第28話 LVを上げて物理で殴れ

『キイイ! イヒ、ヒヒヒヒ!』


 奇声を上げながら、ヒルコは上から槍を振るった。

 また装甲の隙間を攻撃されたら、やばい。

 

 霊獄機の両腕を使って隙間だけは死守するしかない。

 しかし同じ場所を何度も突かれれば、装甲だってそう長持ちはすまい。

 

 本格的にまずい状況だ。

 

 支援してくれたハナが傍にいない以上、俺はただの素人に過ぎないのだ。

 反撃の糸口がつかめない。どうすれば――?


『――、――?』

「なんでやらないの? って……」


 俺が躊躇している隙に、ヒルコはぐんっと腕を伸ばした。


 穂先が割れて、指のように開く。

 転がっていた霊獄機の刀――ハナはヒルコに拾い上げられてしまった。


 ぐにゃりと変形した腕が刀を柄から先にゆっくりと取り込んでいく。

 まるで蛇が獲物を飲み込むように。


『あ、あっ……やめて、やめて! そこにはいきたくない! い、いやああああーっ!!』


 恐怖の叫びを上げるハナ。

 視界に表示されていた彼女の顔は、ゆがみ、ノイズだらけになって消滅した。

 だが、それよりも。


『キキーーキィヒヒヒヒッ、キヒャアアアアアアッ!』


 願望を満足させたヒルコの哄笑が、俺をぶち切れさせた。



 勝手にさわるな!



 ソレは俺のだ。

 何年もの間、俺が散々迷惑をかけられてきた性悪のバカ女と狼共なのだ。


 こんな奴らには俺がつき合ってやるしかなかった。

 こんな奴らしか俺につき合ってはくれなかった。


 だから、こいつらには最後まで俺につき合ってもらう。

 そうでなければ、帳尻が合わないじゃないか。


「ハナは、俺に憑いてんだよ!!」


 霊獄機は肩と胸をヒルコに踏み押さえられていたが、俺は強引に両腕を動かす。

 肩を踏んでいたヒルコの足先をつかむと、一気に引きちぎった。


 なんだ、簡単じゃないか。


 俺がびびっていただけなのだ。

 そうだ、まだ霊獄機にはたっぷりと余力がある。

 底が知れないほどに。 


 恐らくフィードバックは双方向なのだ。


 搭乗者がおびえてしまえば、能力の半分も出せない。

 逆に俺さえその気になれば霊獄機からどんどん力を引き出せる。


『ギヒィィィッ!?』


 うるせーな。なにがぎひぃ、だ。


 ヒルコは霊獄機の動きを抑えようとするが、無駄だ。

 もともとの質量はヒルコが少し大きいだろう。


 だが、霊獄機には境界炉からもたらされる、溢れんばかりの霊力がある。


 俺は自重軽減を反転させた。

 霊獄機の背中が石灰岩を割り、地面にめりこむ。


 今や機体重量は本来の三倍近くになっていた。


「あとは……力押しだっ‼︎」


 一気に機体を起こす。

 相手の抵抗など、まったく問題にならない。


 霊獄機を完全に立ち上がらせるとヒルコの身体をつかみ、投げ飛ばした。

 ヒルコは洞窟の壁に激突し、苦悶の叫びを上げた。


 俺は霊獄機を突進させ、ヒルコをぶん殴った。

 足は地面に軽くめりこんでいるから、滑る心配はまったくない。

 思い切り、拳を振り回し、叩きつける。


 ヒルコは身体を丸めて必死に防御する。

 霊獄機の刀――ハナは、奴の体内深く沈んでおり、手が届かない。

 

 くそ、こいつの拳がもっと――


 思った瞬間、霊獄機の両腕が変化した。

 大きく、重く、ごつい形状になり、尖ったスパイクが生えている。


『――、――?』

「おお、こんな感じだ!」


 どうやら俺の意思をくんでこの子が形状を組み替えたらしい。

 拳を叩きつけるとヒルコに深く食いこむ。

 振り抜くと肉がちぎれ飛び、黒く変色して消滅した。


 よし、これならいける!


「おらあああああーっ!!」


 猛烈な連打を浴びせ、ヒルコの身体を削り取っていく。

 もちろん、狙いはハナの奪還だ。


 ヒルコは周りから肉を寄せて削られた部分をふさごうとする。

 しかし削られる速度の方が勝っていた。


 刀の柄の先端がわずかに露出する。

 俺は右手を突き刺し、遮二無二しゃにむにに柄を引っ張った。


「返せ、こらああああっ!!」


 全力で腕を引くと同時に、ヒルコをがんがん蹴飛ばす。

 踵をシャベル代わりに掘削していくような感じだ。

 ずぶっ、と刀が抜けた。


 やっと取り返せた!


 掌から伝わるハナの感触に俺は少しばかり安堵する。

 大丈夫だ、なんとか間に合った。

 間に合った――はずだ。


 刀を横殴りに振って、俺はヒルコにとどめを刺した。


「ハナ! おい、しっかりしろ!」

『――、――』

「わ、わかった。鞘に戻せばいいいんだな?」


 女の子に言われるまま、刀を鞘に収める。

 拳の形は自動的に戻っていった。

 

 いまだにハナの顔は表示されない。

 相当深刻なダメージを受けているようだ。

 恐らく、また悪霊化しているのだろう。

 もとに戻すには俺の生命力が必要なはずだ。


「よし、降ろしてくれ!」

『――』

「だめ? なんでだよ!? 早く回復させてやらないと――」

『――、――。――、――、――』


 慌てる俺を女の子は淡々と諭した。

 しばらくこのままにして、霊獄機経由で回復させた方がいい……らしい。


 彼女によれば、幽霊は霊気を吸収し、生命力に変換することができない。

 食事で栄養を取り、自力で生命力を生産することも、もちろんできない。

 

 そして時間の経過と共に残留していた生命力は徐々に減っていく。


 だから生きている人間に取り憑き、生命力を吸い上げようとする。

 ただそれも決して効率のいい方法ではなく、時間稼ぎに過ぎないらしい。


 憑くこともできないほどに生命力が枯渇すると、霊体を維持できなくなる。

 あとは消滅するしかない――と、いうことのようだ。


 ただ、今のハナは生命力を失ったわけではない。

 ヒルコに取り込まれて自我を冒され、霊体がばらばらになりかけているのだ。

 

 だから俺から生命力を与えるよりも、魂の牢獄たる霊獄機の中に留めた方がよいのだと、女の子は語った。


 うーむ、そういうことであれば、納得するしかないか。

 彼女が丁寧に説明してくれたおかげで、俺の頭も冷えたようだ。


 でも、そうすると俺にやれることがあんまりない気がするぞ。


「ハナを回復させるために、なにか他にできることはないのかな?」

『――、――。――、――』


 やはり、とりあえず乗っているだけでいいらしい。

 今のところ、他のヒルコがこの場所へやってくる気配はない。

 ここまで肉体的にかなり厳しかったし、俺も身を休めた方がいいだろう。

 まだ警戒は解けないが、少しは落ち着けそうだ。


「そういえば、君の名前を聞いてなかった」

『――? ――、――』


 特にないって……まあ、そうかもな。

 地の底で一人きりなら、確かに名前なんて必要ない。


「でも、この後はそれじゃ困るだろ」

『――?』

「俺達は契約した。この霊獄機いえも含めて、俺は君と一緒にいる」


 女の子はうなずく。


「でも、この後は大勢と合流するつもりなんだ。なにもかも上手くいけば、最終的にたくさんの人の中で暮らすことになるはずだ。ちゃんとした名前がないと不便だろ?」


 おいとかお前だけでは熟年夫婦みたいだしな。

 しかし肝心の本人はピンときてないようで、首をひねるばかりだ。


『――、――』

「えっ? 俺が名前をつけるの?」

『――、――』


 責任取れって言われても……。


『――! ――、――、――、――。――、――』


 ただし、ハナとかウメとかチヨとかトメとか、古くさいのはダメ?

 なにげにディスられてんな、うちのたぬき娘。


 んー、しかし女の子の名前か。

 場所が場所だけに、あまり明るい言葉は連想しにくいな。


「黒子……は色々ピーキーだし、ヤミ……は暴走してえっちぃことになりそうだし」


 じーっ、と女の子は俺をにらんでいる。

 まじめに考えた方がよさそうだ。


「うーむ……黄泉比良坂からヒーコ? ヨミとか……」


 女の子は黙って首を振る。

 まあ、日本神話の知識がないとわけがわからんよな。


「六道りんこ」


 これもお気に召さないようだ。仏教もダメか。

 

 でもケイコとかカオルとか、なんならエリザベスとか、ごく当たり前の名前をつけてもなじまない気がする。


 この子は生い立ちが特殊だ。

 そもそも人間ではない。


 彼女はなんだろうか?


 いわゆる普通の幽霊の類とは違う。

 むしろ、あのヒルコ達に通じるものを感じる。


 では、ヒルコは?


 ヒルコはあらゆる意味で生物ではないだろう。

 ただし、不定形ではあるが、しっかりした実体がある。


 形を持ち、感情もあるのに、死の淵ぎりぎりに押しやられているモノ。


 それがヒルコだとしたら、この子はそこから――

 ほんの一歩だけ、生者よりの場所にいるのではないか。


 もしそうなら、彼女にどちらへ向かって進んで欲しいのかは、はっきりしていた。

 

「アカツキ、ってのはどう?」

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