第14話・会長さまの昇る血圧

 「カンカンノウ」

 「やめんかアホ姉、縁起でもねー」


 ぐったりしている三郎太の上半身を起こし、腕をとって遊んでいた吾音を次郎は流石に止めた。

 というか、身動き一つしない状態で体の心配をされない三郎太の頑丈さも大概なのだった。


 「んー、でもそろそろ起きそうなんだけど」

 「あ、そーだな。ケイレン始めたし」

 「…毎回思うのだけど、あなた達のその感覚って人類に許される範囲を超えてるんじゃないかしら」


 こういう場面に出くわすのが初めてでもないとはいえ、伊緒里のコメントもいい感じに世間離れしてはいるが、本人にその自覚は無い。


 「…む、なんだかよく寝た気分だが……」

 「おはよ、三郎太。何があったかは後で聞いたげる。体だいじょうぶ?」


 やがて予告通りに目を覚ました三郎太。

 吾音も一応は気遣いを見せ、三郎太の体のあちこちをまさぐっている。

 三郎太は最初されるがままだったものの、三周目に入ろうとしたところで「姉さん、もう問題無い」と立ち上がって吾音の介護の手を止めた。


 「…吾音って結構過保護なところあるわよね?」


 少し残念な風の吾音を見やりながら伊緒里は、少し離れたところで次郎にそう耳打ちする。


 「身内限定でなー」


 それに対する次郎の返事は素っ気ないものだったが、素直ではない次郎のことだからと、


 「…もしかして三郎太くんが羨ましい?吾音に構ってもらえてて」

 「うるせーっての」


 伊緒里のからかいの一言を招くだけなのだった。




 「……ところでどーして会長サマがこのようなむさ苦しい場所へ足をお運びに?」


 三郎太弄りは足りなかったようで、まだどこか不満の残っていそうな吾音だったが、わざとらしく今気がついたように伊緒里の姿を認めると、早速嫌みったらしい口調でちょっかいをかけてきた。


 「思ってもいないお為ごかし言わなくてもいいわよ。私は、その……」


 そこは流石に口澱む伊緒里。それはそうだろう。目の敵にしている相手の色恋沙汰?など当の本人を前にして早々口に出来るものでもない。


 「あーっと、実はな姉貴、こないだの件で経研の連中が会長ん所に文句言ってきたとかで、会長が姉貴に話を聞きたいんだとさ」


 そこは見かねて助け船を出す次郎。バカ正直にこの部屋に飛び込んできた事情を話されたのではまた話がややこしくなる。そう思っての口出しだったのだが。


 「…こないだの件?なんだっけ」

 「おい」


 当人に自覚が無いのではあまり意味が無いのだった。


 「主犯がしらばっくれるわけ?先日経営研究所で引き起こしたバカ騒ぎの件よ。忘れたというなら思い出させてあげましょうか?」

 「…あー、アレの話ね。っていうか先週のことじゃない。今さら過ぎない?」

 「翌日に何も言ってこないのだから何も問題無いと思ったのだがな」

 「三郎太くんまで吾音みたいなこと言わないでよ。この部屋で数少ない良識の持ち主だと思ってるんだから…」

 「三太夫が俺や姉貴より常識的って見解は斬新に過ぎるぞ、会長」

 「混ぜっ返さないでよ、バカ!…大人には大人の事情ってものがあるんでしょ。非公式の問い合わせなんだし」

 「非公式ねー…文句は言いたいけど表立ってやったら体面が損なわれるって判断なんでしょ。何せ高等部のガキにいいようにあしらわれたんだしねー」

 「その尻拭いをさせられるこっちの身にもなって欲しいものだわね」

 「それがあんたの仕事でしょ?」

 「破壊行為の後始末まで引き受けた覚えはないわよこの考え無し!」

 「破壊行為とは人聞きが悪い。あれは話し合いの結果真っ当な警備訓練の名目だったと覚えているぞ」

 「どこの世界に警備訓練で九百万円も損害出す研究機関があるのよ!自衛隊じゃあるまいし!」

 「いや自衛隊って結構カツカツで、訓練なんかもけっこー慎ましいって聞いたことがあるけど」

 「だから混ぜっ返すなと言ってるでしょうがこのおバカっ?!」


 …止める人間がいないのだから、伊緒里の血圧がうなぎ登りになるのは当然だった。

 そもそも味方がいない状況で言い争いをして勝ち目があるはずもないのだが、そうと分かってて何故虎口に飛び込むのか。

 まあ理由は分かっていたが、このままだと伊緒里が倒れるかもと本気で心配した次郎は、いい加減頃合いかと水を差す。


 「まあまあ、姉貴のやったことで面倒かけたのは悪かったって。謝るからちょっと落ち着けってば」

 「…なんで次郎が我関知せずみたいな物言いをするのかしらねー」

 「実際俺参加してねーもん。とにかくこのままだと会長の血管が心配だからさ、一回落ち着こうぜ、な?」

 「原因の一端が何を言っているのかしら…まあいいわ。とにかく、吾音。申し開きの一つでも聞いておかないとあっちが納得しないみたいなの。何か言い訳は?」

 「売られたケンカを買った。以上!」

 「あんったはねぇ………っ!」


 全く自重する気のない吾音だった。

 といって全く考えが無いわけでもないようで。


 「まあそういきり立つもんじゃないわよ、伊緒里。ねー、あんたんトコに文句をつけてきたのって、経研のどこの部署?」

 「それが何か関係あるの?一応、経理の人だったけど」

 「ふーん。なら大事にはならないでしょ。お金の問題だけなら適当に返事しとけば、あとは二課がなんとかしてくれるわよ」

 「なんでそう言い切れるのよ」

 「あそこ、なーんか企んでるみたいなのよね。ナシのつけ先は教えてあげるから、そっちに問い合わせしておくといいわ。多分二課から手を回してなぁなぁにしてくれる」

 「…にわかには信じがたい話ね」

 「外とのやりとりであんたに苦労させるつもり無いわよ。いーから言われたとおりやっときなさいって」


 そう言って吾音は、自分のスマホに二課研の佐方の名前と肩書きをメモして伊緒里に見せた。


 「…後でメールしといて。電話してみる」

 「ん」


 伊緒里は気付いているのだろうか。外とのやりとりで苦労はさせない、ということは、自分たちはいくらでも迷惑かけても構わないと思っている、ということに。

 次郎はそんなことを考えながら、疲れた顔で肩を落とし帰って行く伊緒里の背中を見送った。

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