死にたいんだが、いくら頑張っても死ねない

九条空

死にたいんだが、いくら頑張っても死ねない

辺境の村


 日本で学生をやっていた俺だが、紆余曲折あり今現在は中世ヨーロッパじみた露骨なファンタジー世界で村人をやっている。


 社会人生活に疲れた誰かが心底望んでいそうな、自給自足のスローライフだ。


 リーナというのが今の俺の名前で、とっても田舎な村に住む、純朴な女性……ということになっている。

 中身は全然純朴な女性じゃないが、少なくとも見た目や評判はそうなのだ。


 今のところ俺のが変だということは村人にバレていないし、これからもバラすつもりはない。

 そういうのはトラブルを巻き起こすだけなのだ。


「リーナ、本当にこれでいいのか?」

「うん、大丈夫大丈夫」


 俺と会話をしているのは、ダンという名前の、同じく田舎に住む好青年だ。

 前世の経験から、なんとなくリーナに惚れているような気がするが、その恋は叶うことはないような気がする。

 かわいそうに。


「リーナが突然、害獣の撃退方法を知ってます! なんて言い出すから、みんな変に思ってたよ」

「え、そう?」


 ここでいう害獣というのは、魔物の一種である。

 雑魚なので動物と同じ扱いをされているが。


 見た目は太ったコウモリで、大きさは大型犬くらいある。

 作物を荒らす害獣で、最近この村の近くで増え始めて、収穫量が減って困っているのだ。


 それを見かねて、俺が解決策を提案した。

 村人はみんな半信半疑だったが、やってみせれば納得するだろうということで、今はその解決策をダンと一緒に実行しているところである。


「ホントにこんなので、害獣が来なくなるのか?」

「なるなる。まあ、騙されたと思って試してみようよ」


 ダンと俺は、大きな鍋でみじん切りにした草を煮込んでいた。


 この村だと家畜の餌に用いられることもある雑草で、この村の近くで取れるこの雑草の煮汁を、あの化物コウモリは嫌うのである。

 ミントみたいなスースーする匂いがするが、俺はこの匂いが嫌いではない。

 ダンは苦手なようで、顔をしかめっぱなしだけどな。


 この煮汁を村の畑の柵とかそのへんに塗っておけば害獣は近寄らなくなり、農作物は守られるはずだ。


「リーナは、こんなことをどこで知ったんだ?」

「ん、んー? どこで聞いたんだったかなあ、アハハハアハ。忘れちゃったよ」

「そうか……」


 こちらを見てくるダンの目からは、疑いが消えていない。

 失敗したような気がする。


 それなりに世話になったダンやこの村に、なにかお礼がしたいと思ってのことなのだが、俺のこういう善意は、たいていの場合裏目にでるからなあ。


 まあ、ダンが俺を気味悪がって、恋心が消えればそれはそれで彼自身のためになるだろう。

 なんせ俺がダンに恋する可能性は、限りなく0に近いからな。


「この前、家畜の買い付けに村の外に出た、そのときか?」

「そうかも。その時に聞いたんだったかなー、アハハァ」


 日本人の必殺技、都合の悪いことは笑ってごまかす。

 へらへらしていると、ダンはそれ以上追求することを諦めたようだった。

 ふいー、危ねえ危ねえ。




 雑草の煮汁は、俺が思っていた通りの効果を発揮したらしい。

 害獣に畑の作物の半分ほどを食い荒らされて困っていた村人は、俺に大いに感謝してくれた。


 人が喜ぶことをするのは、非常に気分がいい。

 別に善人を気取るわけではないが、悪人を気取っているわけでもないしな。


「リーナ」


 お礼に、と渡された野菜を抱えながら家路を歩いていると、声をかけられた。


 振り返ると、そこにいたのはこの村唯一の神父様である。

 この世界はの人間は多くが一神教を信仰しており、俺がいままで訪れたどんな村でもその神を信仰している。


 この村も例外ではなかった。

 一神教だからか、神の名はない。ただ神、と呼ばれるのみだ。


「ダンから相談があったのです」

「ダン?」


 神父様は、他の村人と比べると垢抜けた感じだ。


 村人の話し方はひどくなまっていたりするのだが、彼はきれいな標準語である。

 礼儀正しく、動きも洗練されている。

 どっかの教会で勉強しつつ育ってきたんだろうな、という印象だ。


「どんな相談です?」

「リーナについて」


 お、おおう。ダンめ、何してくれてんだ。


 そりゃあ、ダンはお年頃の男の子だからな、香ばしい悩み事をたくさんもっているのだろう。

 でも、でもな。恋の相談を神父様にするのはどうかと思うぜ……。


「リーナは1月ほど前から、様子がおかしくなったと聞きます」


 って、なんだ。恋バナじゃねえのかよ。

 俺がちょっと自意識過剰みたいになって腑に落ちねえぞ。


 神父様は、この村でご意見番的な役どころにいる。


 村人は困ったことがあると、まず神父様に相談するのだ。

 カウンセラー的役割である。


 この前は村長が、娘の反抗期について神父様に相談しているのを見た。

 村長……ちょっと威厳に欠けるな村長……。


「村に出て豚の屠殺に関わったからじゃないかなと思います。なんか命のありがたみを知ってたくましくなっちゃった的な? アハハァ」

「リーナはみんなが知らないようなことを知っているようになった、とも聞きました」

「えーっと、いろいろ聞いたの。そこで」


 必殺、笑って誤魔化せが効かないだと!?

 この神父様、やりおる……。

 俺は両手に抱えた野菜のせいで、冷や汗を拭えないままでいた。


「逆に、知っているはずのことを知らないようでもある。リーナ、私の名前はわかりますか?」

「え? えー……っと。あ、アハハアハ。ちょっと、ド忘れしちゃったかも」

「叔父の名前を忘れたのですか?」


 な、なんだってー!?

 衝撃の事実! 俺は神父様と血縁関係があった!


 だからどうしたって話だが……だが、まあ、たしかにこの状況はまずい。

 どうやってこの状況をごまかすか、必死に考えを巡らせていると、神父様の背後の茂みが動くのが目に入った。


「来なさい」


 茂みから出てきたのは村人たちである。

 あれ、ダンもいるじゃないか。どうしたんだそんな心配そうな顔をして。


「この者を捕らえよ」

「ちょ、ええ?」


 ダンの心配ができたのはその一瞬だけで、次に俺は自分の心配をしなきゃいけなくなった。


 村人たちはずかずかと俺の方に向かってくると、問答無用で地面に引きずり倒したのだ。

 いででででっ、と純朴な女性にあるまじき品のない声を上げるが、誰も気にとめない。


「な、なにするんですか」

「黙りなさい、魔のものよ」

「ま、マノモノ? なんだそのお早めにお召し上がらなきゃいけない感じの響きは……」

「リーナは様子のおかしくなった1月前に、魔物にとりつかれたのです」


 マノモノとナマモノをかけた俺のボケは誰にも拾ってもらえなかった。

 神父様はまゆひとつ動かさず、村人に指示を出す。

 どうやら俺は、このまま教会に引きずって連れて行かれるようだ。


「神父様、リーナにひどいことをするのは……!」

「ダン、あれはもうリーナではないのです」

「そんなっ!?」


 魔女裁判的なノリだと、俺はようやく理解した。


 よかれと思って、害獣の撃退方法を教えたり、家畜を肥やす方法を教えたり、村のためになりそうなことをしてきたんだけどな。

 どうやらそれは、自分のためになることではなかったらしい。


「でも、リーナは……」

「ダン」


 髪をひっつかまれて無理やり立たされる。

 これは本当に、年貢の収めどきという感じだ。

 ここから無事に生き延びられる方法を思いつくことができない。


「それ以上わたしを庇わないほうがいい。君も死ぬぞ」


 ダンにアドバイスする。

 村人たちに踏みつけられて、もう食べることができそうにないお礼の野菜たちを眺める。


 あーあ、これで俺が死んだら、ダンに一生消えない心の傷を残しそうだな。

 かわいそうに。キスくらいしてやればよかっただろうか。


 いや……それだと余計に、俺が死んだら悲しむことになるよな。


 うん、キスしなくてよかった。ハグもしてないし。手は一回つないだけど。

 それも事故みたいなもんだったし、一回手をつないだ程度の女が死んだところで、再起不能になったりはしないよな?


 しないよな、ダン! お前がそんなヤワな男じゃないって、俺は信じてるぜ!





「ここのところ、リーナの様子がおかしかったのは皆の知るところであろう」


 神父様の朗々とした声が、村に響く。

 俺が連れてこられた教会は、村の中心に位置している。


 教会前の広場。

 神父様の一声で村じゅうの人たちが集められたそこに、俺は磔にされていた。


 十字架ではなく、T字型の木に、手足を釘で打ち付けられている。

 めっちゃ痛いし血はだくだく流れてるし、もうすでに死にそうだ。


 釘で女の子打ち付けるとか正気かよ。

 俺は標本の虫じゃないんだぞ、見損なったぜ神父様。

 そうか、君はそういうやつだったんだな。


「知るはずのないことを知っている。害獣の撃退方法、家畜を肥やす方法。これらの知識をどこで得たのか、リーナに問い詰めても答えない」


 だって、俺も覚えてねえんだもの。

 誰に聞いたんだったかなあ。

 知り合いのエルフだったような気がするんだけど。


 神父様の言葉を、村人たちは神妙な顔で聞いている。

 神父様の権力って、正直村長よりでかいんだよなあ……村人じゃなくて、神父様のためになることをすりゃよかったのかな。


 そうすりゃ、死なずに済んだのか。


「これらの知識は、周辺の村人たちも知らないものであったのだ」


 なんだって、と村人たちはざわつき始める。

 なんだって、って言いたいのはこっちだ。

 なんでそんくらい知らないんだよ……俺が前いたとこでは常識だったんだぞ。ここがクソ田舎なせいだろ。


「さらに、リーナは叔父である私の名すら知らなかった。これは実際、その様子を見た者もいるだろう」


 村人たちの何人かが頷く。


「子供の頃、あんなに神父様になついていたってのに……どうして……」という女性のつぶやきも聞こえてくる。


 く、くそー、そうなの? 俺ってばそんなに神父様と仲良かったの?

 じゃあ名前わからなかったのは本当に失態だよなぁ!


「これらの証拠により、ここにいるのはリーナではない。リーナに成り代わった魔物である!」


 キャア、という悲鳴が上がる。

 それは神父様の言葉を頭っから信じて、俺を化物だと恐れている声だ。


「なにより、多くの時間を共にしてきたダンが、あれはリーナではない、と言ったのだ」

「なっ、ちが……!」

「ダン、たしかに君はそう言っただろう」

「まるで違う人になっちまったみたい、とは、言ったけど……でも」


 ダンの反論は煮え切らない。


 たしかに、リーナが違う人のようになってしまった、と思っているのは事実なのだろう。

 だからこそ、あれは魔物じゃなくリーナだから殺さないで、とはっきり言うことができないのだ。

 ダン、ごめん。お前はいいやつだったよ。


「なにか申し開きはあるか」


 魔物に遺言を残す機会を与えてくれるとは、神父様もなかなかお優しいようだ。


 俺を磔にしている釘は、手首の動脈を貫いている。

 ここから何か弁明して、魔物じゃないと証明できたとしても、この村の医療技術じゃ俺はどっちみち死ぬだろう。


 それでも、一縷の望みにかけて、俺はをした。


「やめたほうがいい。俺を殺すのは」


 神父様は無言で、ちょっとした装飾のついた、ちょっとだけ高そうなナイフを構えると、俺の胸に勢いよく突き刺した。



 神父様の握ったナイフが心臓を貫通して、リーナは死んだ。

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