もう妹でいいや
かごめごめ
第1話 もう妹でいいや
正直、俺はモテる。
自意識過剰なわけじゃない。常日頃から、明らかに、女の子たちは俺のことを「そういう目」で見てきている。俺は本当にモテているのだ、それは間違いない。
それなのに、いざ俺がその気になって告白してみれば、百発百中でごめんなさいされてしまう。なぜだ。本当に意味がわからない。俺のことが好きなんじゃないのかよ。
「それはたぶん、ゆーにぃが“偶像”になっちゃってるからだと思う」
我が妹、
俺はあまりの玉砕続きに疲れ果て、ついには妹に愚痴をこぼしていた。
そして返ってきた答えが……
「偶像ってなんだ? 意味わからん」
「絶対に手を出してはいけない存在。明確にルールがあるわけじゃないけど、そういう空気がある。『抜け駆けは許さない』って、女の子たちは見えないところで牽制しあってるの」
「はぁ」
「ひとつ下のわたしの学年でもそうなんだから、ゆーにぃの学年だともっとそういう空気があるんだと思う」
「なんだそりゃ。つまり俺は、やっぱり“単純にモテないだけ”ってわけじゃなくて……」
「うん。あまりにもモテすぎて逆にモテない、ってこと。うちの学校の女の子たちにとって、ゆーにぃは高嶺の花なんだよ」
なんだよそれは。どうりであれだけモテている気配があるのに、一度も告白されたことがないわけだ。世の女の子はみんな奥手で誘い受けなのかと思ってた。
「そんなポジション、俺は望んでない」
「望んでなくても、一度なっちゃったものは変えられないと思う。気の毒だけど」
「俺はただ、普通に女の子と“お付き合い”ってやつをしてみたいだけなんだ。健全な男子高校生として、人並みに彼女がほしいだけなんだよ。彼女とイチャイチャしたりラブラブしたりしたいだけなんだよ! わかるか、霞? なぁ? なぁ霞?」
「……わかる、けど。やっぱり難しいと思う。少なくとも、うちの学校で彼女を作るのは諦めたほうがいいかも」
「マジかよ。嘘だと言ってくれ」
だからと言って、学校の外で出会いを探すのはあまり現実的じゃない気がするし……。
「嘘」
「ほんとか? ほんとに嘘か?」
「ゆーにぃなら、きっと大丈夫」
たとえ嘘でも、励まそうとしてくれる霞の気持ちがうれしかった。
「女の子って、確かにそういう面倒くさいところがあるけど、全員が全員そうじゃないと思うし。場の空気も周囲の圧力も気にせずに、ただ一途に、ゆーにぃのことだけを見てくれる……そんな女の子が、いつかきっとゆーにぃの前に現れると思うから。だから、やっぱり、諦めないで」
「……」
「わたし、陰ながら応援してるから」
そんな都合のいい女の子が、果たして現れてくれるだろうか。そうは思うものの、霞に言われると、なんだか現実になりそうな気がしてくるから不思議だ。
とはいえ、高校生活も折り返し地点を過ぎてしまった。いったいいつになれば現れるんだろう。俺は今すぐにでも彼女がほしいのだ。
はぁ……どこかにいないかなぁ。
周囲のことなんて目に入らなくなるくらい、俺のことが好きすぎる女の子が。
なんて、そんなことを思った、瞬間。
ふっと脳裏に蘇る。
――霞ね、大きくなったらゆーにぃと結婚する!
あれは、いつごろだろう。
幼い霞は、事あるごとにそんなことを言っていた。
けれどそれも、昔の話。いつからか、その手のことを口にすることはなくなった。俺に対する態度も素っ気ないものへと変わった。妙にクールぶるようになったというか……。
それはもう、俺のことが好きじゃなくなったから。現実を知り、分別がつくようになったから。普通に考えればそうだ。
だけど、もし。もしもだ。
それは見せかけに過ぎなくて、今も霞が、割り切れない感情を抱え続けているのだとしたら――。
俺は、じっと霞の顔を見つめた。
まだあどけなさは残るが、最近はだいぶ大人びた顔つきになってきた。高校入学を機に、元々長くなかった髪をさらに短く切り揃えたことも、そんな印象に拍車をかけているかもしれない。身長はずっと小柄なままというイメージだが、それでも一年前に比べれば何センチかは伸びているだろう。
けれど――俺を映し出す、その透き通った瞳だけは、子どものころからなにひとつ変わっていない。できることならずっとこのままの霞でいてほしい……なんて、その目を見ると俺はつい思ってしまうのだ。
「ゆーにぃ? どうかした?」
「あのさ霞、訊いてもいいか」
「ん? なに?」
「おまえさ、まだ俺のこと好きなのか?」
「…………。…………な」
「もし結婚できるなら、したいって思うか?」
「なななななななななっ、なに言ってるのっ、ゆーにぃっ……!?」
霞は目に見えて狼狽した。
首から上がみるみるうちに赤く染まっていく。
視線は定まらず、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
あぁ……。
俺はこの顔を知っている。
ここまで極端な反応は稀だが、その表情は何度も、何度も何度も何度も見てきた。
毎日のように視界に入ってくれば、嫌でも理解する。
これは、
「マジか〜。そうなのか、霞」
「勝手に納得しないでっ、わたしまだなにもっ……!」
いた。目の前に。
俺のことが好きすぎる女の子が。
一途に何年も、俺のことだけ見てくれていた女の子が、ここにいる。
……それなら、もういいんじゃないのか?
霞は正真正銘、血の繋がった妹だ。
だけど、それがどうした。俺は今すぐにでも彼女がほしいのだ。
誰でもいいから、とは言わない。彼女ができずに困ってるとはいえ、俺も年頃の男の子。理想が高いわけではないが、それでも多少は、選びたい。
その点、霞なら。それこそ高嶺の花レベルで人気があるって話は、学年がひとつ上の俺の耳にまで届いてる。客観的評価に照らし合わせれば、織戸霞という女の子が、誰もが憧れる美少女であることは疑いようがないのだ。
もちろん主観的に見ても、霞は可愛いと思う。
というわけで、俺は言った。
「霞、俺の彼女にならないか?」
「……彼女、って」
戸惑いこそ伝わってくるものの、霞は思いのほか冷静だった。
俺の真意を読み取ろうとするように、じっと見つめてくる。
「ゆーにぃ。それ、本気で言ってる?」
「超本気」
「……実の兄妹だよ?」
「だからこそいいんだろ」
「えぇっ!?」
「いいか? 俺と霞が仲良くしてるところを学校のやつらに見られても、問題はないんだ。仲の良い兄妹としか思われないからな。だから、霞のことをブラコンだと思うやつはいても、『抜け駆け』だなんて思うやつはいない。周りからハブられる心配もしなくていい」
「……それは、そうかもしれないけど」
そう言うと、霞はじっと考えこむように黙りこんだ。
なんかいろいろ難しいこと考えてる、そんな顔をしている。
「聞いてくれ、霞」
「……うん。なに?」
「常識的にどうとか、血の繋がりだとか世間体だとか、俺はそんなことには一切興味がない。俺にとって大事なのは、彼女を作ることだけだ。だから霞も、余計なことは考えなくていい。自分の物差しで、自分で決めてくれ。断るにしても、そういうくだらないことを理由にするのはナシだ」
「……うん」
「以上」
「わかった。でも……」
霞はまっすぐに俺を見た。
「返事は、もう少し待ってほしい。考える時間がほしいの……」
――そんな会話を妹としてから、丸二日が経った。
この二日間、表面上は普段と変わりなく見えた霞だが、心の内では常に葛藤が渦巻いていたに違いない。
俺の部屋を訪ねてきた霞は、真剣な顔をして言った。
「いろんなこと、考えたんだよ」
「うん」
「わたしと付き合ってもゆーにぃは幸せになれない、ゆーにぃの幸せを第一に考えるなら受けるべきじゃない、もっとゆーにぃにふさわしい人が必ず現れる……とか」
「それで?」
「だけど、そんなことを考えれば考えるほど、胸が苦しくなって。知らない誰かにゆーにぃを取られちゃうんだって思ったら、もう耐えられなくて……」
強い意志を宿した二つの瞳が、俺を見つめる。
「二度とないこのチャンスを、絶対に逃したくない。気づいたら、そんなふうにしか考えられなくなってた」
「……」
「わたし、これからはもう、遠慮しないよ。自分に正直になるって決めたから」
そして霞は、俺たち兄妹の関係を変える、決定的な言葉を口にした――
「ゆーにぃのことが、好きです。いつでも優しくて、わたしが冷たい態度を取るようになってからも、ゆーにぃはずっとゆーにぃのままで……そんな“お兄ちゃん”だったから、わたしは恋をしちゃったんだと思います。――わたしを、ゆーにぃの彼女にしてくださいっ」
「よし、んじゃそういうことで」
やったぜ。ついに俺にも彼女ができた。
「……なんか、軽くない?」
「そうか? 別にこんなもんだろ。不服か?」
「ううん。そういうところも、あぁ、ゆーにぃだなぁって思う。好き」
至近から俺を見あげて、霞はふにゃっと口元を綻ばせた。
「絶対に実ることのない恋なんだって、とっくの昔に諦めてた」
「案外あっさり実ったな」
「うん。夢みたい。夢じゃないよね?」
「残念だけど、これ夢オチなんだ」
「じゃあわたし、もう目覚めなくていい。一生起こさないで?」
満ち足りた顔をする霞を見ていると、俺もだんだんと実感が湧いてきた。
じんわりと、胸の奥から喜びがこみあげてくる。
「……ねぇ、ゆーにぃ」
ふいに甘えるような声を出して、霞は潤んだ瞳を俺に向けた。
「キスしたい。だめ?」
「望むところだ」
「できれば、その……ゆーにぃのほうからしてほしいなって。夢、だったから……」
「わかった。俺からすればいいんだな?」
霞は恥ずかしそうにコクンとうなずくと、静かに目を閉じた。
ほんのりと上気した頬に、かすかに震える長い睫毛。そして、キスを待ちわびる、柔らかそうな唇……
霞だけじゃない、俺だってファーストキスだ。ドキドキしないわけがない。
俺は緊張しながら、ゆっくりと顔を近づけていき……
その薄桃色の唇に、自らの唇を、そっと押し当て――
「あ〜……これ、だめだ。だめなやつだ、うん。やっぱ無理」
――押し当てる寸前。
俺はそう言って、速やかに霞から離れた。
「……………………え?」
霞は目を開けて、ぽかんとした顔で俺を見た。
「いや、なんていうか……なんだろうな? やっぱり無理だと思って」
「えっと……なにそれ?」
「俺にもよくわからん。いざキスしようとしたら、身体が拒絶反応を起こしたんだよ」
「なにそれ?」
「……霞は長年、俺の妹でしかなかったわけで。だからたぶん、いきなり彼女として見るのは難しいんだと思う」
「なにそれ?」
「なにそれって言われてもな。気持ちの切り替えがうまくいかないんだよ。わかるだろ?」
「わかんないよ、わたしはゆーにぃとキスしたいもん」
拗ねたように言う霞は確かに可愛いのだが、それはやっぱり妹としての「可愛い」で、異性としての「可愛い」ではないのだろう。
「俺だって拒絶したいわけじゃない。その気になりたいんだよ」
「なってよ」
「無理だ。変われと言われて変われるものじゃない。だから――」
だから俺は、妹にすべてを託すことにした。
「霞が、俺をその気にさせてくれ」
「……わたし、が? どうやって?」
「任せる。あの手この手で、俺を誘惑してくれればいい。霞のことを、ちゃんと彼女として見たいんだ」
「……わたし、まだ彼女?」
不安げな顔をする霞の頭に、ぽんと手を置いた。
「当たり前だろ。ゆーにぃに二言はない」
「……よかった」
「もっと恋人らしくなるためにも、頼む、霞」
彼女はできたが、それはまだゴールじゃない。大好きな彼女と愛しあって、そこではじめて、俺の願いは成就する。
「……うん、頑張ってみる。……ぜったいに」
「ん?」
「絶対にゆーにぃのこと、振り向かせてみせるから!!」
予想外に元気いっぱいな宣言に、俺は思わず笑みをこぼしながら、頭を撫でるのだった。
モテすぎて逆にモテない俺、織戸
そんな俺のことが大好きな妹、織戸霞。
長らく平穏に暮らしてきた兄妹の不思議な関係は、こうして始まったのだ――。
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