第27話 ATK全振り
立ち塞がるヒルコを蹴り飛ばす。
横合いから出てきた別のヒルコは袈裟懸けに切断した。
だが、それでも一向に状況は変わらない。
倒しても倒しても、ヒルコ達は無限かと思う位に湧いてくる。
まだ動けるが、そろそろやばい。
確かにハナの言う通りだ。
俺はいっぱいいっぱいになっている。
筆で描くように、視界に逃走経路が表示された。
霊獄機の機能なのか、ハナと俺が共有したいイメージは視界に合成されるようだ。
こちらは操縦で手一杯だったが、ハナは抜け目なく逃げ道を探していたらしい。
『ここをこう通って逃げたいんですが……わかります? 見えてますか?』
くぐもった唸りで返答する。
もう普通に返事をするのもしんどいのだ。
『あと少しだけ、頑張ってください。行きますよ……今ですっ!!』
合図と同時に、霊獄機を地面すれすれの高さでダッシュさせた。
この高さだと頭部もヒルコ達の影に隠れてしまう。
少し離れるだけで、もう霊獄機の姿は視認できないはずだ。
狙い通り、ヒルコ達の混乱はさらに助長された。
足元をすくわれて転倒するもの。
姿勢を崩して将棋倒しになるもの。
雑な攻撃で味方を突くもの。
霊獄機は連中のただ中を駆け抜け、ハナの示した逃げ道――狭い脇道へ飛び込んだ。
大半のヒルコ達はこちらを見失ったようだ。
完全に統制を失い、てんでバラバラの行動を取っている。
ただ、さすがに全部の目は誤魔化しきれなかったらしい。
十数体のヒルコが追いすがってきているようだ。
脇道を進むと辺りは石灰岩らしきものが増えてきた。
ぽたぽたと水滴が落ちており、地面は滑りやすくなっている。
曲がり角を折れると、すぐ先で道は終わった。
そこにはホール状の空間が広がり、川が流れていた。
川の反対岸は巨大な鍾乳石がずらりと垂れ下がっている。
渡っても、簡単には進めなさそうだ。
流れる水はごうごうと音を立てて、大きく暗く深い穴へ落ち込んでいた。
うっかり足を滑らせたら大変だ。
水は岩の間から噴き出ており、上流へさかのぼることもできそうにない。
「ち、地下水脈か……」
我ながらずいぶんと呼吸が乱れている。
自分で走っているわけじゃないのに、もうへとへとになっていた。
霊獄機の操縦自体はそう難しくない。
生命力の消費も覚悟していたほどは激しくはない。
正直、ハナを背負っていた時の方がしんどかった。
問題は、急激な加減速だった。
これに耐えて己の姿勢を維持するためには、全身で強く踏ん張る必要がある。
その上で、適切なタイミングで正確に操作しなくてはならないのだ。
さらに戦闘の流れは速く、一瞬たりとも油断できない。
それがこれほど頭と身体に負荷をかけるとは、思ってもみなかった。
少し休みたいが、そうもいかないよな。
『――ここはまずいですね』
この場所には十数体のヒルコが展開するのにちょうどいい広さがある。
連中が霊獄機を取り囲み、一斉攻撃をするのにうってつけだ。
逆にこちらが速度を活かして上手く立ち回れるほど、機動の余地はない。
おまけに地面が滑りやすいから、結果として足を止めての斬り合いとならざるを得ないだろう。
確かにまずい。
まずいが、もう抜け道はない。ここは完全な行き止まりなのだ。
ほどなく、ヒルコ達は川岸に殺到した。
□
先頭のヒルコは、川に数歩入ったところで足を止めた。
霊獄機が向こう岸へ渡った形跡がないことに気づいたのだろう。
ヒルコ達はキィキィと鳴き交わしながら、周辺を捜索しはじめる。
だが、知覚範囲に霊獄機の姿はないはずだ。
俺達は奴らの頭上――天井近くの壁に突き刺した刀にぶら下がり、待ち伏せしているのだから。
『今です、タケル様!』
俺は刀を引き抜き、壁を蹴って勢いをつけた。
狙い通り、霊獄機はヒルコ達の最後尾に落下した。
断末魔の絶叫が響く。
自重軽減を切られた機体は本来の質量を発揮し、真下にいたヒルコを押し潰したのだ。
『キ――ギギギィ!?』
うろたえ騒ぐヒルコの姿。
ハナに執着し、何故か俺を嫌悪し、混乱に陥り、また今、戸惑いをも見せている。
俺は得心した。
やはり、こいつらにもそれなりの感情がある。
初見ではただの怪物、理解不能な異物としか思えなかった。
もしかすると、意外に普通の生物と近しい部分があるのかも知れない。
咆哮を使って狂わせてやりたい、という誘惑にハナが駆られてしまうくらいに。
だけど、なにかおかしい。妙にわかりやすい。
白々しく、薄っぺらな気がしてしまう。
まるで大げさな演技をしている、出来の悪い舞台劇を見ているような感じだ。
個体とは一つの宇宙であり、奥深い意識の層があるはずだ。
それは霊体になっても基本的には、同じだ。
霊とは無限とも思える心の階層――そのすべてが拭いがたい遺恨に染まってしまった存在なのだ。少なくとも俺が逢った霊達はみんなそうだった。
だからこそ、死んで残り滓となっても霊体を成せる。
いや、成してしまうはずなのに、ヒルコ達には――
『なにしてるんですか、タケル様!? 攻撃、急いでっ!!』
怒号で我に返った。自重軽減もとっくに復帰している。
ハナの焦燥がびりびりと伝わり、俺は蹴飛ばされたように霊獄機を突撃させた。
まず四体を斬り伏せた。
こだまする絶叫が途切れぬうちに、霊獄機で体当たりを仕掛ける。
玉突き状態となり、二体のヒルコが川へ落ちた。
つるつるの石灰岩に足を取られ、彼らは水と一緒に穴の中へ落ちてしまう。
横合いから避けきれぬタイミングで突き出された槍。
穂先を斬り払い、返す刀でヒルコの胴体を両断した。
ハナの示唆を読み取って、俺は霊獄機を操った。
攻撃。攻撃。攻撃。さらに攻撃。
ひたむきな攻めでヒルコを粉砕していく。
防御のことは考えない。
いや、そちらに回す
もし少しでも勢いが衰えれば、相手の反撃をもろに喰らってしまうだろう。
素早い機動に伴い、強烈な加減速が発生する。
わかっている。これには息を止めて、踏ん張るしかないのだ。
無酸素運動の繰り返しで頭がくらくらしてきた。
しかし、手は緩められない。
『頑張ってください、最後の一匹ですよ!!』
ハナの鼓舞に応じるべく、刀を振るう。
だが切っ先がブレて、軌跡をトレースし損ねてしまった。
ヒルコが左腕を振り回す。
刀身を強く弾かれ、霊獄機は姿勢を崩してしまう。
俺の操作ミスもあるが、こちらの動き自体に相手が慣れてきたのだ。
間髪入れず、右腕を突きだすヒルコ。
腹部装甲の上を滑った穂先は、わき腹部分へ突き刺さった。
白煙が上がり、人体が焼け爛れるような臭気が漂う。
『――ッ!!』
たまらず、霊獄機の主たる女の子は悲鳴を上げた。
視野に表示されている顔も苦悶に歪んでいる。
「だ、大丈夫かっ!? 悪い、失敗した!」
俺も鈍痛を感じたが、叫ぶほどではない。
搭乗者への苦痛のフィードバックは、一定値を越えないように制限されているらしい。
『組み合って! 離されたら、また槍がきますよ!!』
どうやらハナは痛みを感じていないようだ。
単純に武具として取り込まれているのだから、当然ではある。
槍を引き抜き、突きを放つ間合いを取ろうとするヒルコをつかみ、引き留める。
蜘蛛そっくりの足を駆使して、ヒルコは霊獄機を引き剥がそうとした。
だが、濡れた石灰岩の上ではお互い足元の踏ん張りが効かない。
揉み合ううちにヒルコは大きく足を滑らせ、霊獄機を巻きこんで転倒した。
俺は急いで機体を起き上がらせようとしたが、果たせない。
偶然、ヒルコは霊獄機の上に馬乗りになっていた。
おまけに刀がない。
どうやら衝撃で落としてしまったらしく、手の届かない位置へ転がっている。
『タケル様っ!!』
ハナの気配も遠ざかっていた。
姿は表示されているものの、俺達は離れ離れになってしまった。
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