12-3:過去の片鱗
謁見の間と隣接する執務室側から姿を現したガブリエルを見て、安堵したウリエルの表情が若干緩む。
「父上は?」
ガブリエルが今まで謁見の間に姿を現さなかったのは、父である神の安全を確保するために動いていたからだった。
ウリエルの問いに、ガブリエルは頷きながら答える。
「メタトロンと共に『生誕の間』にいる。入口にはケルビムをつけた。あそこならば問題ないだろう」
智天使ケルビムは、天使の中で最も特異な存在である。
人・獅子・牛・鷲の顔をした四体の智天使を全員『ケルビム』と呼ぶ。彼らはそれぞれ独立した体を有しているが、一つの個体として繋がっており、記憶や感情ばかりでなく視覚・嗅覚・聴覚など、すべての感覚をも四体で共有している。
そして、人の顔を持つケルビムが常に神の守護に当たり、獅子・牛・鷲の半人半獣のケルビムたちが、上層の大地全体を三方向から守護している。
ケルビムの守護対象は『神』であり、『
「で、どうなっている?」
謁見の間に用意された大テーブルに近寄りながら、ガブリエルがウリエルに尋ねる。その際、ミカエルをチラリと見たが、すぐさまテーブル上にある
ウリエルも地図を見つめながら、自分の赤い髪をガシガシと掻く。
「どうもこうも……。上層の守りは残ったケルビムに任せて、兵士をすべて中層に降ろしたよ。だって、敵味方の区別がつかないんだからさ……」
反逆者が混ざっているかもしれない兵士を上層に留め、戦火を広げる可能性を残すより、中層へ全ての兵士を投入し、空っぽになった上層全域を智天使ケルビムの守護に委ねる。ウリエルの策はかなり無茶苦茶にも思えたが、現状で行える最も簡潔で最適な策であった。
「敵味方の区別がつかない……という問題だが……」
そう言うとガブリエルは後ろを振り向く。
いままでまったく見えていなかったが、ガブリエルの大きな体躯の後ろに隠れ、ふんわりと後ろにまとめた銀髪シニヨンヘアの熾天使ラファエルがそこにいたことに、ウリエルはやっと気がついた。
「ラファ?」
小首を傾げるウリエルに「ラファ」と呼ばれたラファエルは、まるでかくれんぼの鬼に見つかったかのように、ガブリエルの横からヒョイと身を乗り出してニコリと笑う。
「兄さまを悩ます問題は、
「
訝し気にラファエルとガブリエルを交互に見るウリエル。すると、ガブリエルが近くに控えていた座天使に声をかけた。
「例の者を連れてこい」
言いつけられた座天使が、小走りで奥へと姿を消す。
程なくして座天使は、能天使二人に拘束され、息も絶え絶えで片翼しかない主天使を連れて戻ってきた。
謁見の間の中央で、能天使に両肩を押さえつけられ、無理やり床に両膝立ちをさせられた片翼の主天使は、ガブリエルを睨みつける。だが、ガブリエルは意に介す様子も見せず冷淡なまなざしで主天使を見据えた。
「こいつは上層でケルビムに捕まった反逆者だ。奴の首を見てみろ」
顎をしゃくるガブリエルが示す場所を見ると、主天使の首に光の鎖が見えた。
ガブリエルは続ける。
「裏切り者は、ルシフェルと契約魔法で繋がっている。ラファエルが
そう言いながらガブリエルがラファエルを見た。ラファエルも、彼と同意だと言わんばかりに頷く。
だが、ウリエルは慌てたように首を振った。
「ちょ……ちょっと待ってよ。
ラファエルは『神の癒し』と評され、
ラファエルの癒しの力があるからこそ、
ウリエルのそばに近づいたラファエルは大きく首を左右に振り、大テーブルに置かれた彼の左手に自分の手をそっと重ねた。
「いいえ、兄さま。兄さまもおっしゃっていたではありませんか、敵味方の区別がつかないと。それでは戦いもままならず、戦傷者が増えるどころか、
「……そう……だけどさ……」
重ねた手を見つめながら、ウリエルはまだ納得がいかないという顔をする。それを払拭するように、ラファエルは彼の顔を覗き込んで微笑んだ。
「大丈夫です。私の魔力が尽きても、私の代わりに戦傷者を癒す力を持つ天使はおりますから」
「……わかった……」
ラファエル以上に癒しの力を持つ天使など、
ウリエルの賛同を得られたことを確認したガブリエルは、ミカエルのほうに体を向けた。
「ラファエルの魔法で敵の区別がつき次第、軍を立て直し、反乱軍を一気にせん滅する。よいな? ミカエル」
その場にいる全員の視線がミカエルに集中する。だが、精気を失った眼をしているミカエルは、うなだれたまま何も答えなかった。
その姿を見たガブリエルがチッと大きく舌打ちをした。そして、ダイニングチェアに力なく座っていたミカエルの前に詰め寄ると、彼の胸ぐらを掴み、グイっと上へと引き上げた。
「おい! 分かっているのか!? お前が戦わなければ、
常に冷静沈着なガブリエルが、ここまで感情を
胸ぐらを掴まれたままのミカエルは、ガブリエルから視線を外した。
「……無理だ……。俺には……できない……」
その瞬間、ガブリエルの拳がミカエルの頬を捉える。
ミカエルは、座っていた椅子を巻き込みながら後ろの壁際まで吹っ飛び、ドンと当たった壁を背にその場に座り込んだ。
自分に殴られながらも、いまだに虚ろな目をしているミカエルを見て、ガブリエルは吐き捨てるように言い放った。
「こんな腑抜けに、
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