第2話 つうこんの いちげき!!

 空間がよじれ、虚空に穿うがたれた黒い亀裂から、メイド服姿の少女が出現。

 彼女は地に足が触れた瞬間、俺を怒鳴りつけた。


んどる場合かーッ!」


 さすがに最大級に激しいツッコミだ。

 バシ、とか叩かれはしなかったが。


「タケル様っ、ちゃんと話を聞いてましたか!? さっさと逃げてください! アカツキ、あなたも……」

「マシロ達を貸してくれ、ハナっ!」


 俺の勢いに驚いたのか、目をぱちくりさせるハナ。

 おお、その表情、まさに――


「いえ、言わないでください。絶対、言っちゃダメですよ、タケル様! おお、その表情、まさにたぬきそっくりだな、とか!」


 言わねーよ、お前が言ったから。


「材料にするの! 早く!」


 説明を思いっきり省いてアカツキは両手を差し出した。

 一度瞬きした後、ハナは身をかがめてアカツキに頭を差し出す。


「――まだ自力で顕現けんげんできるほど、回復していません。アカツキ、引き抜いてください」


 頭をゆっくり撫で降ろすようにアカツキは手を滑らせた。

 すると、ハナの髪がしゅるしゅるりと伸びていく。

 伸びた髪は肩口で断ち切れ、アカツキの掌に髪の束が残った。

 

「なにか手があるんですね、タケル様?」


 俺がうなずくとハナはアカツキに向き直り、


「どのくらい時間が必要ですか?」

「作るのはすぐよ。後はこの人次第ね」

「ああ――」


 ハナはリーファをちらりと見た。

 あれだけのやり取りで、おおよその目論みを察したらしい。


 本当、戦いに関しては恐ろしく頭がまわるよな、こいつは。


 アカツキの掌の上で、髪束がふわりと浮いた。

 くるくると捻じれ、発光すると、髪は一揃いの弓矢に変化する。


 ハナはわしっと弓矢をつかみ、リーファに押しつけた。

 顔は前方のムカデに向けている。

 たぶん、目を合わせるのが嫌なのだろう。

 

 ムカデはさかんに頭を振ってあちこちを捜索している。

 奴からすれば、いきなり目の前から獲物が消えてしまったのだ。


 とは言え、あとほんの数秒でこちらへ矛先を向けてくるだろう。


「わたくしとしては、気が進まないのですが……まかせても?」

「はい。ただ、弓と矢には浄化された気を纏わせます。大丈夫でしょうか?」


 リーファは気づかわしげに弓矢に指先を添わせた。

 もとになった霊体が悪霊の類であることを察知しているらしい。


「バカですか。神気の類で祓えるくらいなら、わたくし達はとっくに幽冥かくりよ行きなのですよ」


 幽冥って神道だろうか?

 俺にわからないのだから、リーファはもっとぴんとこないだろう。

 それでも意味合いは伝わったらしい。

 リーファは弓をしっかり握り、矢をつがえた。

 彼女も視線を前へ向けた。

 

「わかりました、では遠慮なく――はじめます」とリーファ。

 

 最早返事もなく、ハナはムカデに向かって走り出した。

 なにをするにせよ、自分の役割は時間稼ぎ。

 ことが起こるまで全力で戦うのみと、割り切っているのだろう。



 だが、俺が見誤っていたことが一つあった。


 

 接近するハナをようやく感知したのか、ムカデは咆哮を上げた。

 いくつもの火球が出現し、一斉にハナへ降り注ぐ。

 

 ぐんっ、と加速。

 直前までいた地面は着弾で吹き飛ばされたものの、ハナは無傷だ。

 

 苛立ちを噛み砕かんと、ムカデは牙を剥き出しにしてハナへ喰いついた。

 まさにあぎとが閉じられる寸前で、するりと身をかわす。

 コマ落としのようにハナの姿が掻き消える。

 

 次の瞬間、ハナはムカデの霊尖角を思い切り蹴飛ばしていた。

 

「ギイシャアアアアッ!?」


 驚きと苦痛が混じった絶叫。

 わずかだが、打撃に押されてムカデの頭が傾いでいる。

 

「なんだ、今の速さ!? 全然見えなかったぞ!」

 

 ムカデの方はまったく対応できていない。

 的が小さい上に素早すぎるのだ。

 ところが、ハナの速度はまだ上がった。

 

 一発。

 また、一発。

 

 ハナは霊尖角の同じ個所を執拗に攻撃した。

 蹴りがインパクトする一瞬だけ、コマ落としのように姿が現れる。

 それ以外の時はほぼ視認できない。

 彼女は恐ろしい速度で動き続けているのだ。


 いくらなんでも速すぎるだろ、これ。

 俺はまだ、全力を出したハナを見ていなかったらしい。

 

 ムカデの方は迎撃どころではないようだ。

 死角から的確に急所を蹴って来るハナを嫌がり、振り払おうとするばかりだ。

 

「でも、このままじゃ――」


 アカツキがつぶやく。

 俺も同感だ。

 

 これはいつまでも続かない。

 

 ハナはまさに全身全霊の力を振り絞って戦っている。

 にも関わらず、できているのは精々嫌がらせ程度。

 

 ムカデを倒すことはもちろん、霊尖角の一本を折ることさえできていない。

 

 少しでも動きがにぶれば、火球か牙に捕捉されてしまうだろう。

 時間切れになるまで、もういくばくもないはずだ。


 リーファの準備が最終段階に入ったのは、その時だった。


「――汚穢おえ、祓いたまえ。御魂、清めたまえ」


 言霊は静かに、鮮烈に響いた。

 焦燥に熱くなった身体がすっきりと冷えていく。

 まるでひんやりした空気が身体を伝って流れているようだ。

 

 いや、これは――本当に風が吹いているのか。

 

 どこか外からではない。

 この澄んだ清風は、リーファの裡から吹き出でているのだ。


「周囲から霊気を取り込んで、体内で浄化しているんだわ!」


 感嘆したようにアカツキは言った。

 なるほど、確かに巫女らしい能力だ。

 

「身体的には普通の人間なのに……すごいわね」ちらりと俺を見て、

「タケルに似ているわ」

「――え? 俺?」


 どきりとした。


「ええ。あなたもこの人も、周囲から霊気を集め、利用する術に長けている」


 俺は場合は生命力。

 リーファの場合は浄化された霊力。

 

 結果は違うが、過程はまるで一緒だった。

 

「だから、似ている。あなたもそう思っているんじゃない?」


 俺が持っている情報は、かなりの部分がアカツキに引き継がれている。

 母さんの面差しも把握しているのだろう。

 


 恐らくは、俺が持っている疑惑も。


 

 きりりと弓を引き絞り、リーファは長い髪をたなびかせている。

 美しい、と思った。


 死別した母への思慕を抜きにしても、彼女は本当に美しかった。


 霊気を帯びて柔らかく輝く、凛々しい横顔。

 性別すら超越した神々しさに、俺は圧倒されていた。


「招来せよ、根源のほむら。諸々の禍事まがごと、罪穢れ――」


 リーファの瞼はなかば閉じていた。

 神憑り――トランス状態になっているのだ。

 恐らくその瞳は射るべき対象をすら、映していないのだろう。


みぞぎかまどにて、ことごとくを焼尽しょうじんさせたまえ――っ!」

 

 かあん、と弦音が鳴った。

 澄んだ霊気を帯びた矢が、大気の澱みを裂いて飛翔した。

 鏃は見事にムカデの眉間を捉える。

 

 命中した箇所を中心に光の輪が発生。

 次の瞬間、ムカデの頭部から青白い炎が盛大にふき出した。

 

「オゴ■■、■■ィ■アァ■ァ――ッ!」


 魂消る絶叫が轟く。

 これはムカデのものではない。

 

 纏わりついた穢れ――死者の怨念が焼き払われているのだろう。

 

 炎はムカデの身体を見る間に伝い、燃え広がった。

 結果、空洞全体が猛烈な業火に包まれてしまう。

 俺は思わず身をかがめてしまった。

 

「うわっ! って、熱くない……?」

 

 アカツキが呆れたように俺を見下ろした。


「普通の火じゃないもの。物体そのものには影響ないわよ」

「そ、そっか」


 俺は苦笑して立ち上がった。

 ところが、入れ替わるようにリーファが膝をつく。

 手から取り落とした弓は霊塊となり、飛んで行ってしまった。

 ハナの髪へ戻ったのだろう。

 

「う……っ」

 

 リーファの顔色は蒼白だった。

 額に汗をかき、胸を押さえ、浅い呼吸を繰り返している。

 

「おい、どうした!?」


 ぐらりと傾ぐ上体を、俺は慌てて支えた。

 

「リーファ!? おい、アカツキ!」

「落ちついて、タケル。今、診るわ」

 

 アカツキは掌をリーファの額にあてる。

 

 熱をはかっている? いや、違うか。

 そのまま掌を滑らせ、胸元や腹部を撫でまわしている。


 カガシがやっていたように、身体の状態を探っているのだ。


 小さく息を飲むアカツキ。

 怖い顔になると、リーファをにらむ。

 よほどまずいことがあったのか。

 

「自分がなにをしているのか、わかっている?」

「……ええ、もちろんです」

「あなたは人間なのよ。これが役割だとしても、限度はわきまえるべきだわ」

「なすべきをなすだけです。でも、ありがとう」


 苦しい息をしながら、リーファは微笑んだ。

 それ以上、アカツキになにも言わせない為だろう。

 

 だあああん、と大音響がして地面が揺れた。

 

 土煙の向こうで、ムカデが地に崩れ落ちていた。

 纏わりつく炎は徐々に収まっている。

 その手前に立つハナはしっかり健在だった。

 油断なく身構え、倒れ伏したムカデを見張っているようだ。

 

 アカツキは目を細めた。

 ムカデの様子を探っているのだろう。


「――黒いもやが消えているわ。穢れがなくなった、ということかしら」

「ええ、上手く行きました。よかった、婆様……」


 張りつめていた気が緩んだのだろう。

 ほう、と息を吐いた後、リーファの意識は途切れてしまった。

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