第7話 コミュ障は召喚くらいじゃ直らない

「入れ替わってるーっ!?」


 叫んで、俺は跳ね起きた。

 なんだか嫌な夢を見ていたようだが、大丈夫。俺は俺のままだった。


 ぎこちなく立ち上がる。ふしぶしが妙に痛い。

 俺が横たわっていたのは、石畳の上だった。


 くそ、痛むはずだぜ。

 アウトドアスキルは皆無なんだぞ、俺。


 ただ痛みはともかく、体調はいい。ものすごくいい。

 なぜだろう? 割と疲れることばっかり、あった気がするのだが。

 疲労感がなさすぎて気味が悪いくらいだ。


 光源らしきものは見当たらないが、辺りはぼんやりと明るい。


 あちこちに奇妙な絵文字が描かれた石柱が林立している。

 なにかの遺跡のようでもあるが、あまり古びていなかった。


 ただ、周辺一帯は白くもやっていて視界が悪い。

 

 どうやら上方はぐるりと岩壁らしきものに覆われているらしい。

 天井は恐ろしく高いようだが、もしかして巨大な洞窟なのだろうか。


 その割りに湿度や温度は快適だ。

 居心地がいいというか……なんだか、妙に落ち着くな。

 ここにいると心身が自然に癒されていく気がするぞ。


 よくわからないけど、いわゆるパワースポットなんだろうか?

 こんなにはっきり他との違いを感じられた土地は初めてだった。


「ん? なんだ、あれ?」


 天井より手前の空間――高さ十メートルほどの辺りに複雑に組み合わされた光の筋が浮いていた。

 

 まるで蜘蛛の糸で立体的に編まれた模様のようだ。

 ゆっくり拡散し、ゆらめきながら次第に薄れていく。


 と、ポケットでスマホのバイブが鳴った。

 どうやら来美がアプリでメッセージを送ってきたらしい。


『タクシーのなか うちは無事だよ』

『たけるん大丈夫?』

『ごめん まだ見れないよね』

『ゆっこに泊めてもらうことにした』

『今度紹介するね』


 よかった、ちゃんと友達のところに着いたのだ。

 俺はほっとした。

 あいつが途中で別の悪霊に行き逢ったり、事故に巻き込まれたりしたら、目も当てられないところだった。


『まだ終わらない?』

『ねむれない』

『たけるん無事だよね?』

『いっしょにいたい…』

『既読つかないね まだ大変なのかな』

『がんばって たけるん』

『朝が遅い』

『やっぱ ねむれない』

『はやく明るくなって』


 堰を切ったようにメッセージはどんどん増えていく。

 

 おいおい、病んでいる人じゃないんだから、送りすぎだろ。

 あれからまだ……いや、もしかしたら結構時間がたってしまったのか?

 俺、意識がなかったし。

 たぶん、電波の状況が悪くて、着信がたまっていたんだろうな。


 ともあれ、来美はずいぶん心配しているようだ。

 うーむ、別れ際にちょっと格好つけすぎたかも知れん。

 

 しかし、この調子なら『続き』にはかなり期待できそうだ。うひひひひ。


 メッセージをスクロールさせ、次々に既読をつけていく。

 やっと最後まで読み終えた。


 だけど、この状況はどう返信すればいいんだ?


 無事ではあるのだが、なにが起きたのか俺にも説明できない。

 どこにいるかも皆目わからない。


 間違いないのは、まったく見覚えのない場所にいることだけだ。


 石柱の向こうには石造りの建物や塔も点在しているようだ。

 建物があれだけ存在するなら、誰もいないってこともあるまい。


 だが、もやが邪魔でやはり様子はよく見えない。

 もっと近寄らないとダメだな。


 俺はとりあえず、スマホで写真を撮り、アプリに投げた。

 

 遺跡っぽいサムネイルがメッセージの表示欄にぴょこんと表示される。

 来美がこれを見たら「なにこれ? どこにいるの?」とか返してくるだろう。


 その前にこっちの無事をちゃんと知らせた方がいいよな。

 俺はメッセージを打とうとしたが、ふと手が止まる。


 まさかとは思うが、まだ悪霊達に幻影を見せられているのだろうか?

 であれば、来美のメッセージもニセモノってことになるが……。


「――いや、ないか」


 あの時、魔狼と女も俺と一緒に落ちていた。

 前後の状況からすると、奴らは本当に実体化していたらしい。

 

 もし幻影だとしたら、あんな間抜けな姿をさらす意味がないだろう。

 今現在の状態も謎すぎる。


 逆に信じがたいことではあるが、俺の現実認識は正常だったのだ。


 確かに途中までは『普通の』心霊現象だった。

 ところが、魔狼と女がなんらかの要因で実体化した。

 

 さらにその上で、悪霊――もと悪霊か? 達にとっても、想定外のアクシデントが起きてしまった……と考えるのが妥当そうだ。

 

 推測ばかりではあるが、あながち的外れではないだろう。

 まあ、奴らのことはこの際、どうでもよい。

 それよりもここはどこか、アパートにどう帰るかが問題だ。


 かすかな物音。


 振り返ると、石柱の間に異様な風体の男が立っていた。

 服装も妙だが、なにより特徴的なのは身体のバランスだった。

 猫背で、腕と首がひょろりと長い。

 身長は俺よりちょっと高い程度かな。


 風景同様、今まで一度も見たことがない人種だ。


 どこか変っている。

 外見以上に俺が見慣れている人間、いや生物との違いを感じる。

 悪霊とかの嫌な感じとは真逆だ。


 静かで力強いイメージが伝わってくる。


 まるでゆったりと流れる大河のようだ。

 変な話だが、人ではなく雄大な景色を眺めている時の感覚に近い。


 俺と男は視線を合わせたまま、お互いに動かず、一声も発しなかった。

 

 向こうにこちらを警戒している様子はない。

 むしろ、落ち着いた眼差しで興味深く観察されている感じだ。


 どうしよう? とにかく情報は必要だ。話しかけないと。


 でもなんて言えばいいんだ?

 ぼっちが長すぎて、とっさにこうした場合の対処が出てこない。

 まずは挨拶……だよな、当然。


「あー、ええと。こ、こんにち――」と、話しかけた口が途中で止まる。


 石柱の後ろから大勢の人間がぞろぞろと出てきた。

 全部で五、六十人ほどもいるだろうか。

 

 連中は俺を遠巻きにしつつ、ぐるりと取り囲んでしまった。


 しまった、さっさと逃げるべきだったか。

 うーん、今さら仕方ないか。

 逃げるにしても、どこに行けばいいのか、まったく見当がつかないし。

 どうなるか、成り行きにまかせるしかない。


 囲んでいる人達の服装はみんな似たり寄ったりだ。

 いずれも軽装なのだが、体格や体形は見事にばらばら。

 

 最初に出てきたひょろ長君。

 俺の胸ほどもない小男。

 ニメートル越えのたくましい女傑。

 たくましいを通りこして、ブルドーザーみたいなガチムチの巨漢。

 ぎょろりとした目と大きな口のおっさん。


 肌の色も様々だ。人種的にも相当異なるように思える。

 共通しているのは、みんな俺の常識にはない顔立ちをしていることだ。


 ひょろ長君が、前へ進み出てきた。


「■■■■■、■■■」


 え? 今の、言葉か? 全然わからんぞ。

 ひょろ長君は後ろの奴からなにか受け取った。

 長い腕を伸ばし、俺の前に次々と並べていく。


 なんだこりゃ?

 

 錆びた箱、なにかの機械のパネル。

 古びた本が何冊か、よくわからん焼印が押された板。

 謎のガラクタと……新聞の切れ端だろうか?


 だが、見覚えのない文字ばかり。


 日本語、英語、ハングル、中国語……いずれも違う。

 なんだろう、スペイン語とかロシア語あたりか?

 それだと全然わからないな。


「■■■、■■■、■■?」


 うん、全部ゴミだよね、これ。

 なにか聞かれてるっぽいが、どう答えろと。

 

 俺は開き直ることにした。


「分別方法なら区役所にでも聞いてくれます?」

「■■■■■■、■■■! ■■■■?」

「あー、それなー。いや、わかるわ。まじわかりぃ!」

「……■■、■■■■■?」

「おのれ、狼藉者か! ええい、であえであえ!」

「……」


 よし、どうにか会話を成立させているっぽい雰囲気は出せたぞ。

 だからなんだって話なのだが。


 ひょろ長君に苛立つ様子はなかった。心の広い奴らしい。

 代わりにゴミの一つを指差し「■■、■■■■■■?」


「いや、わからないから。なに言ってるか、さっぱり」俺は首を横に振った。


 次のゴミを指差し、また「■■、■■■■■■?」


「わからないってば。つーか、ここってやっぱ外国なのか?」


 めげずに今度は古びた本を指差し、「■■、■■■■■■?」


「根性あるな、君。でも、それも……」


 いや、まてよ。

 こいつは見覚えがあるぞ……?

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