第76話 キスされた男
夜中になり、俺は寝付けず目を覚ました。
「俺が、あの世界の王族。ね……」
これまでこちらの世界で育った記憶が蘇る。
身寄りのない俺の面倒を見てくれた施設の職員さん。
ともに幼いころを過ごしてきた施設の子どもたちの姿が思い浮かんだ。
今まで身近に感じられたそれらの存在が、シリウスから話を聞いた後だと酷く遠くに感じる。
自分の出自が日本でない、それだけで周囲に壁ができてしまったかのようだ。
俺は、ベッドから起き上がると音を立てずドアを開き、リビングへと向かう。
冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、蓋をあけながら窓へと進んだ。
夜景が広がっている。見下ろせば都会の街並みがあり、同じような高層ビルの明かり、街並みの明かりが目に映る。
転移魔法に目覚めてから、俺が総一郎さんやシリウスから与えられた物の一つがこのマンションや、リリアナに翼。
今の俺の生活を支えてくれているすべてだ。
「まさか、親が残した力のお蔭でこうなったなんてな……」
両親は俺を捨てたのだと思っていた。だけど、もし何らかの事情があったとしたら?
ペットボトルを持つ手に力が入った。
「悟さん、眠れないんですか?」
ふと振り返ると、翼が立っている。
マンションの隣の部屋に住んでいるのだが、今日だけはということで泊まっていた。
「ああ、色々考えてしまってな」
自分の両親のこと、自分自身のこと、リリアナや翼、それに総一郎さんやシリウスのこと。二つの世界について……。
「翼は、さっきの話を聞いてどう思った?」
これまで、彼女も俺の本当の出自については知らなかった。おれは翼に問いかけた。
「悟さんの出自が異世界で王族だったということについてですか?」
彼女が近付き、窓から差し込む月明かりが照らす。
柄の入った赤いパジャマを身に着け、腰まで届く髪からふわりと良い香りが漂ってくる。
彼女は見上げると無言で俺を見てきた。
「も、もしかして……これからは、敬語を使えとか思ってます?」
「はっ?」
あまりにも予想外の返事に、俺は間抜けな声をだした。
「いや、そう言うことじゃなくてだな……」
「だったら、せっかく王族になったんだから俺のハーレムを作ってやるぜ、とか考えているとか?」
「そんなわけあるかっ! 身分を手に入れたからっていきなりそんな行動に出るほど人格破綻してないぞっ!」
「まぁ、そうでしょうね……。悟さんはどちらかと言うと、ヘタレですから」
何やら、翼の中で俺の評価がおかしなことになっているようだ。
「そうじゃなくて、俺が異世界人だから、これまで通りに接することができないとか……」
人は、相手の新たな一面を見たことで考えを変える生き物だ。
「私、これまで通りに接していますよね?」
ところが、翼はそんな俺の心配など気にするなとばかりに首を傾げて見せた。
「そもそも、異世界人だろうと王族だろうと悟さんじゃないですか」
「だけど、身分や立場に応じて人は接し方が変わる」
仲良くしていたクラスメイトも、俺が施設出身と聞く、あるいは家族から忠告されることで距離を開く。そんな経験を何度もしてきた。
「悟さんだって、私が芸能人だと知っても、態度を変えなかったじゃないですか?」
「あれは……家にテレビがなくてだな、翼が有名人と言われてもピンとこなかったんだよ」
「なら、私だって今の悟さんの話にピンときません。だって、私は王族の悟さんなんて知りませんもん」
翼はそう言うと、さらに一歩近づき笑顔を向けてくる。その姿をみた俺は、先程までの悩みがどうでもよく感じた。
「お前は、変わらないな……」
何気なしに右手を伸ばすと彼女の髪に触れる。
翼は、されるがままに頭を撫でさせてくれた。
「それはそうですよ。私の気持ちはあの日、大学であなたと再会した時……、ううん、もっと前の事故から守ってもらった時から変わっていませんから……」
翼は顔を近付けながら囁く。
「あの頃から、ずっと悟さんのことが好きですから」
唇に柔らかいものが押し付けられた。
「ん……ぅ」
翼の艶かしい声が耳を打つ。しばらくして、離れると……。
「えへへへ、しちゃいましたね」
翼は唇を拭うと照れくさそうに笑う。
「……えっと」
俺は、翼にキスされたのだと遅れながらに気付くと、心臓が激しく脈打った。
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