記者魂

nobuotto

第1話

 今回はハズレだと、惑星旅行エッセイストの由紀夫は後悔していた。

 これまで数々の惑星を訪れ、その星の生活、風俗を地球に紹介してきた。宇宙の隅々まで人類が住むようになった今でも、他の惑星に行く機会はあまりない。惑星間旅行の人工冬眠は遺伝子に影響するため三回が限界だったからである。

 由紀夫は人工冬眠のダメージを全く受けない特異体質だった。その才能を生かして、彼は惑星の旅行記、エッセイを自分の生業としていた。

 どの惑星の情報も瞬時に伝わる時代であったが、生活に密着した地味な話しはニュースにはならない。そうした御当地情報を書くのが由紀夫の仕事であり、天職として人生をかけていたのだった。

 由紀夫の記事はそれなりの読者数もいて、十分食べていけた。けれど、人とは異なる体質という財産を持っているのに、やっていることは地味な記事を書くエッセイスト。そんな生活に飽き飽きしていた。

 何か歴史に残る特ダネを発表して世界中、いや宇宙中に自分の存在を知らしめたい。

 そんな胸一杯の野望を抱えて銀河の辺境の地にある、この惑星にやって来たのだった。

 しかし、この星に来たものの、記者魂をくすぐるネタは見つからなかった。特別な風習もなく、特別な建物も料理もない。あまりに地味すぎる。

 ハズレだと分かったら直ぐに他の目ぼしい星に飛んでいくのが鉄則である。すぐに宇宙船を予約した。

 しかし、その状況が一転した。

 きっかけは腹痛だった。夜中に急に腹痛がして、ロビーに電話をしたが誰もでない。旅行者が少ない星はこんなものである。少し横になっていたら治った。

 ところが、次の夜もまた腹痛に襲われた。薬だけでも貰おうとロビーに行ったが、ホテルの従業員はいなかった。仕方がないので近くの住民に助けてもらおうとホテルを出て訪ね歩いたが、誰も出て来ない。

 ふらついているうちに、運良く腹痛は治った。腹痛のおかげで、夜には誰もいない星という、由紀夫の記者魂を奮い立たせるネタに出会ったのであった。

 由紀夫は、ホテルの従業員を見張ることにした。

 夜が更けて、二時になろうとしている。ロビーに隠れて様子を見ていると、従業員達は一斉に地下に降りて行く。後をつけてホテルの地下まで行った。そこは運動場のように土がむき出しになっていた。

 その土の中に、まるで地下への階段があるかのように、従業員はどんどん降りて消えていった。次の夜、その風景をビデオに収めた。この星の独特な風習なのかもしれない。

 遥か果の星まで来た甲斐があった。裏を取ろうとホテルのオーナーへインタビューをした。オーナーは由紀夫の話しを聞き、ビデオを見ると、少しここで待っていて下さいと部屋を出て行った。

 しばらくするとオーナーは身なりのいい白髪の老人と一緒に戻ってきた。

 老人は自分はこの星の大臣だと名乗った。

「話は聞きました。あなたは、そのビデオを公開されますか」

 何が起こっているのかを聞かせてもらってから判断すると由紀夫は答えた。

「そうですか。それでは正直に話します。実はこの星の住民と星は一体なのです。我々はこの星から直接栄養をもらっているのです。あまり旅行者も来ない辺鄙な星なので知られることはありませんでした」

 言われてみれば、この星の住民が食事をしているのを見たことがない。

「この事を他の星の人が、地球の人が知ったら、興味本位で騒ぎ出すに違いありません。私達は静かに生きていきたいのです。ここで見たことを忘れて頂けないでしょうか」

 老人は何度も発表しないでくれと頼んできた。

「仕方ありませんね。人を不幸にする記事は書かないのが私の信念です」

 そう由紀夫は言っても、心の中では記事にすることを決めていた。

 こんな「特ダネ」を捨てるわけがない。

 そんな心を老人に見透かされたと思ったが、「理解して頂きましてありがとうございます」と言って去っていった。

 由紀夫は部屋からビデオテープを持ってきてオーナーに渡した。勿論コピーである。人が良いこの星の住民であれば気づくことはない。

 翌日ホテルから宇宙基地に行く間、この星の住民がいつも由紀夫を見張っているような気がした。搭乗手続きを済まして宇宙船に行く。

 来た時と違って土がむき出しになっている。現在改装中でご迷惑をおかけしますとアナウンスが流れていた。

 道を歩いていると由紀夫は地面の中にどんどん沈んでいく。あがけばあがくほど沈んでいった。

 胸まで沈んだころ、あの老人がやってきて、黙って由紀夫を見ている。

「大臣、俺が悪かった。絶対この星のことは書かない」     

 老人は静かに話し始めた。

「もうひとつお話するのを忘れていました。我々は星から栄養をもらっていますが、この星も栄養を必要としています」

 もう首まで由紀夫は沈んでいた。しかし、頭の上まで必死になってビデオテープを掲げている。

「ほんの少しだけの栄養でいいのです。何年かに一度この星に来る旅行者くらいの栄養で」

 もう由紀夫の耳は地面に沈んでいたので、老人の声は聞こえなかた。

「誰か、俺を撮っているか。撮っていたらこのテープと一緒に地球に送ってくれ。俺の特ダネなんだ。誰でもいい地球に送ってくれ」

 もう地面の模様にしか見えない口で、由紀夫は叫び続けるのだった。

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