君に烈風あれ
M.A.L.T.E.R
第1話
「クソッ、違う違う違うッッ!」
愛菱重工に所属する航空技師の尾山浩一はもう何度目になるかわからない、設計図を破り捨てる音を反響させた。
「どうして、どうして上手くいかないんだ……。」
尾山は強く紙を握りしめて嘆いた。
周りを見ればさっきまで明るかった外は真っ暗になってしまい、一寸先も見渡せない。
反響音はやがて小さくなり、消えた。
静まりかえる部屋の中、ふと前に作った飛行機を見に行こうと思った。
特に理由はなかったが、なんとなく何かあるような気がしたのだ。
それが新時代の飛行機の発想なのか、はたまたそうではない"何か"なのかはわからなかったが……。
ガレージの扉は雨が降ってない限り開けるようにしてある。密閉してしまうとたまーに発火する事があるのだ。
というか三日前にボヤ騒ぎになった。
見渡してみると置いてある材料はみな眠っているように見えるが、たった一つはっきりと起きていると解るものがいた。
四枚羽根の飛行機だ。
ガレージの物の中で他の物よりも圧倒的にデカいそいつは、もはや起きていると言うよりは目がギラギラと輝いていると言った方が近いだろう。
夜風に吹かれて今にも飛び出しそうだった。
実際、すぐそこにある滑走路に引きずっていけば飛ぶに違いない。
でも飛ばす訳にはいかないのだ。
四枚羽根つまり複葉機ということだが、もうすぐに時代遅れになるだろう。
確かに複葉機は主翼が四枚あるから揚力を得やすく、操舵性は素晴らしい。
しかし、日本海軍が我ら愛菱に出した要求は350㎞/h以上の高速を出すことなので、翼そのものが空気抵抗になってしまう。
なので、目の前のコイツはどんなに良い燃料を食わせても要求を越えることは出来ない。
ならば、捨てればいいと思うかもしれない。しかし、目の前の飛行機は失敗作の烙印を押されてしまったが、尾山にとって目の前の飛行機は一番最初に作ったもの、つまり愛機なのだ。
そんな訳で尾山はその飛行機をまるで父親が出来損ないの子を育てるような目で見ていた。
出来損ない故になぜか愛着がわいてきてしまうという奴だ。
いつか大化けしてはくれないかと信じていた。
…………まだ二十になったばかりだが。
その気持ちが神の耳にでも入ったのだろうか。奇跡が起きた。
始まりは違和感だった。
従業員は皆帰ったはずだ。なのに自分以外の気配がした。
尾山は何故か真っ直ぐ、目の前に鎮座する飛行機に向かって歩いていった。引き寄せられるかのように。
そして、真っ先に空っぽのはずの操縦席に直行した。そこに何かがいるなんて知る由もないのに。
尾山はおそるおそる覗きこんだ。
「うわあっ!」
あまりにも衝撃的だったのか、尾山はステップを踏み外して落っこちてしまった。
「痛たた…………、何だ? 今の光ってた奴は」
尻をさすりながら光る奴が何なのか確かめようと、もう一度ゆっくり操縦席を覗きこむ。
「はあ!? なんでぇぇぇ!? 」
操縦席のど真ん中に小さな小さな小人らしきものがいたのだ。
その小人は体に不釣り合いなほど長くて雲色の髪をしており、さらに光かがやいていた。
寝ているのか目をつぶって、小さな肩を揺らしている。
「ていうか、夢だよなコレ?」
自分に暗示をかけるように、頬をつねったり、まばたきをしてみたりするが目の前の光は消えはしない。
「じゃあ、なんでいるんだ? 俺は童話の中にでも迷っちまったっていうのか? 童話の中にもこういう飛行機って出てくんのか?」
そうとしか思えない光景を見た尾山は妖精をじっと見つめた。
「……ぷっ、あはははは」
尾山は吹き出してしまった。というのも、妖精は何故か飛行服を着ていた。飛行服というのは寒い上空で着るための防寒用の超厚手の服である。下はスカートだが。これではせっかく防寒性能は満足に発揮されないだろう。
それでもブーツはしっかり履いているあたり、笑いを誘っているとしか思えなかったからだ。
「最近、忙しすぎて笑ってなかったかもなあ……」
ひとしきり笑った後、一人ごちながらもう一度妖精の方を見ると、いつの間に起きてたのか、仁王立ちになって品定めでもするかのようにこちらを睨みつけていた。
妖精はテクテクと歩いて、操縦席から外に出ようとしたが、小さすぎて操縦席の縁に手が届かない。
背伸びしても。
ジャンプを繰り返しても。
「くくっ……」
尾山はその様子を微笑ましい気持ちで見守っていたがやがて、このままでは埒があかないと感じて、妖精の目の前に右手を差し出し、左手でその上に乗せて出してあげる事にした。
「怖くないぞ~~、怖くない怖くない」
手を差し出した瞬間に操縦席の反対側の壁に背を当てて怯えてしまった妖精に、左手で人の形を作って歩かせるようにして誘導してみた。
すると、妖精はゆっくりゆっくり一歩ずつ右手の方に近寄ってきた。
手のひらを睨み付けながら。
「…………そこに親の敵でもいるのか?」
尾山は思わずそんな感想を抱いた。
五分もして妖精はやっと、片足を震わせながら尾山の手の上に乗った。
「ところでコイツ……、どっから来たんだ?」
強ばった顔をした妖精を手に尾山は呟いた。
「新種のペットか? でも、こんなペット聞いたことないぞ……。そもそも、いつ潜り込んできたんだ?」
周りを見渡すと開け放ってある扉が見える。
「……ああ~、なるほど。迷いこんじまったって訳か」
そうなるとやることは決まっている。
尾山は扉の先の夜闇にしゃがむと、妖精を降ろそうと右手を地面に近づけた。
しかし妖精は物怖じしたのか、尾山の手を気に入ったのか降りようとしてくれない。
仕方ないので、尾山はさっきと同じように左手で降りるように促した。
今度は先程よりも少し短い時間で降りてくれた。
「ふぅ~、ま、お幸せにな。って伝わるわけないか」
尾山は、ここ最近の設計作業で寝不足なのでさっさと寝ようと踵を返した。
ガレージの外に置いてある五右衛門風呂に入りながら、
「俺ってもしかしてすげえ疲れてるのか? これぐらい、いつもの事なんだけどなあ。」
そんなことを呟いていた。しかし、お酒を飲んでいるわけでもなく、薬物などはもっとやってない。
「やっぱり幻だったのか? でも手のひらにはちゃんと乗っていたぞ……。幻なら重さなんてないはず……。もし、幻だとするなら病院行った方がいいな。相手にされないだろうが。」
「ふぅー。いい湯だった。疲れもサッパリ……でもないか。」
尾山は明日のために早く寝ようとした。
だが、それを邪魔するものが一人。
尾山のズボンの裾をくいくいと引っ張っている奴だ。
「………………。」
尾山はその主を見たくなかったので、振り切ろうとしたが、その願いは口をへの字に曲げた妖精の力が強くて届かなかった。
「…………、どうして戻ってきてんだ……。あ、そうか家が反対側だったんだな。そうだ、そうに違いない。あははははははは」
尾山は二度目の信じられない光景に、もはや誰に話しかけてるわけでもなく、一人手に乾いた笑い声を響かせていた。
今度こそ反対側の扉から出てってもらおうと妖精に手を差し出した所、心なしか口元が緩んだような表情をしてすぐに乗ってくれた。
「よし、これで悪夢は終わりだ……」
そう言って、腰を屈めた瞬間、
思いっきり指を噛まれた。
「いっったぁっ!!」
何故だかわからないが、歯を突き立てて指を噛みきらんとするレベルの力の強さによって、尾山は苦悶の声を漏らした。
「なにしやがるテメェ!!」
頭に来た尾山は意地でも外に追い出そうと床に叩きつけたが、猫のようにキレイに三回転を決めて着地されてしまった。
「とっとと出てけェ!!」
尾山は妖精を殺す勢いで蹴ろうとするが、的が小さすぎて見当違いな所に蹴っていたり、ひょいひょいと避けられてしまう。
「はあはあ……。クソッ」
三十発ほど連続で渾身の蹴りを放ったものの、命中弾は一発もなかった。
結果、妖精よりも先に尾山の方が先に限界がきてしまい、尾山は目の前の敵を蹴り飛ばすのを諦めた。
そして尾山は部屋の障子を叩くように開け、布団も敷かず、不貞寝することにした。
朝になったらいなくなっているだろうという希望的観測をしながら。
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