第6話 あったか我が家が待っている
またしてもちやほやされてしまった。
初めての狩りのとき、せっかく自分で狩ったのだからと俺の獲物は全部血抜きをしていたんだが。そのせいで、ウサギはうまいという考えが群れに広まってしまった。
しかし、俺以外のやつが狩ってきたウサギの肉はまずい。それが何故かと原始人なりに考えた結果、「神様的な超自然的な存在がギーロを守っているのでは?」という、すごく嬉しくない方向に進みかけたので、大慌てで血抜きを教えた。
血抜きをすると血に含まれる栄養素も失われるから、食料が限られているこの時代ではあまりやりすぎないほうがいいとは思うのだが……どうせ食べるならうまいほうがいい、というのはサピエンスに限った話ではないようだ。
結果、群れの食生活が量的にも質的にも上向き、群れの連中からの評価もうなぎ上りでイマココという状況である。
人間にはわからない上位存在を想定する、というのはある意味で原始宗教の芽生えが始まっているような気がして微笑ましいが、その対象が俺というのはやめてもらいたい。
ちやほや自体は嫌じゃないんだが、俺は俺の当たり前をこの時代で出来る限り再現しようとしているだけなんだから、なんだか違う気がするんだよ。
いや、確かに努力しないでちやほやされたいって願ったけども。
「おじちゃん、今日は何するの!?」
「今日はな、いよいよ家を作ろうと思うんだ」
「イエってなーに?」
「それは見てのお楽しみだ」
そんな俺は今、子供たちにじゃれつかれている。
狩りには出ないのかって? いいんだよ、俺より優秀なハンターは腐るほどいる。投石器だって、俺が一番うまく投石器が使えるんだと思っていたが、あっさりと他のやつらに追い抜かれたからな。
転生してもなお俺の能力は中途半端なのかとそのときはへこんだが、子供の成長はいつの時代でも早いのだ(結局投石器は子供用の狩り道具に落ち着いた)と無理やり納得させて今に至る。
そんなわけで狩りを半ば恒久的に免除された(厄介払いとも言う)俺は、道具を作ったり、新しいものを開発する担当として群れに常駐することになった。兄貴たち群れの実力者はもちろん、長老たちも満場一致の判断である。
初めての狩りからおよそ二カ月。俺の転生を基準とした日付にして三月初旬。少しだけ寒さが和らいできたある日のことであった。
「まずは用意していた木を集めるぞ。持って行くのは穴を掘っていた場所だから、そこに集合な」
「はーい!」
「わかったー!」
いつの時代も、どの生き物も、子供たちは無邪気なものだな。俺の言葉を受けて、賑やかに森のほうへと向かっていく。
子供と言っても、まだ身体が出来上がっていない幼い子供から、成人目前の結構ガタイのいいやつまでいる。
だが、その男女比は成人に比べればまっとうだ。やはり男のほうが多くはあるが、それなりに女の子が混じっているのだ。幼少期の成長速度は、あまり男女差がないのかもしれない。
サピエンスでは女のほうが少し早めに大きくなるが、アルブスの場合は男の到達点がアレなだけに、男女の成長速度は外見上同じくらいになっているのかな?
実際に赤ん坊から成人までの過程を見ていないからはっきりとしたことは言えないし、俺を含めて全員が年齢不詳だから、断言なんてできないけれども。
そんなわけだから、子供のうちは男も女も変わらずかわいらしい。以前言った通り、原始人とは思えないくらいムダ毛がなかったり、肌が不思議なほど美しい白さを持つアルブスだけに、そのかわいさはより人目を惹く。その筋の人から見たら垂涎ものだろう。
まあ、男の子たちは将来二次性徴を迎えたら、一気にガチムチへ成長するわけだが。ショタコンキラーだな。物理的な意味で。
「みんな、気をつけろよ。重いからな」
「こら。そっち、ぶら下がったらいけないぞ」
そんな子供たちを後ろから眺めながら、俺は彼らの中でもリーダーシップを発揮する子供たちを特に注視する。
彼らはいずれも成人を間近に控えていて、ヒョロガリの名を持つ俺とさほど体格が変わらないやつすらいる。そんな彼らが持って……いや、担いでいるのは丸太だ。
その大きさは結構なものだ。直径は三十センチくらいはあるだろうか。長さも軽く三メートルは超えるだろう。もちろん一人で持っているわけではないが、やっているのが子供ということを考えると驚異的な光景だ。子供とはいえさすがはアルブスの男と言ったところか。
周りにちまちまとくっついている年少組は……賑やかしみたいなものだな。あのサイズの丸太を持ち運ぶとなると、彼らじゃ役には立たない。
でも子供って、大人がやっていることを真似したがるものだ。邪魔にならない範囲で同じことをさせてあげるのは大事だと思う。それに、あのサイズ以外……パーツの一部である小型、超小型の丸太(ここまで来ると枝か)も運んでもらわないといけないからな。
と、まあそんな感じで、彼らが危なげなく丸太を運んでいくのを見ながら思う。
「……俺らって、武器としての槍とか斧っていらないんじゃーねかな……」
なんてつぶやいて、まだいくつもある中から一本の丸太を拾い上げる。
これらはすべて、家づくりのためにここ二か月間ずっと準備し続けてきたものだ。乾燥させた後、すべて天然アスファルトで塗装してある。その黒さは、武器として考えると得も言われぬ威圧感を醸し出している気がする。大半が硬いクルミの木だから、余計だろう。
ものすごく簡単な石斧以外はさしたる道具もなく、ほとんど腕力だけで伐採できてしまった事実はちょっと目をそらしたいところだが。
その丸太を、槍のように構えてみる。周りには……よし、誰もいないな。
【みんな丸太は持ったな! 行くぞォ!】
そして日本語であのセリフを言いながら、振り回してみる。ぶおん、という野太い風切り音が鳴り響いた。
「……行けそうなんだよなあ……」
アルブスの男としてはヒョロいとはいえ、俺ですらこれくらいの中型の丸太くらいなら一人でも持てるんだぞ? となると、他の男たちも大体は持てるというわけで……。
今度バンパ兄貴に使わせてみるか? 大型の獲物を狙う時なんか、有効なんじゃないかな……。
別に振り回さなくとも、兄貴なら投げ槍ならぬ投げ丸太とか普通に出来そうだしな……。
「ギーロさん、何やってんの?」
「今なんて言ったの?」
「あ、いや、なんでもない」
「? へんなおじちゃん」
「気にするな。いいな? お前たちは何も見なかったんだ、な?」
「え、う、うん……」
うわぁ恥ずかしっ! 誰もいないと思ったら普通にいたよ! 積んである材木の影に!
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
と、そんな感じであっという間に一か月半が過ぎた。四月の中旬だ。
色々なことがあったが、どうにかこうにか家を建てることに成功した。
ご覧ください、この立派な竪穴式住居! 我々アルブスの男でも問題なく生活ができる広さと高さを担保した、オーパーツ級の住居でございます!
何もない、他より少しだけ高かっただけの空き地が……なんということでしょう。富士山さながらの美しい稜線を描く丘のように。
もちろん実際は丘ではありません。土で補強もしてはいますが、実際のところは乾燥させた葦藁の束を幾重にも重ね、耐水性と保温性を持たせた機能美溢れる外観となっているのです。
続いて中に入ってみましょう。……と、その前に玄関です。さすがに鍵を用意することはできませんでしたが、扉は用意できました。木組みをうまく造ることで、上下に開閉することができるのです。
あ、玄関をくぐりますと下へ続く階段がございます。足元にお気をつけて。
さあ内装をご覧ください。人間が適応していないはずの大地の下が……なんということでしょう。広々としたリビングダイニングへと姿を変えました。
その広さ、実におよそ二十畳ほど。アルブスの中でも大柄な旦那さんも、これにはびっくり。
そしてさらにご覧ください。南側には、玄関とほぼ同じ構造で作られた採光窓が二つございます。今の時間帯であれば……なんということでしょう。外の光がまっすぐに差し込んできます。まるで神秘的な洞窟のようです。半ば地面の中という竪穴式住居の欠点を補うべく、匠が絞った知恵が光ります。
……疲れるな、このスタイル。そもそも大改造以前に新築なんだから、こっちは不適当だったか。不覚。
群れ総出でかなり完成を急いだから、テンションがおかしなことになっているみたいだ。
「これは……もう、なんというか、俺にはどう言えばいいのかもわからない」
兄貴がほう、と感嘆の吐息を漏らしながら屋内をじっくりと眺めている。
それはそうだろう。兄貴は今、この地球上で初めて家というものを手にした人類になったのだから。
だが、俺のほうはまだ説明が終わっていない。一周回ってテンションが戻ってきたから、一旦説明を切っただけなんだ。すまんな。
「まだあるぞ、兄貴」
「まだ何かあるのか!?」
「ああ。そこを見てくれ。
「あ、ああ、あるな。その上にわら? も敷いてあるようだが……」
俺が示したのは部屋の端。そこには俺と兄貴が言う通りの光景が、長方形になっていた。かなりの広さになる。
「あれはベッドだ。土の上に寝転がるのは俺らでも結構きついからな」
「おお、あれが……!」
普段俺らは、夜になると焚火の周囲から距離を取って、森の中の柔らかい土や草木の上で寝ている。正直言って、寒さと相まって寝心地は最悪だ。どれくらいひどいかと言うと、俺は転生してからというもの、一度足りとて熟睡できたことがないと言えばわかってもらえるだろうか。
俺でそうなのだから、女子供はさらにきついはずだ。ただでさえ体力で劣るアルブスの女にとって、それは恐らく死亡率を高める要因の一つだと俺はずっと踏んでいたのだ。
だから、家を建てるなら絶対に寝床もしっかり用意すると決めていた。外で寝るにしても、あればあるだけ便利だろうと思って、これを機に群れの全員分を作ったよ。
建設と並行してだったから、蓆も俺が全部作ったわけではないけどな。ただ投石器もそうだが、教えたら教えただけ、俺よりうまく編むやつが出てくるのは複雑な心境だった……。
「……確かに、これは寝やすそうだ」
兄貴が葦藁を軽く押している。ふわふわとはいかないが、それなりに身体を優しく包み込んでくれるはずだ。
欲を言えば、ここに布を敷いてやりたいんだが……まだ布を作る段階には至れていないからそこはまたいずれ、だ。
なお、これに限らず今回あちこちで使った大量の葦は、ここから北に三十分ほど行ったところにある川べりで集めてきたものだ。今まで利用したやつなどいないからだろう、見渡す限り葦だらけで使い放題だったぜ。
かなり使ったが、それでもまだかなり残っていたから今後も使わせてもらう予定だ。
さて次だ。
この他にも、将来のことを見据えて壁際にはかまども用意してあるのだ。いずれ器を作った暁には……。
「ギーロ……ありがとう、こんなすごいものを作ってくれて」
「兄貴、何言ってるんだよ。ずっと兄貴には世話になってきたんだから、これくらいは当たり前さ」
「それでも言わせてくれ、ありがとう……これでサテラを寒さから守ってやれる……」
あれ? ちょ、兄貴? 何、もしかして〆に入ってる? 待って待って、まだあるよ? まだ俺、紹介しきってないよ?
何涙が浮かべているんだよ。そんなに嬉しかったのか。やめてくれよ、俺は純粋に兄貴の為だけにやったんじゃないんだぞ。
確かに兄貴やサテラ義姉さんのためというのはあったが、一番は俺が生き残るために必要だったからなんだ。そのために家を作ろうとして、でもこの世界で初めての概念を普及させるために、兄貴の名前を使わせてもらっただけなんだぞ。
言ってみれば、兄貴を出汁にしたんだ。それなのに、そんな……そんな泣いて喜ばれたら、俺はどうしたらいいんだよ。
「……兄貴、義姉さんを呼ぶまでには泣き止んどけよ?」
しばらく考えて、気の利いたセリフがまったく浮かばなかった俺は、やっぱり程度が知れている。こんなんだから、できるエリートに彼女を取られるんだよ……。
「あ、ああ……そうだな、ふふ……まさか、俺もこう……こんな、泣くなんて思ってもみなかった……」
「それだけ義姉さんのことを大事にしてるからだろ?」
「ま、まあな……」
泣きながら照れ笑いするとか、兄貴もなかなか器用なことをするな。義姉さんもよくこんな優良物件捕まえたもんだよ。
……ん? あれ、そういえば言ってなかったか。そう、兄貴は既婚者だ。それがさっきから名前の挙がっているサテラという人だ。
人工衛星みたいな名前だが、アルブス的には「元気」的な意味になる。うん、まあ、お察しの通りおてんばな元気っ子だ。アルヴスの女はその体格故に戦いには一切向かないため、守られることが基本で大人しい性格の子が多いのだが……そういう意味では群れの中でも変わり種と言えると思う。
何せ、投石器ができて以降、兄貴にくっついて狩りに行こうとするくらいだからよっぽどだぞ。毎回兄貴が必死こいてなだめすかしているのは、ここ数カ月ですっかりおなじみの光景である。
だがなんだかんだで、大らかで優しい兄貴とは相性がいいんだろう。俺が関わっていないところでは、よく二人で森の中に消えていくのを見られているからな。
何をしに行っているかは、聞かないで差し上げろ。それが大人というものだ。
「ギーロも、そろそろ相手を探さないとな」
「……ソウダナー、カンガエトカナイトナー」
いや兄貴、そこはまだ大丈夫だから。
俺、まだ諦めてないから。
俺、サピエンスのおっぱいのでかい女を諦めてないから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます