第8話 明るくして離れてみてね

 それは日本語だった。

 というか、コンビニとかで見かけるエロ雑誌のようだ。

 

 俺は雑誌を拾い上げ、ページをぱらぱらとめくってみた。

 

 うーん、可愛いことは可愛いが、モデルの髪型や服装が古いな。

 これはいわゆるバブリーな時代のものっぽいぞ。


 お、AVのレビューが載っているな。どれどれ。


 なにぃ、東欧ガールナンパDE青姦百連発ハンガリー編だと!

 海外でなにやってんだこいつら。AVでそんな金かけていいのか。

 けしからん。詳しく読んでみよう。


 ……へー、やっぱすらっとした娘が多いな。

 おっぱいも来美には及ばないが、なかなかの実り具合だ。ナイスだな!

 

 しかもニットのセーター着てる娘がいるぞ。

 これは巨乳のメインウェポンの一つであり、脱ぐ前の方が攻撃力が高いのだ。


 ほう、基本的に個室は使わず、街の死角でゲリラ撮影ですか。

 たいしたものですね。

 

 そしてほぼ全編で出演者は半脱ぎ。

 警察に見つかったらやばいから、手早く撤収できるようにしたんだろう。

 実に俺得なシチュである。


 おまけに声をひそめる必要があるから、洋モノながら情緒もありそうだ。

 あんまり大声でオーイエス、オーイエスやられると、なんかスポーツ観戦している気分になってしまうからな。


 うむ、この監督はサムラーイだぜ。あとで検索してみよう。


「■■、■■■■■■?」


 しまった、つい没頭してしまった。

 同じ言葉――恐らく、読めるか、とかわかるか、とか――を繰り返すひょろ長君にうなずいてみせる。

 俺が見ていたのはエロ記事だけだが、読めたことに変わりはない。


「■■■■■■! ■■■■、■■■■■■■■■■■■。■■■、■■■■■■■」


 幸いにもこの仕草が肯定の意味であることは、共通だったらしい。

 ひょろ長君も長い首をしならせ、満足そうに首肯しゅこうする。

 なんだか、キリンみたいだな。


 身振りで俺を座らせると、ひょろ長君もあぐらをかいた。

 ふところから小さな杖を取り出すと、歌のような唸りのような奇怪なうめき声をがなり出した。


 これは祈祷だろうか。

 正直、宗教的な儀式にはいい思い出がない。

 

 結局、言葉がわからないから、状況が全然つかめない。

 地名だけでも教えてもらえれば、検索して調べられるんだけどな。

 あと、腹が減った。


 こちらの要望をどう伝えるべきか。

 悩んでいると、ひょろ長君は小杖の先で俺の額をちょんと突いた。



 瞬間、視界がホワイトアウトした。



 カメラのフラッシュを目前で焚かれたような強烈な発光。

 完全な不意打ちに視力を喪失してしまう。

 いや、これは実際には光を見たのではない。


 俺の目が、勝手にくらんだのだ。


 おまけにひどい耳鳴りがしていた。

 波のようにうねる重苦しい音と甲高く響く音。


 くそ、耳の奥でめちゃくちゃに反響してやがるぞ。


 頭がぐらつく。

 姿勢を保てず、俺は石畳に突っ伏した。


「ちょ■■、■■し■■■よ? ま■■」


 うわ、文句言おうとしたのに呂律がまわってない。

 まるで酔っ払いみたいで、わけわからん台詞になっているぞ。


「おち■き■■い。■■じょ■ぶ■、すぐに■■る■■や■■■■い」


 今のひょろ長君か? 「すぐに」って聞こえた気がしたが……。

 だめだ、思考が分断してしまう。

 考えがまとまらない。つーか、気持ち悪い。


 両腕をつかまれ、身体を無理やり起こされる。

 誰なのか確認しようとしたが、めまいがひどく、よくわからない。

 ひょろ長君の指示なのか、俺は担架に乗せられてしまった。

 

 そこまで重病じゃないし、今はとにかく気持ち悪いんだってば。

 運ぶよりも休ませてくれよ。


 抗議もやはり言葉にはならず、俺は担架に揺られ、吐き気と戦う羽目になった。



   □



 石柱群を抜けた先の建物に運ばれ、低いベンチに寝かされた。

 ベンチと言っても背もたれはなく、簡素なものだ。


 頭の角度を変えるとめまいが出てしまう。

 目玉だけを動かし、周囲をうかがった。


 質素な作りの大広間のようだ。

 古びてはいるが、綺麗に磨かれた床板。

 がっしりした石壁の上方に木製の格子がはめこまれている。

 奥側には飾り棚があった。

 白い器が並べられ、お供えらしきものがおかれている。

 

 集会場、あるいは寺社や教会のような施設のようだ。


 俺が寝かされたベンチも石造りだ。

 座面を覆う分厚い敷物のお陰で寝心地は悪くない。


 そういえば担架を運んできた連中はどこかへ引き上げてしまったようだ。


 あれ? 石壁に文字が刻まれているぞ。

 なにかの物語のようだが……ダメだ。

 細かい文字を追うとめまいがひどくなる。


 うーむ、まいったな。

 具合は若干よくなった気がするが、まだ目を開けているとしんどい。

 俺は瞼を閉じ、眉間を揉んだ。

 観察はこの位にして、もうちょっと休まなくては。


「――タケル様?」


 衣擦れの音。寝ていた人が勢いよく起き上がったような感じだ。

 続けてだだだだっ、とやかましい足音。

 誰かが無遠慮に駆け寄ってきて、さらに――


「やっぱり、タケル様! タケル様ぁーっ!!」


 そいつは床を踏み鳴らしてジャンプし、横たわる俺にダイブしてきた。


「ぐはあっ!? み、みぞおちに必殺のニーが、深々とっ!」


 さすがにこれは寝ていられない。

 見れば、まったく知らない女が俺の上で四つんばいになっていた。

 いや、誰?


「タケル様、タケル様、やっとお会いできましたーっ!! ハナは感激です!」

「は? ハナって……」

「はい、わたくしですよ、タケル様!」


 女は俺にすり寄ると、鼻先までぐぐっと顔を寄せてきた。

 あからさまな日本人顔で、長めのボブカットにぱっちりしたどんぐり眼。

 そして何故かメイド服である。


「もう、気がついたらこんなとこにいて。困ってたらいきなりびかっ! ってやられて。やばいですよね、あれ。テレビとか放送禁止になっちゃいますよ。円盤にも収録されませんよ」


 話ぶりからすると、こいつの常識は俺と大差ないようだ。

 服装をのぞけば、ごく普通の人間に見える。

 秋葉原とかでメイド喫茶のバイトでもしていたのだろうか。


 察するに、彼女は俺の前にひょろ長君からアレをやられたらしい。

 それで先にここで休んでいたのだろう。ただ、わからないのは――


「あのさ、君、誰? なんで俺のこと知っているんだ?」

「きゃっ♪ 君ってぇ、ハナのことですか? そんな呼び方されると照れちゃいますぅ。タケル様ったら、イケメーン!」


 こちらの戸惑いにはまったく頓着とんちゃくせず、女――ハナと言ったか――は、俺に抱きつくと、ぐりぐりと頭や頬をこすりつけてきた。


 公平にジャッジすると、彼女のルックスはそこそこポイント高い。


 よって、普通なら男心をかき乱されるシチュエーションなのだが、いかんせん、壊滅的に色気がない。

 スタイル云々ではなく、本人の印象がからっとし過ぎていて、どうにもエロさを感じないのである。

 

 結果、ひたすらうざい。むしろ痛い。


「や、やめろ! なんか知らんが、落ち着け! 気持ち悪いんだよ、今――」

「ガガーン! ひどいです、ハナは気持ち悪くないですよ、ぷんぷん!」


 この女、セルフSEを発しやがったぞ。

 よし、なんとなくわかった。

 こいつは生まれつき頭が悪いタイプの種族だ。

 要するにバカなのだ。


「わたくしは、こーんなに可愛いじゃないですか。可愛いですよね? ね? ね?」


 掌で胸を押さえ、ぐいぐいと圧をかけて同意を強要するハナ。

 タチの悪い奴だな。


 かと思えば、いきなりはっとした顔になり、ぱんと柏手を打った。

 うん、こいつ絶対になにか勘違いしているぞ。俺のスマホを賭けてもいい。


「ハハーン、わかりましたよ。タケル様ったら、さては寝ぼけてますね? もう、寝坊助さんなんだから♪ しっかり目が覚めたら」


 ぴんと伸ばした指をくるくるまわし、銃を構えるポーズをして――


「ハナの魅力にメロメロですよ? バキューン☆」


 やっぱりセルフSEかよ。

 得意気な表情がイラっと来るな。


「じゃあ、起こしますね」


 ハナはがしっと俺の両肩をつかむ。

 え、なに?

 戸惑う俺をハナは物凄い勢いで揺さぶりはじめた。


「ほらほら、朝ですよーっ、ご主人様ぁぁぁーっ!!」 

「うわわわわっ、ちょ、やめろ!」

「うふっ、なんだかお隣にすんでいる幼なじみの美少女みたいですぅ、ピンク髪の」


 バカめ、ピンクは最近かませなんだぞ。

 あと自分で美少女言うな。

 

 と、突っ込むこともできず、俺は翻弄された。

 抵抗は無駄。女性とはとても思えない、とんでもない膂力りょりょくだ。

 こいつ、やっぱり普通じゃないっ!?


「タケルちゃーん、遅刻よー、なんちゃって! うふふふふふっ♪」

「や、やめろっ、おい!」

「ほらほら、起きて! おーきーてーっ!」

「だから、まじでっ……!」

「なんだか楽しくなってきました! えーい、DIEダイ車輪投げーっ!」

「うわああああっ!?」


 あろうことか、ハナは俺を軽々と空中に放り投げた。

 落下地点にだっと走り、待ち構えて捕まえ、また投げる。

 まるでミキサーにかけられている気分だった。


「あはは! あーっはっはっはっ!! 高い高ーい! タケル様、おもしろーいっ!!」


 鼻先を天井の梁がかすめていく。完全にお手玉状態だ。


「お前、いいかげんに……おうわっ!」

「だーいじょうぶですよ、ハナがしっかりキャッチしますから!」

「そう言う問題じゃ、ねーっ!!」


 こ、この女、人をおもちゃにしやがって。

 絶対に殴ってやる。鉄拳制裁だ。

 愛のない、ただの鞭を喰らわしてやるぞ、必ずだ!!


「お前さん達、なにをやっとるのかね?」

「え? あ」

「ちょ……っ!?」


 戸口からの声に気をとられたのか、ハナは足を止めてしまった。

 おまけに手元まで狂ったらしい。


 俺は飾り棚に激突し、床へ転がった。

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