10-2:後顧の憂い
ハルが
俺たちがいる古びたサイロの前で、ルファは「
そのことを思い出したハルが、不安そうに俺を見る。
「その天使に、どうしても会わなきゃいけないの?」
ハルの問いに俺はコクリと
「俺たち熾天使は、この世界を維持するために、それぞれが重要な役割を担っているんだ。俺は神の軍隊を束ね、死者を冥界へ導くことが務めだが、ガブリエルは人間界の統治が務めなんだよ」
「それって、神様のお仕事ではないの?」
ハルが眉間にしわを寄せながら不思議そうな顔をする。
俺は、十歳の女の子に何と説明すればよいのかと思案しながら口を開いた。
「んー、なんて言ったらいいのかな……。神は、この世のすべてを享受する存在なんだ」
「?」
ハルは無言で首を
俺の言葉を聞いていたサキュバスが苦笑いをした。
「それって、ハルちゃんには難しすぎよぉ。要はね、よいことも悪いことも、すべて受け止めちゃう存在ってこと。だから、神は人間界を治めることはしないのよね」
人差し指をまるでタクトのように振るサキュバスがハルに説明をする。そして、最後に同意を求めるように俺を見た。
俺は頷きながら、サキュバスの言葉を引き継ぐ。
「ガブリエルは、もともと、ヒトの始まりであるアダムとイブが住んでいた『エデン』という場所の管理者だったんだ。その経緯があって、今は人間界の統治という役割を担っている。だから……」
俺たちの話に納得したのか、今度はハルが確認するように俺の言葉をつなぐ。
「たとえ『無垢の子』であっても私は『ヒトの子』だから、人間界の統治者であるガブリエルに会う必要がある……?」
十歳という年齢のわりに、やはり賢い。
ハル自身の持って生まれた能力なのか、それとも無垢の子の特性なのか。彼女の理解の早さに、俺は内心、舌を巻いた。
「そう、その通り。で……その……ルファが言っていたこと……なんだが」
「ガブリエルが、私を『神の子』にしようと企てる?」
再びハルの顔が曇る。
俺は、彼女にどう伝えようかと迷いながらも話を続けた。
「ルファはそう思っているようだが……天使はヒトの命を奪えない。だから、ガブリエルが禁を犯すとも思えない。ただ……あいつは俺のことが気に入らないようだし……。俺がハルを
俺の話を聞いていたサキュバスが、「なるほどぉ」と声を上げる。
「つまり、ガブリエルはミー君と仲が悪いから、ミー君が連れて来たハルちゃんに意地悪しちゃうかもって話ねぇ?」
激しく
当人同士は殺伐とした関係だと思っていても、他人からこんな風に、取るに足らないような言い方をされるとなんだかゲンナリとしてくる。
熾天使の内情に触れて、なぜかうれしそうな顔をしているサキュバスとは対照的に、ハルは神妙な面持ちで俺を見ていた。
「分かったわ。ガブリエルには気をつければいいのね?」
「うーん……いや、ハルには普段通りにしていて欲しい」
「え? どういうこと?」
ハルは不思議そうな顔をする。
そう、対ガブリエルに関して、ここが一番厄介だった。俺は少し困った顔をする。
「何をするか分からない。だが、何をするとも決まったわけじゃない。疑う気持ちは、大抵、本人に気づかれる。特に
自分に危害を加えるかもしれない相手に対し、普段通りに振る舞うことは
「そっか……普段通りにね。やってみる」
「うん。あと……さ……」
「ん?」
話はまだ続くのかと、ハルとサキュバスが首を傾げて俺を見た。
二人に見つめられた俺の視線が泳ぐ。
「その……なんというか……反りが合わなくても、あいつとはやっぱり兄弟なわけで……」
奥歯に物が挟まったような言い方しかできず、俺はなんとも気まずい顔をした。
言い
「そっかぁ。ミー君、お兄ちゃんなんだねぇ」
「……茶化すな」
ニヤニヤするサキュバスを、俺は軽く
ハルは俺とサキュバスのやり取りを、ポカンとした顔で見る。だが、すぐに何かに気がつき
「あ……そうだよね。家族が疑われるのは、嫌だものね」
「ん……まぁ……」
俺はぎこちない笑顔で中途半端な返事をする。
なんで、あいつなんかのために、俺がこんな思いをしなきゃいけないんだよ……。
俺は心の中でガブリエルに向かって毒づいた。
幼い頃、俺のあとばかりを追いかけてきた小さなガブリエルを思い出し、何とも複雑な気持ちになった。
妙な静寂が俺たちの間に流れる。
するとサキュバスがそれを断ち切るかのように、突然パンっと手を
「そうだ! ミー君、忘れるところだったわ!」
「?」
俺とハルは、虚を突かれたようにキョトンとしてサキュバスを見る。
「ねぇ、ハルちゃん、ちょっとこっちへ来て。それでね、後ろを向いていてくれる?」
サキュバスはハルの背中を押しながら、サイロの入口とは正反対の壁際まで彼女を連れて行った。
「ここ?」
石の壁と対面するように立つハルは、体を捻り背後にいるサキュバスを見上げた。
なんだ?
俺は訝しがりながらも、サキュバスとハルのやり取りを黙って見守る。
「そうそう。でね、私が『いいよ』って言うまで、こうしてお耳をふさいでいてね」
そう言いながらサキュバスはハルの手首を持ち、その両手を彼女の耳にあてがった。
「うん、分かった」
素直に従うハルに、サキュバスはニッコリ笑う。
「すぐに終わるからねぇ」
サキュバスはハルをその場に残し、俺のほうへトタトタと戻って来る。俺に向けられる彼女の顔は、どう見ても何かをたくらんでいるように思えた。
「一体何をするつもりだ?」
俺は
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