10.プロット

「な、何言ってるの……?」


話があちこちに飛躍して整理しようにも整理ができない。

鏑木さんが要くんの彼女になる?


「簡単なことよ。私が須藤君の彼女のふりをすればほかの女の子は寄ってこないわ。迷惑なことに、この学校のいろいろな男子に言い寄られているせいで、周りの女の子たちの目に映る私は随分と秀麗な人らしいの」


自分で言うことか、とありがちな突っ込みを入れることもできず、ただ彼女の言葉を聞いていた。


「その私が好き好んで選んだ相手になら、だれも横恋慕を抱くことはないでしょう?恐れ多いのか、勝ち目がないと悟るのかは知らないけどね。そのあいだに、京華さんには須藤くんに思いの丈を伝えてほしい」



 聞けば聞くほど、その理屈は理解できないものだった。


どうして自分が鏑木さんに利用されなければいけないのか、

どうして要くんまで巻き込む必要があるのか。


どれだけ鏑木さんができた人間であっても、このやり方は到底常識的なものではない。


「ふざけないでよ!」


思わず怒鳴り声を挙げてしまった。

怒気を含んだ眼で見る鏑木さんの表情は意外にも驚いているような顔だった。


「さっきからワタシのこと知ったような口きいて、あることないこと勝手に想像して!鏑木さんがどんな物語を考えてるかは知ったこっちゃないけど、ワタシと要くんはあんたの操り人形なんかじゃないの!なんでそこまで人の心を踏みにじるの!?」


怒りに身を任せて矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

言葉の選び方は自信がなかったが、自分の言いたいことは表現したつもりだった。


「……納得してもらえないようね。損するような話ではないと思ったのだけど」


「鏑木さんの中では他人の存在は損得の対象にしかならないの!?」


「そういうことではないわ。あくまで損得はうわべの話よ。あなたも絵を描くときにはモデルが必要でしょう?きっとその時あなたはそのモデルに様々な指定をするはず。服装でも、ポーズでも、表情でも。自分では素の姿を描いてるつもりだろうけど、それは恣意的な瞬間をくりぬいただけに過ぎない。でもときには一人ではその瞬間を作れないこともある。描きたいものが頭の中で決まったはずなのに、それを形にできないのは私たちにとって最大の生地獄よ。きっと京華さんはいつかその悩みに直面するの」


見透かされた気分にされるのは、おそらく鏑木さんがそういう雰囲気の人物だからだろう。

けれど、雰囲気に流されてはいけない話だということは十分理解している。


「京華さんも気にならない?自分の好きな人に、パートナーができたらどんな表情をするのか」


要くんに、学校一と呼ばれる美人の彼女ができる。

それは、本当に要くんにとって良いことなのだろうか。


モデルにしたいひとが、ワタシの知らない表情をするのならばそれを形にすることは大いに価値がある。

もしもそれが本心からの喜びを表現するものだったら最高の絵になり得るだろう。


でも、私欲のために好きな人を利用するなんて自分の善意が許すはずもない。


「京華さん、表現なんて結局のところ自分の欲求を満たすための手段にすぎないの。『他人を利用している』なんて悪く思う必要はどこにもないわ。むしろ人は作られたものを鏡として敬う。その鏡を作る私たちが欲望に忠実でなければ誰も満足しない。作った自分でさえも、ね」



「安心して。私は心の底から須藤くんに告白するつもりはないわ。名目上はカップルだけど、本音は私のマネージャー役、風よけになってほしいってことも須藤くん本人に事前に知らせる。文芸脳で、物わかりのいい彼ならきっと理解してくれるはずよ」


「だから、私は……あなたのためにも、京華さんあなたが知らない須藤くんのことを知ってほしい」


黒色を超えた鏑木さんの瞳に映っていたのは、まぎれもなくワタシだった。


彼女はワタシのために要くんを操ろうとしている。


ワタシの知らない要くん。


彼女が出来たらどうするのかな。

きっと彼の性格では愛情を表沙汰にすることはないだろう。

人目に触れるところではデレデレしないはずだ。

授業中に黒板を見るふりをして、横目でじーっと彼女の背中を眺めるのが好きとか言いそうだな。


それに、もし鏑木さんの話が本当なら恋敵はいなくなったということだ。


こんな都合のいい展開があるものか。

理性が保たれているうちに「そんなうまい話は映画じゃあるまいし」と、突っぱねたいところだが、こころのどこかで引っかかるものがあった。



表現なんて、創作なんて、結局は自分の欲望の現れなんだ、と。


鏑木さんも、『誰かを好きになった人』のモデルとしてワタシを選び、意のままにこんな自分勝手な提案をしてきた。


これだけ無理強いをさせられているのだ。自分だって誰かに無理強いをしてモデルになってもらってもバチは当たらないだろう。


「……本当に、『本当の彼女』にはならないって約束できる?」


「それはわからないわ。須藤くんが偽装関係から発展して本物の恋情を抱く可能性も否定できない。でも、私はそれを受け入れることはないと断言できるわ。創作活動に支障が出るもの。あとは京華さんの行動次第ね」



ワタシと鏑木さんしかいない教室は、まるでページの上にいるかのように現実離れした場所になった。


今日からワタシの生活が、鏑木さんの手によって原稿用紙に綴られていく。

さっきまでのうのうと絵を描いていたワタシが、キャンバスに筆をのせるワタシが主人公になる。



描きたいものを描こう。たとえそれが、誰かの運命を狂わせる絵であっても。



「……鏑木さん、完成した話はいちばんにワタシに見せてよね。挿絵は自分が担当するから」



「いつ完成するかは未知数だけれどね。くれぐれも未公開作で終わらせることがないように努力するわ」



「よろしくね、美咲ちゃん」



友情か?いや、違う。これは契約だ。



「これで私と京華さんは一心同体よ。京華さんは、もうひとりの私……」



ワタシは、ある男の子に思いを馳せるひとりの女子高生。


ワタシは、なんだ。







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