生ける屍
平中なごん
一 聞き取り調査
はじめに断っておくと、これは、けして表には出せない〝ある民俗調査〟の記録である……。
彼は、建ってまだ新しい分譲マンションの一室にひっそりと住んでいた。
「――今日はお忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます」
「なあに、かまわんよ。いつも暇をもて余している老人だからね。こちらこそすまんね。家内が買い物に出かけてるんでろくなおかまいもできずに。もうすぐ帰って来ると思うんだが……」
応接間のテーブルを挟み、ソファに腰かけた彼に謝辞を述べると、その白髪頭を坊主にした老人は優しげな笑みを浮かべてそう答えてくれる。
老人の名は
先頃のダム建設で廃村となったT村の出身者で、それを期に合併したR市の中心部へと移り住み、今は奥さんと二人、このマンションで悠々自適な隠居生活を送っているようである。
こどもは息子と娘が一人づついるが、どちらも廃村前からすでに都会へ出ていて、ずっと別々に暮らしているらしい。
そんな故郷を失った老人のもとを私が訪れたのは、彼からその村で経験した〝ある出来事〟の聞き取り調査をするためである。
この某地方都市の某大学で民俗学の研究をしている私は、恩師である教授の口利きで新たに編纂される『R市史』の民俗編担当の仕事をもらったのであるが、その廃村になったT村のことを調べる内に、大変興味深いウワサを小耳に挟んだのだ。
それは……
〝ゾンビを見た村人がいる〟
そんな俄かには信じがたい、どうにもトンデモ情報としか思えないようなものだった。
そもそもハイチじゃあるまいし、日本でゾンビというのからしてどうかと思うのだが、つまりは〝埋葬後、墓から蘇った人間を見た〟と、そういうことらしい。
そこからすると、ヴ―ドゥー教の本家ゾンビや映画に出てくるような腐乱した姿のいわゆるゾンビなどよりも、東欧諸国の伝承にある
それでもまあ、眉唾ものに違いないのだが、一応、噂の出所を調査のついでに辿ってみたところ、確かにそういっている廃村出身者が存在したのである。
それが今、私の目の前に座っているこの浦島氏だ。
普通、この手の「誰それから聞いた」という噂話は、それを語って聞かせた人間を順に辿っていってみたところで、「友達の友達から」だとか「知り合いの兄弟のそのまた知り合いから」だとかいう風に、どこまでいっても当の体験者本人に行き着くことはできず、結局はうやむやに終わってしまうのがオチである。
それが、あたかも実際にあったことのように語られる噂話――即ち世にいう〝都市伝説〟の都市伝説たる所以なのだ。
ところが、今回はその体験者本人に予想外にも辿り着いてしまった……ということは、この信じ難い話にもそれなりの信憑性があるということなのだろうか?
「やっぱり、せめてお茶だけでも入れようか…」
いまだに半信半疑な心持ちで、内心、そのようなことをつらつら考えている内にも、浦島氏は申し訳なさそうな顔をして腰を浮かそうとする。
「いえいえ、なんのおかまいもなく……あの、さっそくですが、お墓から蘇った人間を見たというのは本当ですか?」
そんな律儀な老人を手で制すると、私はレコーダーの電源をONにしてテーブルの上に置き、手帳とペンを構えながら早々本題を切り出すことにした。
「…………ああ、確かにこの眼で見たよ。まあ、聞いてもすぐには信じられないかもしれないがね。わしだけじゃない。他にも大勢の村人が見ている」
その質問に老人は少し間を開けると、あまり思い出したくはないような、それでいて、なんだかその当時を懐かしむような優しげな眼をして、私の顔をじっと見つめながらおもむろに口を開いた。
その真剣な口調は、とてもホラを吹いているようには思えない。少なくとも本人の中では、それが真実と信じて疑ってはいないようである。
「その時のことを、詳しく聞かせてくれませんか?」
「そうさの……あれはまだわしが子供時分の話だ……今じゃそのことを知る者も墓の中に入るか、どこか他所へ引っ越してしまって、わしぐらいしかいないだろうがの」
改めて尋ねる私の言葉に、老人はこちらへ視線を向けながらも、どこか遠くを見つめるような眼差しで昔語りを続けた。
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