第23話・作戦会議。からの…

 戻ってきた時には特に吾音にも三郎太にも何も言われなかったのだから、次郎としては平然としていられていた…はずなのだが、同級生の道上皖子みちがみかんこに「ジロくんご機嫌だねい。いいことあった?」とかニヤニヤしながら言われてしまうと、ポーカーフェイスの自信も霧散してしまうようだった。


 「んー?いや弁当が好物ばっかだったからさー。今年一番おふくろに感謝しちまったい」

 「…白々しい。知ってるよ?自治会長と手に手を取ってとーひこーを図ったって。もう噂になってるよん」

 「……は、ははっ…どこからそんな話が…ありえねーってば」

 「…ま、そう思っているんならそれでいーんじゃないの?」


 二、三歩後ずさりつつ、引きつった笑みを浮かべる。

 件の道上皖子とはいつぞやいい雰囲気になりかけたこともあったが、吾音が地雷女認定してからはなんとなく距離を置いてしまっている。

 それで先方の態度が変化したわけでもないのだから、彼女にとってはただのクラスメイトとしか見られていなかったのだろう。

 まあそれはいつものこととして。


 「ジロくんがどーいうつもりか知らないけどねー、あのヒトそーいう人気もあるんだから身辺には気をつけた方がいーよん。具体的に言えば男女ともから刺される危険を覚悟せよ、だね」


 こんな物騒なことを言われてしまっては、流石に噂の流出経路というものを調べないといけない気になる次郎だった。


   ~~~~~


 「知らないわよ」

 「右に同じく、だ」


 普段は別々に下校することの多い三人だったが、今日に限っては次郎が強制的に連れ出して家路についている。

 二人の方から伊緒里との間にあった何ごとかを細かく聞いてくるような様子が無いのは幸いだったものの、かといって噂の流布に関与していない保証も無く、次郎は詰問調になるのを自覚しながらも確認はせざるを得なかった。


 「大体ねー、あんだけひとの居る場所からお手々繋いで出て行ったんだから噂の一つにもなろーってもんよ。あんた、いつまであの体勢のまま歩いてたわけ?」

 「お手々繋いで、って…俺と阿方は子供か」

 「ん?」

 「別にいつまでもああやってたわけじゃねーよ。すぐに普通に並んで歩くくらいにはなってたよ。それがまあ、何処の誰だか知らないが勝手なこと言いやがって…ったく」


 三人横並び、には迷惑な歩道だ。

 だから次郎と吾音が並び、三郎太はその後をついてくる、というのが三人で歩く時の常態なのだが、今日ばかりは次郎だけが先に立って歩いている。

 そして時折振り返って後ろの二人の顔を見ながら話をするのだが。


 「………ねえ?」

 「……ああ」


 怪訝、というよりは不思議なものを見たような表情で自分を見つめる姉と弟に、次郎は不穏なものを嗅ぎ取った。


 「…次郎、あんた……あー、やっぱいいわ。三郎太も、ね?」

 「…よかろう」

 「いや、何二人で通じ合ったようなことしてんの。俺に文句あるなら言ってくれりゃーいいじゃん」

 「あー、ほら、別に話はしてもいいから立ち止まるな。世間様に迷惑でしょ。あ、話したいならそこに寄っていこか」


 吾音は振り返っている次郎の背中の向こうを指さして言った。

 ちょうど、通学路途中にある公園がそこにあった。三人が子供の頃はよく遊んだ覚えのある場所である。


 「…おう」


 姉と弟に言いたいことを呑み込まれる。

 そのことに気分を害していた次郎は、些か物騒な声色で吾音の提案に応諾した。




 公園内は子供の姿も無く、次郎の記憶にある限り自分たちがここで賑やかにやっていた頃はまだ子供も結構な数いたはずだ。

 当節、子供の数が減っているのかそれともこういった屋外で子供を遊ばせる親が減ったのか。

 どちらにしても、楽しかった覚えがある身としては寂寥を感じるものだ。


 「…で、姉貴何が言いたいんだよ」

 「それは置いておくとしてね。ちょっと気になったんだけどさ」

 「あん?」


 砂場近くのベンチに、吾音と次郎は並んで座る。三郎太は、「三の字、何か飲み物買ってきて。わたしほうじ茶。ミニサイズで。冷たい方がいーな」とかいう微妙に面倒な注文を受けて自販機を探しに行っている。


 「次郎あんたさ、伊緒里と自治会室出てった後どこに行ってた?」

 「どこって…そりゃまあ、阿方の立場もあるだろーからさ、人目につかない…経研の植物園にある四阿。行ったことあるだろ?」

 「そか。じゃあ、高等部の生徒に見られるようなことは無かったわけね」

 「とは思うけど。それが何か?」


 何やら考え込む仕草の吾音。きっとアタマの中では灰色の脳細胞がフル稼働しているのだろう、などと考えていると、まだ整理のついていないことを口にするように、この気ざっぱりした姉には珍しく何かためらいながら話し始めた。


 「…確認してみないと分かんないんだけどね。道上が言ってた通り、『手に手を取って逃避行』って話が流れてるってんなら、そんなのは実際に見ていた自治会室の中にいた連中が怪しい、ってことになるのよ。そう思わない?」

 「どういうことだよ」

 「だからさ、」


 と吾音は自分のスマホを取り出し、VPNを繋いで何やらブラウザを操作する。


 「ほら。学内の噂サイト見てみると、そんな話が出てきたタイミングってコレ、あんたと伊緒里が自治会室出てった直後でしょ?」

 「…だな」


 そして次郎にスマホを見せながら吾音が言った通り、掲示板状のサイトにある記事のタイムスタンプは、最初にアップされたのがまだ昼休みも半ばの頃であることを示していた。


 「噂が流れ始めるスピードが速すぎるのよ。そりゃー伊緒里の注目度考えると伝播が速くてもおかしくはないけどさ、スタートがこの時間ってのはありえないわけ。あの時の目撃者が流したんでない限りはね」

 「………」


 自治会室にいた面々の顔を思い浮かべてみる。

 何かと学監管理部とは交渉のあるところであるから、その面子の顔と名前は知っているし何度も話はしている。


 「…単に面白い話だったから流してみた、って可能性は?」

 「なくはないわね。けど、自治会の連中が伊緒里に対して全員好意的だったとして、こんな話流すと思う?」

 「好意的かどうかはともかく…学内の評判が微妙な俺らと密会してた、なんて話を喜んでするとは考えにくいな」

 「でしょ?となると…あー、三郎太、いる?」

 「おう」

 「どわっ?!」


 音も無く背後に立っていた三郎太。


 「…ほうじ茶は無かった。代わりに烏龍茶だが。次郎も、ほら」

 「あ、ああ。さんきゅ」

 「しゃーないか。三郎太、あんたタブレット持ってたでしょ?アレ出して」

 「分かった」


 吾音を真ん中にして次郎の反対側に腰掛けた三郎太は、鞄を開けて小型のタブレットを取り出した。

 そして吾音とは別のVPNに接続して操作を続けると、すぐに結果が出たのかタブレットごと吾音に渡して言う。


 「…学内からなのは間違い無いな。時間も偽装じゃない。仕組みをよく分かってないユーザーがそのままアップしたものだろう」

 「じゃあ経研だか二課だかの仕込みの可能性は低いわね」

 「…こんな使われ方してるだなんて、作ったヤツも想像つかねーだろうなー…」




 一般に裏サイトだの呼ばれてはいるが、三人が見ていたのは歴とした学校謹製の校内専用のサイトである。

 生徒の情報交換等にもとは使われていたものだが、あるとき学部生がイタズラで学校側からは見られないように作り替えた部分が、一部の生徒の間でのみ噂サイトとして活用されているものだった。

 作成者はそのままにして学部を卒業。以後数年にわたって、今のところは教師からも嗅ぎ付けられていない本当の裏サイト的に使われていて、吾音たちも当然情報収集のネタの一つとして利用している。

 そして去年の会長選挙の折に、これが二課の察知するところではないのかという疑いを持って、管理サーバーに穴を開けて情報操作をしている者がいないかどうかまで監視するに至っているのだった。

 ちなみにハッキングを仕掛けたのは椎倉葵心の紹介による学外の、吾音に言わせれば「スーパーハカー」で、今のところ面識は無いがそこは葵心の紹介ということで信用するに値する、とはしてあった。


 「となると、自治会の内部にこの話を流したヤツがいる。後ろ暗い目的があってか、ボクたちの会長が奪われてしまいました~、みたいなアホな妄想でやってたのかは知らないけど」

 「姉貴、裏があるとしたら、どんなヤツがどんな目的で?」

 「ふふん、次郎も良い感じでノってきたわね。ま、一番ありそうなのは二課の草が自治会にいる。あるいは本人にはそういうつもり無いかもしれないけどね。まあ何か握られているのは間違いないでしょ」

 「で、裏が無いとしたら?」

 「それこそ伊緒里に懸想してるヤツが嫉妬にかられてやった、ってとこでしょ。次郎、どっちだと思う?」

 「俺に聞くんかい。んー、両方じゃねーのかなー。阿方に含むとこがあって、二課の紐が繋がっているヤツ。本人に自覚があるかどうかはしらねーけど、阿方個人に何かあるってんなら操りやすいだろうしな」

 「へー…いいわね、そーいう悪いものの見方。根拠は?」

 「言いづらいけどなあ…なんかさ、あの自治会室出る時になんかイヤーな視線を感じた。阿方の方にじゃなくて俺の方に。今思うとやっかみだったんじゃねーかな、アレ」

 「ふん、本人が言うのなら間違いないだろうな。で、姉さん。どうする?」


 タブレットを片付けながら三郎太が聞く。

 伊緒里もスマホを仕舞いつつ考えてから、


 「決まってるでしょ。そのドアホを見つけ出して…二課に突き付けちゃる。伊緒里の立場も守れるし二課にも嫌がらせ出来るし一石二鳥でしょ」

 「いいな、それ。やろうぜ」

 「…だな」


 立ち上がり、スカートの尻についたホコリを払う吾音。

 次郎と三郎太から見ていつもの吾音の、悪党の笑顔がそこにあった…


 「…で、次郎?ちょーっとお姉さまにお話聞かせてほしーんだけど」

 「え?」


 …のだが、次の瞬間、それは次郎に向けられた。


 「あんたさっきから、伊緒里のこと『阿方』って苗字で呼んでるわよね。昼までは『会長』って呼んでたのに。一体何があったの?ほら、いったんさい」

 「…あ、いやーそれは…その、紳士淑女協定に反しますので前向きに検討の上謹んでお断りを…」

 「そんなおためごかしがわたしに通用するとでも思ってんの?」

 「勘弁してくれ姉貴っ?!」


 一人鞄を抱えて逃げだそうとする次郎。

 三の字、確保っ!…という吾音の指示を待つまでも無く、次郎を羽交い締めにする三郎太。


 「諦めろ。姉さんがこう言った以上隠しおおせるものでもあるまい」

 「そーよぉ。あんた普段言ってるじゃない。俺たち姉弟の間に隠し事はない、ってさ。その言葉、今こそ実践してもらうわよぉ…」


 次郎から見たらこれからゴウモンを開始します、みたいな笑みを浮かべている吾音が迫る中。


 「あっ、ちょっとタンマ!スマホ!俺のスマホ鳴ってるからっ!!」

 「ちっ…」


 上着の内ポケットで震えているスマホに、次郎は助けられた。


 「あー…怖かった…って、あー…」

 「ん?誰から?またいつかの皖子ちゃん?」

 「ちげーって…あー、もしもし?」


 のぞき込もうとしている吾音から隠れるようにしてスマホを通話にし、耳にあてる。


 『………どーいうことよ、これ』

 「…あのー、阿方?今こっちも取り込みちゅ…」

 『なんで次郎くんとわたしが駆け落ちしたみたいな話になってんのよぉっ?!』

 「はい…?」


 伊緒里の叫び声は次郎の耳元からダダ漏れし、


 「じろうくん…?」


 それを耳にした吾音の洩らした声には、わけがわからない、といった響きがあった。

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