第15話 中世じゃなくて近世っぽい
通用口の扉からは煙が出てくるばかりだ。
もう外から中の状況はうかがい知ることはできない。
ハナとカガシは、別のところから上手く脱出した――そのはずだった。
大丈夫だ。大丈夫に決まっている。
特にハナの身体能力は常識をはるかに凌駕しているのだ。
カガシだって、人間ではなく神尊なのである。
逃げるだけなら、必ずやりおおせる。
むしろ俺は俺自身の心配をした方がいいはずだ。
だが、思いわずらうあまりに俺の注意は散漫になっていたらしい。
突然、後ろから誰かに肩をつかまれた。
振り向くと、いきなり腹に硬いものが叩きつけられ、俺は地面に転がった。
「がは……っ!」
身体がしびれ、脂汗がふき出してくる。
くっそ、めちゃくちゃ痛ぇっ!
目前にあるのは汚れた軍靴だった。
顔を上げると、大きな銃口が目に入る。
長銃を構えた男がさげすんだ目で俺を見下ろしていた。
別の兵が、俺にアンテナのような器具を向けていた。
羅針儀に似たものが制御盤の中央にある、奇妙な装置を肩から吊っているようだ。
「――反応なし。軍曹、やはりこいつは人間です」
「フン、どうだかな。ここらの
「ハハハ、異世界からきたヤマタイ人というわけですな」
こいつらがド・ディオン連邦なのか。
オーガスレイブや銃といい、装備はかなり近代的に見える。
かと思えば、腰には複雑な紋様がびっしりと書き込まれた護符らしきものを下げている。顔立ちや体格は白人に近いが、髪は赤褐色だった。
リーファも別の兵士に腕をつかまれていた。
「待ってください! その人は来たばかりで、まだなにも――」
「おお、リーファ! 無事だったんだね、よかった。戦闘に巻きこまれやしないかと、僕は心配で、心配で」
愛想笑いを浮かべた優男が数人の兵を引き連れてやってきた。
きらびやかな民族衣装、肩に羽織った豪華な外套。
人種的には兵士達とは違う。
むしろ俺やリーファと似た風貌であった。
「イルカ! これはどういうことですかっ!!」
兵の腕を振り払い、リーファは優男――イルカにつかみかかった。
「いや、僕はただ、君が心配で」
「卑怯者っ! わたしを騙したくせに、なにを空々しいことを!!」
「落ち着きたまえ! き、君らしくもないぞ、こんな……」
リーファの勢いに押され、イルカはうろたえているようだ。
周りの兵士達はにやにや笑いを浮かべるだけで、誰も制止しようとしない。
「これでは約束が違うっ! 攻撃を止めさせなさい、今すぐにっ!!」
イルカは一転してゆがんだ笑みを浮かべた。
自嘲的で嫌な笑顔だ。
「僕が? 止めさせるだって?」
リーファを突き飛ばし、イルカは開き直った様子で両手を広げた。
「そんなの、できるわけがないだろう! 連邦の兵隊達に命令したければ、君がやればいいさ。誰も聞かないだろうがね!」
「あなたは言ったはずです。総督がわたしに説得の時間を与えてくれたと――」
「おや、時間は与えただろう? 君が思っていたよりも、短かったかも知れないが」
さっと頬を紅潮させ、リーファはイルカをにらみつけた。
美人なだけに恐ろしい迫力だった。
「わたしをここに送り込んだのは、禁域の結界を解くためでしょうっ!! あの上衣に仕掛けまでして……っ!」
「一石二鳥を狙っただけさ。君がさっさと説得していれば、攻撃はされなかった。そう、これは君の責任でもあるんだよ、リーファ」
おいおい、なんつう言い草だ。
裏切っておいて、リーファに責任を押しつけるのかよ。
当然ながら、彼女は激昂した。
「それが言い訳ですか? イルカ、あなただってヤマタイの民でしょうっ!!」
「ああ、そうとも。僕だってヤマタイ人だ。
どす黒い怒りをにじませて、イルカもリーファをにらみ返す。
あなたとはもう話したくないっ!! わたしは総督と直談判します!」
「残念だけど、総督はもう君には会わないよ。まもなくレンス家は現地代官を罷免される。これからはエクセイ家が代官としての任を負うのさ。つまり、僕がね」
リーファは目を見開き、まじまじとイルカを凝視する。
「わたしを……いえ、郷里と父祖を売ったのですか、イルカ!?」
「――君が裏で民になんて呼ばれているか、知っているかい。総督の雌犬、だよ!」
イルカは最低限の体裁さえ、つくろう気がなくなったらしい。
蔑みと卑屈さの入り混ざった表情でまくし立てる。
「これからは僕がそう呼ばれるんだから、むしろ感謝して欲しいね! もちろん、僕は構わないとも。正しい行いをする者は、いつだって非難の対象になるものだからね。しかし愚鈍な民衆を導き、啓蒙する使命が僕にはあればこそ――」
ぱちぱち、と白々しい感じの拍手が鳴った。
ごつい体格の男がどすどすと重い足音を立てて、歩み寄ってきた。
身なりからすると、位の高い軍人らしい。
「おお、おおう! 見事な演説だな、オルカ殿」
「……イルカです、ヴェイロン卿」
「おお、そうだったかな。これはすまんな。我輩は武一辺倒でな、何事も大雑把でどうもいかん。貴殿のような細やかな弁舌の才をいくらか分けて欲しい位だぞ、がははははっ!」
いかにもな豪傑だ。
恐らくヴェイロンが連邦の指揮官なのだろう。
ヴェイロンの後ろには、こちらも位の高そうな軍人が立っていた。
すらりとした長身で、モデルの方が似合うようなイケメンだ。
柔和な微笑みをたたえているあたりも、およそ軍人らしくない。
そいつはひたりと俺を見据えた。
――ぞくりと、背筋に悪寒が走った。
なんだ、この目つきは?
こんなまなざしを向けられたことはかつてなかった。
「にしても、ヒャクソめを取り逃がしてしまったのは遺憾極まるわ。相対しさえできれば、オーガスレイブで叩きのめし、奴のそっ首を我が屋敷に飾ってくれたものを。まったく、わざわざ出張ってきた甲斐もなしよ」
ヴェイロンは地面に這いつくばり、銃口を向けられている俺に目を向けた。
「で、そこはなにをやっとる? そいつはデイモンには見えんが、信者の小鬼が紛れこんだのか?」
「はい、ブガティ中佐。いいえ、例の召喚者かと思われます」銃を構えたまま、軍曹が答えた。
「ほうほう。するとなにか? こいつは別の世界からはるばる呼びつけられた、哀れな犠牲者というわけか。そりゃあ、気の毒にな」
ほんの数秒だけ向けた視線。
ヴェイロンの俺への興味は、きっぱりそれだけで終わりだった。
「まあ、いい。さっさと殺しておけ」おいおい、なに言いやがる!
リーファが口を開きかける。
だが意外なことに、ヴェイロンの後ろからさっきのイケメンが割って入った。
「お待ちください、中佐。召喚者は捕らえ、審問させて頂きたい」
「口を挟むな、アストラ。男なんぞを拷問して、なにが楽しい? 第一、どうせこいつもろくに言葉さえわからんはずだろう。やるだけ無駄だ、無駄」
「言葉などわからなくても構いません。異端であることを証明する手立てはいくらでも――」
面倒そうにヴェイロンは手を振った。
「いいかね、アストラ・フォード君? 軍での貴様は大尉相当官に過ぎん。作戦への帯同は許したが、現場での判断は我輩が下す。教会の走狗に口を挟まれるいわれはない。なんなら、来年の寄進を取りやめてもいいのだぞ!」
「――失礼致しました、ヴェイロン卿。むろん、指揮権に介入する意図はございません。我が教会がブガティ家へ寄せる感謝と信頼が揺るぎないように」
それ以上、反論せずにイケメン――アストラは優雅に一礼をした。
よく見れば、ヴェイロンや兵士達とアストラの制服は少し意匠が違う。
所属する組織が異なっているのか。
もう彼にも興味をなくしたのか、ヴェイロンは踵を返してしまった。
「軍曹、お前の銃もデイモン用であろう。貴重な法術弾を小鬼なんぞに使うなよ、もったいない。あとは適当に処理しておけ」
「了解であります、中佐」
ヴェイロンの後ろにアストラも続く。
立ち去る二人に敬礼を送ると、軍曹はざっと兵隊達を見回した。
「そうだな……ナット、お前がやれ。いい機会だ。――着剣!」
「はっ、はい、軍曹!」
呼ばれた兵士は、緊張した面持ちで銃の先にナイフみたいなものを着けはじめた。
あれ銃剣って奴だよな。
どう考えても、すごくやばい気がするぞ。
だが軍曹は俺にぴたりと狙いを定めたまま。
下手に動けば、即座に撃たれそうだ。
まずい。
どう考えてもまずいのに、打開策がなにもない。
もしかして、これ詰んでる?
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