすらスクロールする。例の、「のりこさん」の投稿と、それに対する反応を眺めながら。
――のりこさん、今はどこにいるの?
――この前カフェで映ってたでしょ? 行ったけど会えなかったの~
――フォローしました!だから試験範囲教えてください♪
友達を――フォロワーを欲しがる寂しがり屋の幽霊、なんて。良い設定を思いついたものだと思う。だから、フォローしないと怖いことが起きるし、フォローすれば知りたいことを教えてくれる。誰にでも開かれたSNSだから、気軽に話しかけることもできる。相手はどこの誰とも知れない人なのも良いのかもしれない。アイコンとユーザー名だけなら匿名とほぼ同じことだし。多分、おまじないで好きな人の名前を校舎裏の木に刻むのと似たような感覚だ。秘密を打ち明けているという感覚もなく、宙に向けて吐き出すことができる――のりこさんは、そんな受け皿にもなっているのかもしれない。そして「幽霊」だから、どうでも良い投稿だって意味があるものとして考察して構ってもらえるのだ。
「ほんと、上手くやったよなあ……」
冷静ぶって分析してみても、胸の中のもやもやは収まらない。今更のりこさんの真似をしてみたところで、二番煎じにしかならないだろう。これほどのフォロワーも注目も稼げないし、下手をすれば叩かれる。炎上――通知が鳴りやまない、という感覚を、一度で良いから味わってみたいとは思うけど。ほとんどが罵倒や批判だったとしても、注目されている感覚は心地良いのだろうか。何気ない呟きがバズった人は、必要なメッセージ通知が流されて困る、参った、というようなことをよく言うけれど。あれは、嬉しい悲鳴というやつじゃないだろうか。話題になった喜びを謙遜して、オブラートに包んでいるようなものではないんだろうか。やった、バズったと喜びを露にしたら、反感を買いかねないんだから。少なくとも、自分のような人間からは。
――ごめんなさい許してください。どうすればフォロ解してくれますか?本当にすみません。
ふと、妙に必死なメッセージが目に入って、少し不思議に思ったりもする。これは、そういうロールプレイなのか、身近に起きた何かしらを「のりこさん」のせいだとでも信じ込んでしまったのか。……こんな、思い込みの激しすぎるメッセージを寄せられるのは、少し怖い、かもしれない。でも、こんなのはごく一部だけだ。「のりこさん」は概ね人気者、と言って良いだろう。
大体、思い込みで怯えられるのだとしても、そこまで他人の心に深く入り込むことができるなら、それは素晴らしいことではないんだろうか。芸能人みたいな容姿もない、音楽でもイラストでも才能がある訳でもない自分には、そこまで人の心を捕らえることなんて絶対に無理だ。顔も素性も見せないSNSでのやり取りなら、多少は勝算も上がるかもしれないけど、それだってしょせん素人だ。そして素人の中でも、面白いことを言う才能、目に留まる一瞬を画像に収める才能というのは歴然としてある。だから――やっぱりのりこさんは妬ましい羨ましい。そもそも、フォロワーが離れるのを止める能力だか何だかがあるなら、どうにかして欲しいものだ。
「のりこさんみたいに、なりたいなあ……」
もちろん、宙に向けて呟いたところで何の変化があるはずもない。フォロワーだって増えないし、いいねだってもらえない。のりこさんについて、呟いてみる? いいや、それだって他の投稿に埋もれるだけだ。地味で良いことなんか何もない
もっと見てもらいたい。話題にしてほしい。注目が欲しい。大事にしてほしい。現実では満たせない欲求を、SNSでなら簡単に満たせるはずだったのに。最初は、幾つかのいいねで満足していたはずなのに。
肥大する欲求に、内側から食い荒らされていく。
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