舞い上がる冬息
華也(カヤ)
第1話
『舞い上がる冬息』
著・華也(カヤ)
外に出て疲れの篭った溜息のような吐息を12月の冬の空へ漏らす。私の疲れを知ってか知らずか、温かく白い空気となり、僅かに上昇をして、星空の下へと消えていく。
「…疲れた……」
誰に言うでもなく、ただの独り言。返ってくる言葉もなく、冬の夜独特の無音だけど無音じゃない世界へと溶けていく。
この冬の夜が私は好きだ。
空気は都会で悪いと言われているのにも関わらず澄んでいるように感じる。パーカーの下に着ているインナーの生地が直接触れる胸や腕には感じないが、僅かに空いている首筋や手首、指先への冷たいけど、凍りそうなほどではない、心地良いヒンヤリとした空気が触る。
僅かにそよ風があれば、尚のこと良い。
私は暑がりなので、夏は嫌いだ。なので冬という季節自体が好きだ。気候も空気の澄み具合も、満天の星空も、夏よりも人通りの少ないバイト先からの帰り道も。
暑がりなのもあるが、冬の空気を感じたいので、普通の人よりも薄着らしい。
インナー1枚とパーカーだけ。
おまけ程度にマフラーを巻いてみたりしてる。バイト先の先輩からは可愛いだの、オシャレだのと褒められているのか、弄られているのかわからない事を言われつつ、この服装が一番大好きな冬を感じられる気がする。
勿論、雪が降るほどの寒さになったら、さすがにもう少し暖かい格好をするが、今年は降らないで欲しいという叶わぬ願いを毎年している気がする。
───────
バイトはいつも夜10時過ぎに終わる。なんて事の無いスーパーのレジ打ち。
まるでそうプログラムされたように、特に何も考えてなくても手は動く。
なんの面白みも感じれずにいる。学生の間だけ。好きな音楽のDL代、友達との交際費や、携帯代のためにこなしているに過ぎない。
つまらないわけでもないけど、楽しくはない。
そんな中、家への帰り道、夜9時以降は殆ど人通りも車通りも無くなる道の上にポツンとあるコンビニ。どこにでもあるありふれたコンビニである。
時々寄っては、帰った後食べる夜食や次の日の朝ごはんにするべくサンドウィッチと野菜ジュースを買ったり、寝坊した時の緊急用のウィーダーインゼリーを買うくらい。
ウィーダーインゼリーって、本当に10秒で飲みきれるのか…と友人達と試した事もあったが、一応は10秒で飲みきれるようだった。
ただ、無理矢理胃に流し込むので、お腹が明らかにビックリしたリアクションをしてるのがわかるので、30秒くらいかけて飲むように心掛けている。
コンビニには大きくもなく小さくもない駐車場があり、車で移動をしている人が買い物ついでに、外の喫煙場所でタバコを吸っていたり、私と同じように小腹が空いたのか、パンやお菓子を買いに来ている学生、飲み物と恐らく帰った後使うであろうコンドームを買いに来ているカップルなど、毎回似たり寄ったりの光景が広がっている。
周りの店は全て閉まり、街灯も多いというわけではない道ゆえに、コンビニの明るさが異様に目立っている。
まるで異世界のようにも見える。
───────
時々しか通わないコンビニであったが、それが毎日になったのは最近だ。
なんてことはない理由。店員さんに一目惚れをしたのだ。
バカな話だと自分でも重々承知してますよ、はい。少女漫画じゃないのだからと思うけど、黒髪ロングの笑顔で接客をしている彼女に恋をした。
接客が上手なのか、レジ打ちや商品を袋詰めしている時にお客さんと少しだけ談笑をしている。もしかしたら、私と同じくファンなのかな?
勿論声をかけるわけでもない。
ただ、お店に入り、彼女がいるのを確認できたら、何かしら買って帰る。ただそれだけ。
お客と店員。当たり前の接客をされるだけなのに、仕事だからなのか、彼女そのものなのかわからないが、笑顔を向けられると、今日1日がとても良かったように感じる。不思議だ。
そんな僅かな喜びを得るために、バイト帰りにコンビニに毎日寄る。
そんなに気になるのなら、声をかければいい。「今日何時上がりですか?よかったらご飯でも行きませんか?」と絵に描いたようなナンパをすればいい。
勿論そんな度胸なんてない。第一、彼氏がいたらどうする?断られたらどうする?もう2度とこのコンビニで買い物ができなくなる…。
断られた挙句、SNSでこんな客にナンパされたと晒されたらどうする?
もう人生終わったも同然だ。まあ、彼女がそのようなことをしそうではないけれども、今時、SNSの1つもやっているだろう。怖い恐い。
そんな意中の店員さんと…なんて、ホントどこの少女漫画なんだろうか。
───────
今日も今日とて声をかけるわけでもなく、店に入り、彼女がいるのを確認した後、迷わずサンドウィッチと野菜ジュースの置いてある棚に向かい、商品を手に取り、レジへ向かう。
いつもと同じ。いつもと同じ。でも今日は少しだけ違った…。
レジを打ちながら
「いつもこの時間に来ますね。お仕事終わりなんですか?」
一瞬、時が、自分の時間が、いや世界の時間が止まったように思えた。
彼女からはなんの意図も無いと思う。きっと毎日見るので、常連だという事もあり、なんとなく魔が差して話しかけたのだろう。そんな特に深い意味もない事なのに、なんでこんな動揺しているんだ。
「は、はい。バイト終わりです」
かっこ悪い。緊張した。声がちょっと裏返っていた。バカだなあ。かっこ悪いよ本当に。
「そんなんですか。お疲れ様です。お釣り100円です」
私と同じく、そう言うようにプログラムされているかの如く、「ありがとうございました」と締めの一言を言う彼女。当たり前だ。特に何かあるわけではない。期待してたわけではない。
でも、少しだけ前進したような気が…したようなしただけで、何も普通のいつもの事だと思った時、
「またお待ちしてますね!」
そう言い、これまで見なかった初めての言葉と笑顔を向けてくれた。
───────
何が進展したわけでもない。
でも、お店の外に出て吸う冬の夜の空気は昨日よりも澄んでいた気がした。
明日は会話をつなげられるといいな…。
そんな事を想いながら、冬の星空の下で、また息を吐く。
私の心持ちを知ってか知らずか、夜空に漂う吐息は、春の桜のように舞っているように見えた。
END
舞い上がる冬息 華也(カヤ) @kaya_666
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