神なき街で夜明けを共に
烏多森 慎也
序章
目の前にある光景を異様だと思わないのは、自分の感覚が壊れているからなのだろう。
目の前に広がるのは、機械仕掛けの神殿だ。
その中央、全てのケーブルが繋がる祭壇には、円筒形の機械が備え付けられている。
大企業の工場などにある
「ノアの代わりにこんなものを見つけるとは……あながち、ハズレとも言い難いか」
叢司は呟きながら、慎重に歩を進める。
生体炉の中央、ガラスで覆われた円筒形の装置は半透明の液体で満たされていた。まるで培養槽か、巨大な試験管だ。
液体の中には、一つの人影が浮かんでいた。
いや――それを人と呼んでもいいものか。
『それ』はもはや、人間としての最低限の形しか保っていなかった。
頭と胴体は残っているが、手足はない。肩と腿から先は切除手術でも受けたのか、綺麗になくなっていた。かつて関節部があったであろう場所には金属製の機器がはめられ、そこから四方に伸びたコードが、芋虫のような『それ』を磔よろしく固定していた。
頭部も無残なものだ。くすんだ銀髪は荒れ放題で、薬物の影響か眼球は白濁している。そのうえ口には轡がはめられ、喋ることもできないようにされていた。
「生きては……いるようだな」
ほとんど骨と皮だけになった胸板は、それでも微かに上下している。わずかに膨らんだ胸元を見て、そこで初めて、叢司は『それ』が女性であることに気がついた。
(……ここまで来たら、男でも女でも変わらないけどな)
十四番と書かれたプレートを見ながら、叢司は心の中で呟く。
科学と
叢司は床を埋め尽くすケーブルを無造作に踏みつけながら、彼女へと近づいた。
濁った瞳をガラス越しに覗き込む。だが少女が反応を見せる様子はなかった。有機コードの鎖に繋がれ、保護液の牢に閉じこめられた姫君は、何も語らずにただ朽ちる時を待っている。
叢司はナイフを取り出し、自分の指を薄く切る。
切り口から滲み出た血を、叢司は指全体に擦りつけていった。やがて指の腹が、鮮血で赤く染まる。その血に染まった部分を、叢司はそっと強化ガラスの表層に触れさせた。
「おい、聞こえるか? ここから助かりたいと願うか?」
問いかけるが、反応はない。
血を媒介した神導で精神に直接呼びかけているので、水中であっても聞こえるはずだ。だが肝心の精神が死んでいた場合は、もうどうしようもない。
「助かりたいなら助けよう。死にたいなら殺そう。だから問う。お前はどうしたい?」
やはり反応はない。
意思を消去されているのか、それとも廃人になってしまっているのか。無駄だったか、と叢司が思った時、掌を介して微かに声が聞こえた気がした。
『……きたい』
それは錯覚と言われればそれまでの、本当に小さな声。
だが叢司は、少女の願いを確かに聞き届けた。
「いいだろう。少し苦しいかもしれないが、我慢しろ」
優しげに微笑み、叢司は腰の得物に手を伸ばす。
金属を断ち切る音と物々しい警報が、闇の中に響き渡った。
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