第1話 出会い
俺が桜井さん、
桜の木の下にある「入学式」と書かれた立て看板に、両親と並んで写真を撮る新入生の列に俺も並んでいた。
ひとつ前の女の子が看板の前に行き、振り向いたとき、思わず息を呑んだ。
整った顔立ちに加え、暖かな優しい春風に揺れる髪とスカートを押さえる仕草、緩やかに散っていく桜の花びらが背景としてより女の子を際立たせる。
「ふふっ」と、カメラに向けた笑顔は、最前列にいる俺に微笑みかけたように感じ、心臓が今までにないぐらい鼓動が激しくなった。
あぁそうだよ。俺はたった一度笑顔を向けられただけで、彼女に惚れてしまったんだ。
だいたいの人たちは、写真を撮った後、新入生は教室へ、親は入学式の会場である体育館へと流れて行く。
俺は、あらかじめもらってあるクラス名簿を片手に、自分の番号の靴箱へ靴を入れた。
「じゃあ気をつけて」
「うん」
父さんと簡単に言葉を交わし、真新しい上履きを履いて廊下を歩いて行く。
俺はさっきからわくわくしていた。そのせいで自分の晴れ舞台なのに親と会話もろくにできないぐらい自分の世界へ入ってしまう。
あの女の子と同じクラスになりたいな。
話しかけられるか分からないけれど、同じクラスになれたら話す機会ぐらい何度かあるはず……。
再確認して、さっき以上に期待に胸を膨らませ、足取り軽く歩いていった。
四階まで階段で上がって目の前の教室、一年二組と札のある教室を見つけた。
俺はゆっくりとドアを開け、一年二組の教室に入る。
席の半分ぐらいが埋まっていて、その人たちから様子をうかがうような視線を感じた。
俺はドアに入ったすぐのところで、先に教室に向かったはずのあの女の子を探し、
……いない。そっか。
自分でもびっくりするほどがっかりし、さっきまで軽かった足取りが急に重く感じた。俺は自分の番号のシールが貼られた席を見つけて、静かに腰をかけた。
話している人は誰もいないので、ただただ重苦しい雰囲気が教室を覆っていた。
「あぁ……この空気きついなぁ。最初だし様子うかがっちゃうよなぁ」
一人でぼそっとつぶやくと、
――ガラガラガラ!
突然、ドアが勢いよく開けられた。
さっきからドアが開くたびに、誰だ? という目を向けていた同じクラスの人たちは、少し驚いた目をしていた。
きっとこんなに勢いよくドアを開けた人はいなかったのだろう。
そして、ドアを開けた張本人である彼は、新品の学ランの第一ボタンを開け、腕をまくって着崩している。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
すこし悪っぽいあの感じは、中学からの友達だと思ったからだ。クラスの人たちから視線を感じ、萎縮していると、
「おっ
「お、おう久しぶり。
多分これがこのクラス初の会話だったのかもしれない。
重苦しかった空気が薄れると、一斉にいろんな人たちが、自分の席の周辺の人に話しかけ始めた。
知り合いがクラスにいてうれしい俺は、さっきのちょっと悪っぽい見た目の友達、
「あれ?
俺は開口一番にこう言った。
「あー、あいつは一年一組だよ」
萌ちゃんは、同じ中学で晃平の幼なじみ。いつも二人一緒に行動しているので、中学の頃は夫婦とか言われていじられていた。というか、俺がいじって広めた。
「それより知ってるか? 萌のクラスにめっちゃかわいい子いるって話。俺が教室ついたとき一組めっちゃざわざわしてた」
「まじか……一組だったか」
「何だ?
「温人もって……まさか?」
いや晃平はあり得ないはず……萌ちゃんがいるから。でも……。
とか考えていたら、晃平がニヤニヤしながら言った。
「急に悲しい顔するなよ! 俺は違えよ、その女の子が男子に席囲まれて困ってたから。多分ライバル多いぞ?」
「だよなぁ……。俺もそんな気がしてた」
「男子の軍勢から助けてくれば? ヒーローに見えて惚れてくれるかもよ?」
「俺にそれができると思ってるのか?」
「ははっ、温人にゃ無理だな。でも温人があの子を好きだってことは十分分かったからもういいぞ」
「どゆこと?」
「やっと俺にも温人をいじることができるって訳だ。中学の頃の夫婦って広めたことまだ忘れたとは言わせねえよ」
「あれま……覚えていらっしゃたのですね」
「あったりまえだ」
「俺はずっと温人の色恋沙汰を探してたが、ずっと見つからなかったんだ」
「そりゃ、中学の頃は何もなかったというか、できなかったからな」
「高校生活、覚えとけよ!」
「絶対忘れてやる……」
いつもの調子に戻ってきた頃、担任っぽい人がやってきた。
「入学おめでとう、とはまだ言えないんだよな。まだ君たちは入学許可されてないから赤の他人だ。あっはっは!」
と、なんとも陽気に笑っている。癖が強い。
「さて、悪いけど、自己紹介とかの前に体育館に行ってもらうぞ。名前順に男女一列ずつに並んでくれ」
先生は、パンツスタイルのスーツで、少し気が強そうな印象を受けた。
「なぁ
「やめとけ、聞こえるから」
すると先生は俺たちの方を見ながら、
「じゃあ誘導に二年生の先輩が来てくれるからちょっと待ってて。あたしは体育館の入り口にいるから」
と言って、廊下に並んでる俺たちをおいて先に行った。
「おい、聞こえてたんじゃね? 俺たちのほう向いてたし」
「マジ? 俺小声で言ったぞ?」
「教師って耳いいっていうしね」
「まじかよ、第一印象最悪じゃねえか」
「どんまい」
俺はニコッと笑って、励ましてやった。
二分ぐらいして、二年生が男女一人ずつやってきた。
「一年一組の後に続いて、体育館に向かいます。列を崩さないで僕らについてきてください」
俺らは指示に従って、四階の教室前から一階に降り、外の通路を通って体育館に向かって歩いて行った。すると、二組の男子と女子がざわざわし始めた。どうやら一年一組の俺が好きになった女の子を見つけたらしい。
「めっちゃかわいくね? うちの学校も捨てたもんじゃないな」
とか先輩言ってるし、
「あの女子やばっ、惚れてまうわ!」
とか男子は言うし、
「きゃー! 友達になりたーい!」
って女子は言っている。
あぁ……見つかってしまったか、と少し残念に思っていると、
「温人、ライバル一年男子だけじゃなくて女子も先輩たちも追加されそうだな」
とニヤニヤして言ってきた。
「ほんとだよ。晃平なんとかしてくれ」
「そりゃ無理だ」
「静かにしろおまえたち! 始まるぞ」
「うるさいぞ!」
先生方から、怒られてしまった。
入学式は典型的だった。クラスごとに先生を先頭に入場し、呼名された後、校長先生の式辞、来賓の人の祝辞とか先輩の歓迎の言葉と担任紹介があった。
呼名のときに緊張して「ふぁいっ」って言っちゃったけど、多分気づかれてない、はず。
俺は、最初にやらかした恥ずかしさで、入学式がすごく長かった気がした。
恥ずかしさのあまり、うつむいて教室に戻っていると、名前順のせいで後ろにいた晃平がやってきた。
「おい
ちょっと殴りたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて、
「別にいいだろ、こっ個性だよ!」
「よく言うよ、どうせ緊張して言えなかったんだろ」
笑いながら、背中をバシバシ叩いてくる。
「あぁもう……恥ずかしい」
俺は手で顔を覆った。
「あっはっは。かわいくねぇぞー男がやっても」
「わかっとるわ!」
俺は全くキレのないツッコミをして、自分の席に座った。
先生が少し遅れて入ってきた。
「改めて入学おめでとう! 今度は言えるから! さてと、ホームルームだけど、今日は親御さんと帰りたい人もいると思うから簡単にやるぞ! あたしは
それから、今日が日曜日だから振替休日で明日は学校がないこと、火曜日に持ってくるものとかを簡単に説明されて終わった。
「それじゃ気ぃつけて帰れよ! 今日事故ったら、クラスで友達作れなくなるぞ~」
と縁起でもないことをニッシッシと笑いながら言い放って下校になった。
俺は、正門で待ち合わせてる母さんと父さんと帰るつもりだったから、正門まで晃平と萌ちゃんと帰った。
「なぁ
「えぇ~! 温人くんも桜井さんのこと好きになっちゃったの? えっと……なんていうか、ご愁傷様です」
「桜井さんっていうのか、よかったな温人! 名前知れたじゃねえか!」
「ん? ちょっと待って。一組でなんかあったの?」
「え~っと、それは明日以降分かるんじゃないかな……」
「萌! 温人と別れた後俺にだけこっそり教えてくれ!」
「えー!
「言わねえって! 絶対!」
「分かったよ……あとでね」
「よし、早く消えろ温人」
「うわっ! ひでぇ! 露骨すぎるわ。まぁもう正門だけどね」
「はっはっは、じゃあな」
俺たちはそれで別れた。
母さんと父さんと合流した後、さっきあったことを話しながら帰る。俺は、これから始まる学校生活にいろいろ思い浮かべてわくわくしていた。
あの女の子、桜井さんとクラスは離れちゃったけれど、萌ちゃんつながりで何かあるといいな! とか、あわよくば付き合えたらな! とか、なんてね。
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