一話 胡蝶の夢
蝶が羽ばたく夢を見る。正確には見た、という表現になるのだろう。既に目覚めてしまい、夢を見たこと自体はもう過去の話になったのだから。
自分が蝶になり、同じ蝶の仲間を追いかけていく、そんな夢。思い返せば、なんてことはない夢だったけれど、夢を見ていた時は、自分は蝶なのだと本気で思っていたし、目覚めた時は一瞬、自分が蝶なのか人間なのか分からなくなっていた。
まるで、胡蝶の夢のようだった。
倫理の授業で聞いた故事の一つだ。蝶になる夢を見て、目覚めた時、自分が夢で蝶になっていたのか、自分は元々蝶で、人間になっている夢を今見ているのか分からなくなったという内容だったはずだ。転じて、夢と現実との境が区別できなくなることなどによく例えられる。
でも、自分にとっては、蝶という単語を聞くと、別の言葉の方が思い出されるのだ。
――バタフライ効果。ブラジルにいた蝶の僅かな羽ばたきによる風が、巡り巡ってブラジルから遠い地、アメリカのテキサスでハリケーンが起こす事象へと発展させることにも成り得るという、気象用語の一つだ。
蝶の羽ばたき一つで、いとも容易く現象は変化していく。自分が起こした些細な行動が、誰かの不幸へと繋がっていくのだ。いつからか自覚した、自分の役目。終わりがあるとすれば、自らの死をもってだろう。
だから、これからも突き進むしかない。たとえその先が、動きを封じられ、生を刈り取られるまで待つしかない蜘蛛の巣だったとしても。
――自分にはもう、前に進むしか道がないのだから。
「おはよう」
制服に着替え、家の外で待っていた友人に声をかける。
「おはよう」
挨拶を返してくれた友人に笑いかけ、同時に足を踏み出した。
左手首に巻いたリストバンドで隠した秘密。
隣で笑う友人は、今日も何も知らないままだ
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