第25話・会長はお姫さま

 「次郎くんっ?!」


 斃された次郎に、伊緒里の悲痛な叫びがかけられる。

 一方、弟二人の決闘を見届けた吾音は、腕組みで立っていた。

 戦慄わななきを隠さない隣の伊緒里に、努めて冷徹な声で言う。


 「………で?あんたの王子様はこの体たらくなわけなんだけど。覚悟はできてる?」

 「あ、あな、あなたねぇっ!自分の弟があんな目に遭ったっていうのにどうして落ち着いていられるよの!」

 「どーしても何も、」


 と、仰向けに倒れている次郎の傍で、介抱するようにその顔をペチペチ叩いている三郎太を、流石に心配な風に見やってから、続けた。


 「あの子たちがそーしたい、って言ってそーやったんだから。で、次郎はあんたのためにやったわけなんだけどね。どうするの?」

 「…分かってる。責任はとるわ……」

 「そうじゃなくって。三郎太が勝ったんだから、今度はあんたの番、ってことよ。その覚悟は出来てる?って聞いたの」


 意識は怪しかろうが大事は無いと判断したか、次郎を担いだ三郎太がこちらに向かってくる。

 別に怒っている様子もないその顔を見て伊緒里は、微かに怯えたように身を震わせていた。


 「…次郎は?」

 「気絶しているだけだ。まあ、よくやった方だろう。そこに寝かせてやってくれるか」

 「ん。お疲れさま」


 アゴをでベンチの方を示した三郎太に応じて、吾音は自分たちの荷物をベンチから下ろし、三郎太を手伝って次郎をそこに寝かせてやる。

 それが終わると、その様子を黙って見ていた伊緒里に揃って向き直り、言った。


 「まあ、流石に三郎太に伊緒里をぶたせるわけにはいかないしね。いいよ、わたしが相手してあげる。わたしと、しよ?」


 なにをだ、と三郎太がどことなく長閑な口調で問うが、それを無視して吾音は伊緒里を、逃さないように相対した。


 「一発ね。一発だけ、相手に届いたら勝ち。それでいいでしょ?」

 「…そんな野蛮な真似出来るわけない」

 「なによ、先にわたしのことぶったのはあんたの方じゃない。今さら過ぎるでしょ」

 「あの、ぶったことは謝るから…」

 「伊緒里」


 まだ目を覚まさない次郎の姿に勢いが削がれたか、擦れたような小さい声でしか話せない伊緒里を、吾音は半端は許さない、と厳しく問い詰める。


 「あんた、そんないい加減な気持ちでわたしのことぶったわけ?あんだけ怒鳴ったのってあんたの本心じゃなくてただのワガママなの?違うでしょ?だったら、わたしにもう一度、それをぶつけてみなさいよ。…次郎がやったみたいにね」


 出された名前に負うものは、確かにあると思った。だから伊緒里は、吾音を見てもう一度、手を高く掲げ。


 パァン!!


 「…やっぱ痛い」


 音高く、吾音の頬を張ったのだった。

 そうして、終わった。


 「はい、あんたの、勝ち。わたしは負けたから、賞品をあげなくちゃね。ほら、そこに座って」

 「え?」

 吾音の指したベンチを見ると、三郎太が次郎の上半身を起こして待ち構えていた。

 「え?え?」

 「ほら早く」


 吾音に押されるがままベンチに腰掛けたその膝に、まだ目を覚ましていない次郎の頭が置かれた。


 「……ええええっ?!」


 状況が理解出来ず混乱する伊緒里の耳元に吾音は口を寄せ、それからこう言った。


 「…三の字が大丈夫って言ったから問題はないと思うけど。もし次郎の様子がおかしかったらすぐに連絡して」

 「う、うん…分かった」


 応える声は真剣だったから、その依託は正しく受け止められたと思う。

 そして深く頷く伊緒里を満足そうに見て吾音は、次郎の分も荷物をとると、


 「じゃーねー、あとよろしくー」


 …などと、手をヒラヒラさせながら、割と呑気な足取りで弟のうち一人を従えて、さっさと去って行ってしまった。


   ~~~~~


 公園を出ると黙ったまま歩く二人。

 つくづく、他に人が居なくてよかった。誰かいたら確実に通報されていたことだろう。

 そんなことを思いながらボケーッと歩く吾音に、後ろから三郎太が声をかける。


 「姉さん。ほら」

 「うん?」


 振り返って見ると、顔のすぐ横に先程三郎太が買ってきてあった水のボトルがあった。


 「叩かれた頬を冷やした方がいい。まだ開けてなかったしな」

 「…そだね。あんがと、三郎太」

 「どういたしまして、だ」


 受け取ったペットボトルを、伊緒里に二度も叩かれた顔に当て、この愛らしいお顔が腫れたらどーしてくれんのよ、などと図々しいことを言いながら歩き出す。

 まったくだ、覚えてろよあの女、と少々物騒な返事をする三郎太には、「そーいうのいいから」と慌てて取りなすのだったが。


 「…それにしても悪者やるのも楽じゃないわ。伊緒里もさ、もー少しため込まないで適度に発散すりゃ、わたしたちがこんな無意味な苦労する必要もないのにね」

 「なんだ、やっぱり演じてたのか」

 「半ば本気ではあったけどね。伊緒里のさ、あの自分で全部背負い込もうとするトコみると、昔っから腹立つのよ」

 「…付き合い長いものな」

 「そーねー…」


 考えてみたら、初等部に入学して以来の付き合いだ。その間、何故か縁があってか半分ほどは、同じクラスだったりする。

 だから角突き合わせるのも、同じことで笑い合ったりするのも、飽きる程繰り返してきた。

 そんな中で、次郎と伊緒里が互いをどう見ているのか、思っているのか、気がつかないわけがない。


 「付き合い長いといえばさ、あいつらももう、そろそろどうにかなってもいいんじゃないか、って思ってさ」

 「だから次郎を向こうに付けるような真似をしたわけか」

 「そ。まあ三郎太には損な役回りさせちゃったわね。今度埋め合わせするわ」

 手に持ったボトルに、少し熱を持った頬を押しつけるように首を傾げながら、吾音はそうぼやいた。


 傾いた頭に付き合い良く、トレードマークの尻尾が揺れる。

 そんな姉の後ろ頭を見ながら、三郎太は「まあいいさ。姉さんの手伝いが出来れば俺はそれで充分だ」などと、殊勝なことを言った。

 そしてそのまま、時間が過ぎる。

 吾音がどんな顔をしているのか三郎太からは見えないし、見るつもりもない。

 まあ、見当は付いたから覗き込むような真似をする気も無いが。

 ところが。


 「…じゃあ、これからどうするかっていうとね」

 「うん?」


 家まであと数十メートル、というところの、住宅街の真ん中で立ち止まると。


 「…折角だから次郎に結納品でも持たせてやろーかって、思ってね」

 「……えらく飛躍し過ぎじゃないか?」

 「あそこまでやってくっつかなかったら、わたしの立場ってもんが無いのよ。もうこうなったらどーあってもくっついてもらうわよ。で、さ。手土産代わりに」


 …まだまだ自分はこの姉への理解が及んでいない。

 そう三郎太は、内心で頭を抱えるのだった、が…。


 「…自治会の裏切り者をあぶり出してやろーじゃない。三郎太と、わたしで」

 「ああ、それならもう分かってるぞ?」

 「ええっ?!ナンデ?どうやって?!…ていうか、誰?」


 …意外と自分も、姉からは理解が及んでない存在なのかもしれない。


 「副会長の居村明人。三年五組だな」

 「…あちゃあ。こりゃ伊緒里の精神的ケアも必要かぁ…もーいいや、そっちは次郎に任せよ…っていうか、なんで分かったの?」

 「最初の書き込みが誰か分かればいいだけのことだろう。端末が特定出来たのでな。それで過去発言をさらって特定した」

 「うわぁ…」

 「それと面白いことが他に分かった。…続けていいか?」


 人通りの無いこともないし、ここはご近所の目もある。物騒…という程ではないにしても、聞き耳をたてられていい話でもない。


 「おっけー。いいわ」


 だが吾音の好奇心が勝った。


 「…いいんかな。居村の過去発言を見るとだな。表からは削除されたがログにだけ残っているのがあった。これがまた…結構ゲスい男でな。中等部、初等部の女子にストーカー紛いの真似を繰り返していたわけだ」

 「…三郎太、明日カチコミかけにいこ?」

 「自治会にか?それは拙かろう。ま、そこまでせずとも此奴はしっかり報いを受けている。というのもだな。掲示板での言動が二課に嗅ぎ付けられて脅迫されていたのさ。掲示板での書き込みは握られ、学内での立場を盾に取られて、な。二課の紐が付いていたように見えるのはそのせいだろうな。恐らくは、会長女史に懸想していたというのも、次郎の推測通りだろうよ」

 「それをあの短時間で調べたわけ…あんたもけっこーとんでもないわね。…あ、でもどうしてそれをさっき言わなかったの?」

 「決まってるだろう?」


 ぶっきらぼうにそう言い置き、三郎太は吾音を追い越して先に家に向かって歩き出す。


 「…兄貴に花を持たせただけのことだ」

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