第三章 友達をつくってみよう

第26話

 春休みが終わった始業式の朝、僕は洗面所の鏡の前で悪戦苦闘していた。

春休み中はそこまで気にせずにいたが、始業式までこの癖毛を野放しには出来ない

櫛で梳かしなんとか押さえつけようとするも、僕の意に反して髪の毛は断固として、曲がることをしなかった、いや、曲がってるのは僕的には癖毛なのだがね。


「こーちゃーん、そろそろ出ないと、始業式間に合わないわよー」


 玄関口から母の声がする、もうそんな時間か、結局この戦いは僕の負け、ゲームの中なら馬鹿にでかいカマキリにさえ勝ったというのに、現実の僕は自分の癖毛さえままならないとは。やりきれない気持ちを抱くが、始業式早々遅刻は簡便だ。

手早く最後の抵抗として押さえつけるもやっぱり跳ねるのでそれ以上は放置、玄関へと走り、革靴を履き、高校へと行く事にしたのだった。


 僕が通う事にした高校は地元じゃ、そこまで高い偏差値ではない(では低いのかと言えば嘘になるが)

中学の先生にはもっと上を目指せるし目指すべきだと言われたが。

僕がここを選んだ理由は二つ、一つ、家から近いから、交通の利便性には勝てない。また、春休みは姉がいたが、普段は母と僕の二人で過ごしている、あのサイズでは何かと苦労も多いので、今までそれをフォローしてた姉に変わり僕がやることになるのだからなるべく家に近い方がいい。


 二つ、僕は名門校に行きたいという欲がなかった、校風が穏やかでそれなりの賑やかさがある方が好ましいと思うほどだ。僕は勉強が好きと言うわけじゃない、趣味が少なく空いた時間は勉強くらいしかすることが無かっただけだ。


 そんな理由で選んだのがこの高校と言うわけだ、ちなみに姉の母校でもあったり。母が運転する車で高校まで行く、普段ならば自転車で通えるが始業式と言う事もあって、母も同行している。


「もう、こーちゃんも高校せいかぁ、早いなぁ」


昨日の夕飯からというかこの春休み何度目になるかわからないこの発言を頂く。


「もう、何度目かな?それ、そろそろ聞き飽きたよ」

「だって、あんなにちっちゃかったと思ってた、こーちゃんがこんなに立派になったんだもの、お母さん、感慨深いわ」


 母よ、身長なら僕が小学校6年生の頃には越してたと記憶しているのだが、まぁ、そういう意味ではないのだろう、そのあとも母は学校につくまで、思い出話に華を咲かせる、僕は適当に相槌を打つだけで特に何かを話すことはなかった。


 入学式はつつがなく終わった、ま、おとなしく座っているだけで終わるのだから苦な事じゃない、新入生代表としてスピーチしているのはスポーツ特待生の子だ、僕は入試で一番だったが選ばれずにほっとしている、前に出るのは苦手なんだ。


 ほどなくして退場、僕ら一年生はぞろぞろと自分たちの教室へと戻っていく。

僕の教室は1年3組、どうやら4クラスほどある模様だ。およそ30名ほどが出席番号順に座っていく、僕の番号は5番、まぁ、いつも通りな感じ。

ア行の名前だけあって、一桁の出席番号は珍しくない、そう思いながら席に座る、一番後ろ、ドア側、外に出たりするには中々便利な場所である。


 そんな風に考えながら座っていると隣の席にも人が座る、仲良くやれそうな人だといいがと横を向いてみる。そこには女の子が座っていた、それもかなりの美人。


 背もたれに背をつけずにいる、その背筋はしっかりしている、しょうしょう目つきがきつい気もするがそれを加味しても中々に端正な顔立ち、女性としては平均的と言える体格をしているだろうか? 服の上からだとまぁ、それくらいしかわからない。綺麗な黒髪はきっと浴衣や和装が映えるであろう。


「さっきから、じろじろみて、何様?」


 僕の方を向くと、そのような言葉を投げつける、確かにまじまじと見すぎていたと思う。口調からはこちらに対しての棘を感じる。


「ああ、ごめん、いや、何さ、これから1年仲良く出来るかな?と振り向いてみただけさ、じろじろ見てみたかったわけじゃない、嫌だったなら、謝るよ、ごめん」

「別にいいわ、それよりも先生が来るから前を向きなさい」


 彼女はさして気にしていないとすぐに前に向き直る、僕もそれに応じて向き直る、先生が入っていた丁度だった。


「え~、まずは新一年生の諸君、入学おめでとう!私はこのクラスの担任を任された、遠藤猿彦えんどうさるひこだ!」


 遠藤 猿彦先生(以下、遠藤先生)は大きな声で僕らにむけて挨拶をする、僕の先制への第一印象は『ゴリラ』多分このクラスの大半が思っていると思う、名前にたがわずその顔は猿顔であり、また腕も足も太く体格もがっしりとしていた。

 きっと何かしらのスポーツをしている人なのかもしれない。


「これから高校生活三年間のうちの一年間をこのクラスで過ごすことになる、君達、生徒達に高校生活でいいクラスだったと言えるクラスにしたいと思っている。だが、俺はクラス担任をするのは今年初めてだ」


 この先生は今年初めてクラス担任のようだ、まあ、そういう先生もいるよね。


「それに先生は馬鹿で猿顔だ、だから俺が困ったら相談に乗って欲しい、代わりに相談を受けたら一緒に悩んでやるし解決に尽力しようと思う、なのでよろしくお願いします!」


 ぶっちゃけるなこの先生、後、自分が猿顔なの自覚あるんですね。しかし、自らを馬鹿と称する先生は初めてだな、でも、こういう実直な先生と言うのが一人くらいはいてもいいだろう、先生の激励と自己紹介の言葉に対して僕は拍手を送った。


 周りの生徒も誰からと言わず拍手をしていた、時折『先生やっぱり好物はバナナですかー』とか『凄い筋肉っすね、なんかスポーツは?』と言う声も聞こえる、中々掴みは上々じゃないか。


「さて、次は生徒達の自己紹介をしてもらおうと、思う、ちなみに俺はバナナも好きだがやっぱ肉が好きだ、それと柔道部の顧問をしている、柔道部への入部希望者は歓迎だ」


 次は僕たちに自己紹介をするように促す、そして聞こえてきた茶化しに律義に答えていた、真面目バカなんだなこの人は。前4名は当たり障りのない、自分の名前と自己紹介で終わらせてしまっていた、ふむ、なら僕もそうすべきであろうか、いや、いっそ小粋なジョークでも?でも、即興でネタなんてないし、そうだ、昨日寝る前に考えた通りゲームについてでも話すべきだろうか、それとも………


「……ねぇ」………「ねぇってば!」………「もうっ!あなたの番よ!」


 突如、肩を叩かれたことによる驚きで椅子から勢いよく立ち上がる。

僕の肩を叩いたのはどうやら先ほどの隣の女の子だった、どうやらいつもの悪癖が出てしまっていたようだ。皆、急に立ち上がった僕を見る、昨日のカマキリの視線より少ないのに、若干の恐怖を覚えてしまう。


「大丈夫か?具合が悪いなら保健室に連れて行くが?」


 遠藤先生が僕の身を案じて保健室に行くかを尋ねる、別に具合が悪いわけではない、大丈夫、大丈夫、深呼吸、深呼吸、よしよしっと。


「すみません、いたって健康です、ちょっとした悪癖が出ただけなので」


 そう、言葉を繋ぎ、自己紹介へと移る


「えっと、出席番号5番、内山光司です、お騒がせして申し訳ありません、どうも考えすぎる悪癖がありまして、考えてる間は少々の事では反応できなくなるんです、別段、具合が悪いとか機嫌が悪いとかではないので、ご安心を。なので今年1年の間、どうかよろしくお願いします」


 最後に礼をして着席、なんとか自己紹介を終えれた、あれは酷い、とてつもなく恥ずかしい、僕は机にそのまま突っ伏してしまう、穴があったら入りたい。


「ねえ、本当に大丈夫?うずくまってるけど?やっぱり保健室に行った方が?」


 隣の女の子は僕に優しい言葉をかけてくれる、驚かせたというのに優しい子だ。


「いや大丈夫だよ、それよりビックリさせたよね、さっきはごめん」


 顔だけ向けて、そう返す、今はあまり人と話したい気分じゃないな


「別にいいわ、こっちが驚かせたようなものだしね、っさ、次は私の番っと」


 彼女は立ち上がる、その背筋はやはりまっすぐ伸びた、芍薬と見紛う立ち姿だ。


「初めまして、出席番号10番、小泉桜こいずみさくらと言います。小さな泉に花の桜で、小泉桜です、結構気に入ってますこの名前。えっと、趣味はゲームです、最近新しいのも買ってもらいました。ゲームが好きって人は一緒にお話しできたらなと思います。どうかこの1年よろしくお願いします」


 最後に綺麗な礼をしてから着席する、育ちがよさそうな女の子でもゲームをするのか以外である、いやまぁこのご時世ゲームが趣味と言うのは普通の中高生であれば、特別というわけでもないから、さして何か言われるような事はないが。


 他のクラスメイトも自己紹介をどんどんと進めていき、最後の30人目が終わると、次は保護者が入ってくる、遠藤先生が保護者と話したり(僕の母を見て大層驚いていた、というかクラスメイトもだ)、僕達には高校生の自覚を持って生活することなど、ありきたりな言葉を頂き、教材と体育用品の購入および駐輪場申請書、JRの定期の申請書の記入をさせられる。まぁ、僕の場合、駐輪場申請書だけだが、小泉さんは特に提示していないことからここから歩いて帰れる距離なのだろう。


「それではロングホームルーム終わり! 今日はもう下校してよし!」


 その言葉と同時にチャイムが鳴る、各々が帰宅準備を始めている、僕も貰った教科書などの荷物の整理をして、帰ることにする、外に出れば母が幾人かの女性に囲まれていた、おそらくクラスメイトの母親などだろうか?


 僕が出てきたのがわかると女性陣に頭を下げてからこちらに歩いてくる、あれだけ目立っておいて、更に目立つ必要があるらしい。母が僕の元につけば、クラスメイトにあれが母親なのかとやはり目を丸くされるのだった、恥ずべき親ではない。


 寧ろ、毎日、家の家事全般をこなすなど、足を向けて寝る事の出来ない自慢の母だ

だがしかし、今日ばかりは一刻もこの場を去りたい、明日には、どうとでもなる。

 そう思っておこう、帰ったら、さっそくゲームでもするか……… 

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