第42話 3人目
ナナシが『現世界』より『入手ルート不明』なC-4プラスチック爆薬で、
ゴブリンの塒そのものを吹っ飛ばすという、ライトノベル書籍やアニメの
登場人物ですらそんな暴挙での解決方法をとろうとはしないだろうという
力業(?)を行ってから2年―――
辺境城塞都市ヤンクールの『冒険者ギルド』建物内、関係者以外立ち入り
禁止区域にある『冒険者ギルド職員休憩室』に
ナナシとゴンザレスがいた
テーブルを挟んで向かい合うように座っている場所に、3人目の
姿もあった
その3人目は、長身痩躯で軽装鎧に身を包み、如何にも盗賊風の
男だった
小柄だが痩躯ではなく、それなりに筋肉質な身体付きである事が
良く分かる
椅子に腰かけて足を組んでいる盗賊風の男は、漆黒のフード付きのマントを
羽織り両手を黒い革手袋で覆っていた
黒一色で統一した軽装は、動きやすく音の立たないように工夫されている
フードを深く被って素顔は視えないが、覗ける貌部分は『仮面』で覆っていた
その仮面は、『現世界』の祭礼や縁日などの屋台で売られている『狐面』を
黒く染め上げた不気味な狐面だ
また、盗賊風の男は両手で立体パズルのルービックキューブを手慣れた
様子で組み上げている
良く観察すると、立体パズルのルービックキューブには片手だけで
全ての面に揃えて いた様だった。
そして何故か片手には未だに開封されていない茶封筒が握られていた
それは『異世界』で流通している粗悪な羊紙ではなく、『現世界』で
流通している 市販の便箋だ。
いささか、異様な光景でも幸い時間帯的に『冒険者ギルド職員休憩室』には
3人以外の姿はなかった
「無期限のR&R(rest and recuperation)が、俺達のティームに易々と
許可されただと・・・?」
ゴンザレスは、信じられないと言わんばかりに眼を丸くしつつ、差し出された
開封されていない茶封筒を受け取りその中身を覗き込む
「少なくとも上に受理されなきゃ、この『異世界』何かに
オルテガは誘っても来ないだろ?
しばらくしたら、ロドリゲスもこっちに来るぞ
あいつなんかずいぶんとこっち側に来てないから、事情知っている
冒険者連中が、『ロドリゲス死んだのか』 『お前らはたまに見るが、
ロドリゲスはどうしたんだ?』とか、口々に言って いたぞ
あいつ、このまま来なきゃ死んだことされるかもな」
ナナシが、話の発端の茶封筒を覗き込んでいるゴンザレスに
そう言う
『現世界』では米国同時多発テロ以降、『手野武装警備株式会社』特務課は、
特に組織の中でも、対テロや非合法工作などの業務でほぼ無休の状態だ
特務課の業務は各国の警察組織や諜報機関などの協同での、公には
できない業務が 主だ
手野グループ全体の警備保障事業において、要人警護・施設警備・
防災訓練・イベント企画、各種保険代理業等
幅広い分野で実績を積み重ねている
特に『特務課秘密武装警備員』は、いずれも実戦経験に溢れた
猛者揃いであるが、危険性の高い『極秘任務』『緊急事態』業務で
多忙を極める 特殊な業務形態のため、世間には公表されてもいない
特務課には10ティームが編成されており、その中でもナナシティームが
異彩を放っている
米国同時多発テロ以降、世界を股にかけて暗躍する国際テロリスト集団の
活動の探知、国際犯罪組織の極秘裏での殲滅などといった
度を越した『依頼』を 完遂して多大な実績を積み上げている
それ故に先進各国の諜報機関や秘密捜査官などの間では、伝説と
神話の様に囁かれる事もある
英雄的もしくは反英雄的な存在として、ナナシ達のティームを
捉える者もいるほどだ
一体誰が最初に名付けたのかは不明だが、世界各国の政府関係者からは
北欧神話に登場する番犬になぞらえて『ガルム・ハウンド』という
秘匿名で呼ばれる事が多い
もちろん『手野武装警備株式会』は、その様なティームは存在しないと
一笑に伏して不定しているが
「簡単に受理されることはまずない
現に今年、アフリカ方面担当ティームが、派遣先で3人も殉職しているんだ」
『狐面』を着けた盗賊風の男――オルテガが男とも女ともつかぬ中性的な声で
そう溜息交じりに言う
米国同時多発テロ以降、『特務課秘密武装警備員』は、情け容赦もない
『依頼』が増え続けており、『特務課秘密武装警備員』は4
40人も死亡している
もちろん契約金と成功報酬は破格だ
大半の依頼人が各国の政府や諜報機関の関係者で、『依頼』が
暗殺や工作活動などの『汚れ仕事』がである以上
安い金額では引き受ける事はしない
「1年前南米方面担当ティームでも、2人死亡していたはずだ
その穴埋めの増員も兼ねたメンバーの強化も検討中なのに、よくまぁ
マジで許可されたというか」
ゴンザレスはしばらく、何事か考えつつもそう呟く
――ナナシ達も『R&R』中はそれぞれが 好き勝手に行動し、またその行動も
バラバラで統一性が無い。
ゴンザレスは積んでいるゲームやVRMMORPGや映画作品と言った
娯楽の化に勤しみ、オルテガならば将棋や盆材といった渋い趣味を、
ナナシは釣りや パソコンでゲームをする。
そんな自由奔放な3人ではあるが、いざという時は 息もぴったりに
連携して任務にあたる
『R&R』は基本二週間程度を1つの区切りとして、各自 好きに行動する。
だがナナシ達のティームは、六週間から一か月という通常よりも多い
『R&R』期間を 組んでいる。
それはナナシ達が、他のティームよりも過酷な『極秘任務』を
遂行しているからだ
「 気になる事でもあるのか?」
オルテガは、何か気になることでもあるように考えていたゴンザレスに、
そう 質問する
「どうせ女の事だろ?」
ナナシが何処か茶化すようにそう告げる
「んなわきゃあるか!!
・・・『特務課』から脱柵を防ぐための在宅確認電話が掛かって来なかったなと」
ゴンザレスは深いため息を吐きつつ応える
『転移』前の『R&R』期間では、居場所特定や脱柵の防止のため、
在宅確認電話が 掛かって来た。
たとえ離れ島だろうと、例え一般社会に溶け込んでいようともだ
それは『有事』の召集に備えるためもある
『転移』前の『R&R』期間中は行動はバラバラで統一性が無かったのだが、
特にナナシは連絡先すら教えても居ないゴンザレスに
『ゴブリン狩りに行こうぜ』という旅行でも行くようなノリで
突然に電話を掛けて来ていた
今現在もだがこの『異世界』については詳しく分かってはいない
「ナナシが社長と副社長に、根回しをしてくれたんだろ」
オルテガはナナシが社長に根回しをしたと確信をもって、低く
渋みのある声で応える
ゴンザレスはさすがにそれについては、驚きを隠せずにいる
『手野武装警備株式会社』副社長は、部下に対して非常に
厳しい人物と評判だ
だが同時に、部下に対しては優れた人物でもあろうと一部からは
評価されている。
本来ならば社長が行うべき政界や財界、日本以外の他国との
折衝を行っている
生半可な人物でないことは、誰の目にも明らかだ。
実質的な最高権力者でもある『手野武装警備株式会社』社長も、変り者で
有名で基本的には社屋の中にはおらず、世界中を飛び回っている。
副社長は設立以来、ずっとその地位を守り続けている猛者で変り者で
有名な社長の片腕と言われている。
性格は冷静沈着で、必要とあれば過激なまでに手段を選ばない
一面も持っている
しかし、心痛が絶えない日々を送っているのも周知の事実でもある
何時如何なる時に、変り者の社長の無茶な社命が下されるか、分からないからだ
そんな副社長と社長に根回しをしたナナシの手腕に、ゴンザレスは舌を巻く
「唐突に『異世界で大量繁殖しているゴブリンを根絶するため』という
報告書を副社長に提出したんじゃないからな」
ナナシが言葉を付け足す様に言うが、その声音はどこか楽しげな響きを含んで
いるように感じられた
「副社長なら『誰だこの馬鹿げた内容を、高難度の作戦資料にして
提出したのは』って言うに決まっているだろう」
オルテガはそう確信しているように応えた
「その前に正気を疑われる」
ゴンザレスは、そんなオルテガにそう短く応える
「冗談はさておいて、ナナシは証拠映像として装備品に取りつけている
小型ビデオカメラでこの『異世界』映像の動画を撮っていたのを
副社長と社長に見せたんだろ?」
オルテガは軽くおどける様に、それでいて油断なくナナシに
男とも女ともつかぬ中性的な声で質問した
その間にも、立体パズルのルービックキューブを弄り続けている
「いつからの映像を撮っていたんだ?俺は何も聞いてないぞ」
ゴンザレスは絞り出す様に、そう質問した
おそらく、ナナシが今までどんな映像を撮っていたか気になったのだろう
オルテガもジッとナナシに視線を向ける
「『転移』直後に巻き込まれた『ゴブリンの狂軍』だ
あとの被害の拡大を防ぐために、俺達が特別討伐軍との共同で
『ゴブリンの狂軍』との闘いの映像も撮っていたのを提出した」
ナナシがニヤリとした笑みをこぼす
「そんな時から撮っていたのか!?」
ゴンザレスが驚愕の声を上げる
・・・もっとも、驚きというよりは呆れているのかもしれない。
ましてや狂気の沙汰とも思われる光景を、証拠映像として撮るなど、
常人には決して真似できない
いや、普通ではありえない行動であるのだから当然かもしれない
「予めお前に言ったら、『やめとけ』って言うだろ
あと映像だけでは信憑性がないから、副社長と社長を信じさせるため
ゴブリンの死骸を『現世界』に持ち帰ってソレを見せた」
ナナシは、なおも楽しそうにニヤリとする
「幾らファンキーな社長でも、映像と報告書類だけで『面白そうだ』と
判断するわけはない
――無期限の『R&R』の許可するかもしれないが副社長はそうもいかない
だが、実際のゴブリンの死骸を見れば、幾ら何でも副社長も社長も
納得するだろ」
オルテガはルービックキューブを弄る手を休めずに、男とも女ともつかぬ
中性的な声で、そうゴンザレスに応えた
「いかにもナナシがやりそうな事だが、その前に未知の病原菌が
付着している様な物を『現世界』に持ち帰るな!
付着していたらどうするんだ
・・・まぁ、ナナシはそこの所は抜かりはないとは思うが」
ゴンザレスがナナシを咎める様に、しかし心底呆れた声で言う
言葉にはどこか苦々しさも感じられるが、尊敬の念も込められている
それはルービックキューブを弄っているオルテガも同じであるようだ
もっとも、ゴンザレスは面倒事を押し付けられ眉間に皺を寄せつつ
折衝を行う副社長の姿を思い浮かべてもいて
その事に対しての苦々しさも あるのかもしれないが
「俺だって『現世界』で謎の病原菌のパンデミックなんて
起こしたくはねぇ
ゴブリンの死骸を『現世界』へ持ち帰る際には原菌が付着しないよう
細心の注意を払った」
ナナシがそう短く応える
「それにもう1つ無期限の『R&R』の決め手になった事がある」
オルテガがルービックキューブを弄りつつ、そう応えた
「決め手?」
ゴンザレスがオルテガの発言に一瞬首をひねりながら質問した
「俺達のティームの事や俺達の貌を知り始めている先進各国の諜報員や裏社会の
連中が出てきている様だ
何処かの国に所属している人物や国に対して害意を 持っている
疑いのある人間でもなく、ただ単に俺達の貌や名前だけを知っているだけの
奴等が俺達の事を探っている
特に今回の長期任務では、欧州からアフリカまで跨る国際テロ組織や
犯罪シンジケートなどを相手に大暴れしすぎた」
オルテガがルービックキューブを弄りつつ、そう答える
声音は男とも女ともつかぬ中性的な声であるためか、何処か
不吉さを感じさせる。
ナナシティームは、約1年9カ月間にも渡る長期任務で
欧州からアフリカまで跨る国際テロ組織や犯罪シンジケート組織内部へ潜入し
内部から壊滅させる大立ち回りを行った
それは予想を超える過酷で危険度の高い任務だった
その様な事もあり、ナナシ達一人一人の手付金は7億、成功報酬は
40億にも昇った
また長期任務中、『手野武装警備株式会社』へ告せずに組織内部から
せしめて懐に収めた金もそれぞれ懐に蓄えている
「各国の諜報機関や犯罪組織は嫉妬深いヤンデレの類だ」
ナナシはそう吐き捨てる
「そんな例えはやめろ!!」
ゴンザレスが苦虫を噛み潰したような表情で、ナナシをたしなめる
ヤンデレうんぬんではなく、諜報機関や犯罪組織の蛇の様に執念深く、
手の長い事を知り尽くしているため、思わず背筋をゾッとさせる
その様な組織に狙われるというのは、たまったものではないからだ。
「俺達のティームメンバーで、一番多忙なのはロドリゲスだな
あいつはこの長期任務終わったら、すぐに別件に駆り出されてた」
オルテガがルービックキューブを弄りつつ、そうナナシに言う
ロドリゲスはティームメンバーで、主に情報分析と通信傍受を担当し、
その卓越した能力でメンバーを補佐する役割も担っている。
「 あいつは『特殊事情』だ」
ナナシは、オルテガに向けてそう応えた
ティームの中で異彩を放っているのは『異世界』でロドリゲスと
言う名を使っているメンバーだ
ティーム内では情報分析と通信傍受を担当だが、彼は従来業務の他に
もう1つ専用業務がある。
『現世界』では、70年後半以降に普及した仮想現実大規模多人数同時
参加型オンラインゲーム・・・VRMMORPGが普及している
米国同時多発テロ以降、VRMMORPGでは『デスゲームテロリズム』が
横行している
政府やVRMMORPG運営会社に対して不満を持つ者達が、利用者を
完全なる仮想空間内に閉じ込め人質として
政府機関やVRMMO運営会社に要求を呑ませる ためにテロリズムを行っている
また、政府に対しての宣戦布告や抗議行動としてテロリズムを
起こす者も多い
その様な事もありロドリゲスは、VRMMORPGのプレイヤーを装い、
VRMMORPGに参加した事のある人間や、VRMMORPGの運営会社に
潜入し調査、また、仮想空間内に閉じ込められたユーザーの救出活動を行っている
首謀者も個人から国家規模の巨大組織まで様々だ
―――『特殊事情』には、『デスゲームテロ』を企てた首謀者の抹殺及び
関連施設の破壊も含まれる
依頼主も政府高官や大手企業の重役筋が多い為か、あまりナナシ達には
多くを語ってはいない
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