09-2:別離
ルファを外に残し、凍える森アルゲオネムスの前に鎮座する緑色のとんがり屋根のサイロには、俺とハル、サキュバスが息を殺すように隠れていた。
石造りのサイロの中は、土の地面が剥き出しになっており、天井を見上げると、木枠で複雑に組まれた屋根の骨組みが
「ルファのペンダントさ……」
サイロの引き戸の隙間から外の様子をうかがう俺に、サキュバスがおもむろに話し始めた。
「うん?」
「あのペンダント、ルファが
「え……?」
思いもかけないサキュバスの言葉に、俺は絶句した。
ルシフェルは、『あの時』そんなものを握りしめていたのか?
俺は記憶の糸をたぐるが、彼女の手元がどんなだったのかを思い出せない。夢に見るほど鮮明に覚えていると思っていた記憶が、どこかぼんやりと
サキュバスは続ける。
「
ベルゼブブがどのように、サタンの居城から火種を持ち出したのかは分からない。
とにかく、その炎はサタンの魔力により自然に鎮火することはなかった。そして、熾天使の力をもってしても消せず、『あの時』以降、
もしかしたら、神ならば
それ以降、
そして、
意識があるままでその身を焼かれる天使は、どんなに力を持っていても業火の凄まじさに耐えきれず、正気を失う者がほとんどらしい。
そんな炎に身を焼かれながらも、ルシフェルが
「僕は、てっきりミー君が贈ったものだと思っていたのだけれど……」
サキュバスの言葉に、俺は首を横に振る。
「俺は何も渡していない。そもそも、
「そうなんだ……。何だろうね? ルファの大事なペンダントって」
「……」
俺とサキュバスがハルの胸元のペンダントを見つめる。
ハルが俺たちに応えるように、そのしずく型のペンダントにそっと触れた。
「私、ルファから聞いたことがあるわ。このペンダントは『心』なんだって」
「心?」
俺は、ハルの言葉を繰り返すように尋ねる。
「うん、大事な『心』が入っているって言っていたよ。だから、開けちゃダメなの」
「それ、開けられるの?」
ペンダントを指さしながらサキュバスが聞くと、ハルがコクリと
「うん、ロケットになっているんだって。中身は教えてくれなかったけれど……」
ルファの言う、大事な『心』とは何なのだろう? それはルファ本人のものなのか、それともほかの誰かの『心』なのか……。
ハルの胸で鈍い光を放つ白銀のロケットペンダントを見つめながら、出ることのない答えを俺は考えていた。すると、突然、俺たちの周囲がドンと重苦しい空気に切り替わる。
「!」
俺はあまりの不快さに思わず顔を歪めた。
このねっとりと
何枚もの板をつなげて作られたサイロの引き戸の隙間から外を
アルゲオネムスに浮かぶ満月ではっきり見えていた周囲が
ルファがこちらに顔を向ける。
俺たちが隠れているサイロをしばらく見つめた彼女は、地面に視線を落とした。だがすぐに、モノクロに変わった夜空を見上げる。彼女の肩が大きく上下して深呼吸するのが分かった。次の瞬間、ルファの髪がふわりと浮く。それを合図に、満月の光は終
ルファの力で闇に包まれた途端に、夜目が利くはずの俺の視界は、わずかにあるはずの微光までもが奪われ、光が完全に閉ざされた世界へと放り込まれた。
眼には見えないが、どこからともなく現れた無数の手が俺の体をガッチリと捕まえ、
あまりのことに、俺はたまらず膝をつく。
さっきまでの重苦しい空気が、いかに生易しいものだったかを俺は痛感した。
体を襲う重力だけではない。息すらまともにできないのだ。いっそまったく息ができずに意識が飛んでしまったほうがどんなに楽かと思えるほど、吸っても吸っても、生殺しのようにほんの少しの空気しか取り込めない。
天使の力を解放していない俺は、ヒトが受ければ発狂するような高位悪魔の力をまともに受けていた。
その力は、赤い屋根の家の前で見せたルファの力とは比べものにならない。
これが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます